第7話「サーベルタイガー」

 東儀飛鳥とうぎあすか、GTWランキングは624位。

 プレイヤーから見れば、辛うじてプロライセンスを取得できたルーキーに見えるのだが、データ解析をしていたインベイドの社員から見れば、その取得期間がわずか一週間であったという異常な早さに、バグもしくはチートの可能性を疑われていた。


 最初に気付いたのは、飛鳥が登録してから三日後だった。


 データ解析班の一人であるニコル・パーカーが、モニタを見ながら首を傾げる。

 いつまでも、モニタを眺めながら不思議がってる部下に、主任のジョージ・メイブリックが声を掛ける。


「どうした、ニッキー?」


「ジョー、これどう思う?」


「ん? 三日間、撃墜されなかったのか、でも珍しい事じゃないだろ? 今までも、逃げ回って10日間くらい死なない奴も居たじゃないか」


「この数を見ても?」


 ニコルは、ワークシート内に在る撃墜数の項目を指差した。


「撃墜数1103機、三日間のデータだから……一日平均360機か、普通じゃないのか?」


「こいつ、シリアルじゃありませんよ」


「え! ちょ、ちょっと待て、と言う事は……」


「そうです! プレイ時間は、一日最大で30分ですから、5秒で1機墜としている計算になります」


「となると、乱戦の真っ只中に居て、死ななかったってのか! まさか、チートか?」


「そんなの有り得ませんよ! 百歩譲ってシリアルなら兎も角、ランキング外なんですから、グループの施設機ですよ!」


「ニッキー、通常業務は良いから、そいつのデータ解析を。あと、次にコイツがログインしたら、教えろ! いいな!」



 そして、翌日の日本時間、午後5時27分、インベイドの本社が在るサンフランシスコの時間で午前1時半。


「DID(ドライバー認識番号):68033242のログインを確認! ジョー! 来たわよ!」


「ニッキー、そいつをメインモニタに! 作業している者は、一旦手を止めろ、良い物が見れるかも知れんぞ!」


 ニコルの使用しているモニタサイズは32インチと大きい物であるものの、それでも物足りなく感じたジョージは、壁面に埋め込まれた100インチのモニタに映すよう指示を出した。


「ニッキー! 視点と視野の変更を、そいつを中心に半径100mだ!」


 深夜1時を過ぎたにも関わらず、インベイド社内は異様な空気に包まれた。


「どうした? 騒がしいな」


「社長、良い物が見れるかもしれないですよ」


態々わざわざ、100インチのモニタに映してか? それは期待できそうだな」


 だが、映った先に見た機体を見て、ラルフはガッカリする。


「GTX1000?」


 速いから選んだんだろうが、その機体のスピードに付いて行けるのか?

 スピード重視にした機体だけに、装甲だって薄い。

 この戦闘区域では、もって20秒ってトコだな。

 ジョージは、俺に何を見せたいんだ?


 だが、戦いが始まると、その考えは吹き飛ばされる事になる。

 少しも操れないと思っていただけに、ラルフはドライバー認識番号を問う。


「おい、こいつのIDは?」


 ニコルが「DID:680……」と言った所で、ラルフはその先は必要ないとばかりに手で遮った。


 違ったか……。

 しかし、こうも操るとは……。


 その戦闘は、社員たちを興奮させ、まるでスポーツ観戦のような歓声が社内を飲み込んだ。

 それを受け、ジョージは社員たちをさらにあおる。


「みんな、驚くなよ、こいつはランク外だ!」


 その言葉に観衆はどよめき、一層、観戦の熱を帯びさせた。

 ただ一人、隣に座るニコルだけは「まるで自分が見つけたみたいね」と冷静に笑う。


「すげー、アレを避けんのかよ!」


 左手に持っているソードで前方の敵胴体を斬り離すと、その上半身を掴んで、右に居た敵の射撃をかわし、右手に持ったライフルで、直線上に居た2機を撃ち墜とした。


「嘘だろ! 一発で2機を撃ち墜としたよ!」


 その戦いっぷりに、社員の一部から憶測が漏れ始める。


 サーベルタイガーか?

 サーベルタイガーが、帰って来たのか?


 だが、ラルフがそれを否定した。


いや違う、コイツは別モノだ!」


 サーベルタイガー。

 それは非公開時代に、インベイドの社員ですら、ラルフが手掛けたノンプレイヤーキャラなのではないかと疑うほど、圧倒的な強さを見せたプレイヤーで、その専用機がGTX1000だった。

 あまりの強さに一時期、GTX1000が会員の中で流行るのだが、誰一人として扱いきれず、返ってランクを落としてしまう為、誰もが諦めた機体になり、GTX1000自体をサーベルタイガーという渾名で呼ぶ者さえ居た。


 アイツの網膜は、データベースに残っている。

 システム上、多重登録は出来ない。

 だが、見紛みまがうほどの強さだ。


「コイツの残り時間は?」


「戦闘離脱時間まで、あと3分です」


「この戦闘区域、もしくは付近でも構わない。30秒以内で合流できそうな、コイツの国に属さない一番強いシリアルは誰だ?」


「一番は……ローレンスです! ローレンスが居ます!」


「試すには、丁度いい相手だな」


 ラルフは、後ろで腕を組んで眺めていた秘書に、指示を出す。


「マリア! 左のモニタを使ってローレンスと繋いでくれ」


「良いんですか? 戦闘中ですよ」


「アイツなら構わん、どうせ戦ってねーんだ」


 モニタに映ったローレンスは、ワインを片手にご機嫌だった。


「どうした、ラルフ」


「君に忠告したくてね、凱旋門には行くなよ」


「はぁ? どういう意味だ?」


「ヤバイ奴が居るんだ。君の居るところから近いからね。友人としての忠告だよ。じゃな」


 そう言うと、ラルフは厭らしく笑って、回線を切断した。


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