第13話「ゲームの在る家」

 それから、俺は叔父さんの家に通うようになった。

 お袋は、それを親父に隠してくれて、そろばんを習ってることにしてくれていた。

 そんなお袋の優しさを無下むげに出来ないから、学校や塾の宿題もした。


「ねぇ、なんで分数の割り算って、ひっくり返して掛けるの?」


「学校の先生に、聞いたか?」


「聞いたけど、そんなこと気にするなって……」


「全く、そういうことでつまづいて、先に進めない子も居るっていうのに……」


 帯牙たいが叔父さんは、そう言って首を振り、俺に解説してくれた。


「割り算の本質はね、何かを割るのでは無く、右の数字を1とした時、左の数字は何倍かっていうモノなんだよ。そうだ、ちょっと待ってろ、良いモノがある」


 そう言って、叔父さんは台所に向かい、カステラを一本、皿を2枚、切る為の包丁を持って来た。


「いいか? まず、二等分にする。更に片方だけを二等分にする、これが『2分の1』で、こっちが『4分の1』だ。ここまでは、解るか?」


「うん」


「じゃ、この『1/2』をお前に、『1/4』は俺に。お前から見て、俺のカステラの大きさは?」


「半分」


「分数で言うと?」


「1/2」


「そうだ、これが『1/4 ÷ 1/2』お前のカステラを基準に、俺のカステラを見た場合だ」


「じゃ、今度は、俺の方から見て、お前のカステラの大きさは?」


「2倍」


「そうだ、これが『1/2 ÷ 1/4』俺のカステラを基準に、お前のカステラを見た場合だ。これで分数の計算が間違ってないってのが、目で見て解ったな」


「うん」


「よし、じゃ、もう使わないからカステラ食べて良いぞ」


 叔父さんも、モグモグやりながら、紙に式を書いて、俺に見せた。


「次にコレは、どうやって計算する?」


 紙には『4/7 + 5/8 = 』と書かれていた。


「えっと、分母を合わせて『32/56 + 35/56』になって……」


「ストップ!」


 叔父さんは、紙を取り上げ『+』を『÷』に書き換え『32/56 ÷ 35/56』を見せた後、紙を縦に折って、分子を隠した。


「56÷56は?」


「1」


 すると今度は、分母を隠して、俺に見せたんだ。


「ああああああ!」


「解ったか? 分数の割り算が、ひっくり返して掛けてるのは、分母の計算を一つ飛ばしてるんだよ」


「やっぱり、叔父さんって賢いね! 先生よりも解り易いから、先生より賢いよ!」


「ありがとな、でもな、来年くらいから、もう教えられないぞ」


「え~、なんで?」


「叔父さんが賢いのは、此処までだからだ」


「ん?」


「ゲームばっかりして、勉強しなかったのさ」


 俺は、この時、一番気になっていたことを叔父さんに聞いた。

 俺にとって、それは怖い質問だったってのも覚えてる。


「ゲームすると、頭が悪くなるって、ホントなの?」


「お父さんが言ったのか?」


「うん」


「お父さんの言うことは、間違ってるが、ある意味正しい面もある」


「ある意味?」


「ゲームって、面白いだろ?」


「うん」


「ずっとしたいって思うだろ?」


「うん」


「ゲームには、中毒性がある。タバコや、お酒や、ギャンブルのようにな。限度を決めてやる分には、兄貴……お前の父さんの言うような、馬鹿にはならない。だがな、楽しいからって宿題しないで、ゲームばっかりしてしまう人が多いのも事実としてあるんだ……俺のようにな」


「でも、叔父さんは馬鹿じゃない、馬鹿じゃないよ!」


「そうか、ありがとう。でも、褒めても、何も出んぞ」



 叔父さんの家は、楽しかった。

 俺にとっては、遊園地のようなもんだった。

 ゲームや漫画、アニメや映画も観た。

 勿論、そろばん塾に来てることになってたから、そろばんも覚えた。

 暗算力を付ける為に、フラッシュ暗算も挑戦して、会得した。

 すると、或る日。


「叔父さん、最近、僕、なんかおかしいんだ」


「何が?」


「計算してないのに、答えが解るんだ」


「凄いじゃないか」


「でもね、学校のテストだと、途中の式を書かないと駄目だからさ。たまに、反対から書いちゃうんだよね」

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