第8話「一騎当千」

 一騎当千いっきとうせん

 今のお前を見ると、そんな言葉が浮かんでくるよ。

 だがな、ローレンスもまた、別の意味で一騎当千だ。

 なんせ、その一騎の向こう側には、1000人のオペレーターが居るんだからな。


 インベイドには、特別会員が居る。

 それは、レンタル事業発表以前から、ラルフのインベイド計画の成功を信じ、資金提供をし続け支えてくれた、言わば同士たちだ。

 ゴーゴル社CEOのローレンス・ミハイロフも、その一人だった。

 特別会員たちは皆『ゲームが好きで好きで仕方がない』そんな人間の集まりではあるものの、だからといって、ゲームが巧い訳ではなかった。

 

 そこでラルフは、超課金勢とも呼べる特別会員に対して、オペレーターというシステムを導入する。


 レーダーとしての役割の他、攻撃補助や回避行動をオペレーターに任せることが出来るようにしたのだ。

 これにより、特別会員たちが、王に成れないまでも、シリアルから落ちるようなことは無かった。



「矢張り、動いたなローレンス!」


 あぁ言われれば、お前なら必ず動くと思ったよ。

 そして、GTX1000を見れば、お前は嬉々として闘いを仕掛ける筈だ。

 散々、サーベルタイガーに苦汁を舐めさせられてたからな。

 そう言えば「あれはコンピュータなんだろ!」と、怒鳴り込んで来た事もあったな。


「オペレーターは、何人まで増やせる?」


「10でも20でも、なんなら100でも、好きなだけ増やせるが、あまり多過ぎると混雑して、返って邪魔になるぞ」


「1000でもか?」


「あぁ、1000でもだ」


 連敗したのが、相当悔しかったんだな。

 大抵の王(32位以内)は、役員報酬をオペレーターの給与に当てる。

 なのにお前ときたら、給与も役員報酬も辞退するわ、1000人のオペレーターを自腹で抱えるわ、更には、独自でツールを開発して、その1000人を効率良く使えるようにまでした。

 ローレンス、お前はお世辞にも、ゲームが巧いとは言えない。

 だが、このゲームに掛ける愛情は、お前がナンバー1だ。

 そいつは、サーベルタイガーを狩る為の機体であり、その為に集めたオペレーターたちなんだろ?


「さぁ、見せてくれローレンス! お前の導き出したサーベルタイガーの攻略を」



 エトワール凱旋門に辿り着いたローレンスは、目的の機体を探すようオペレーターに指示したのだが、その答えが返るよりも早く、ラルフの言った『ヤバイ奴』を見つける。


「あれか? あの赤い機体……GTX1000!? サーベルタイガーか!」


 その独り言を、メインオペレーターが否定する。


「いいえ、違います。DIDが違いますので、別人かと思われます」


「そうで有ろうと無かろうと、アイツが態々わざわざ言って来たんだ。つまりは、十分それを使えるって事だろ? チャーリー、奴の残り時間は?」


「戦闘離脱まで、あと2分20秒!」


 ローレンスが「十分だ」と言ったその時、鬼神のように闘う赤いGTX1000の顔が、ローレンスの方を向く。


「コチラを見つけたか!」


 GTWでは、ランクに応じてレーダーに映る範囲や表示のされ方が違う。

 それは、下剋上をし易くする為に、ランク外の機体はレーダーに白く映るのだが、シリアル機は黄色で表示され、更に64位以内の場合、赤く点滅表示される。


「ヤツの順位は!」


 ローレンスの問い掛けは、半ば怒号のようだった。

 それに対して、メインオペレーターであるチャーリーは、その一言に全てを理解し、ローレンスが望む答えを出す。


「4732位。ハンデは、レーティングによるポイント差のみ。対サーベルタイガー用、蜘蛛の巣を展開します!」


 蜘蛛の巣、それは全方位に対してオペレーターの監視ポイントを置き、回避行動や補助攻撃を行うローレンスの対策チームが考えたシステム。


 今の時代、否、もっと前の時代であったとしても、それをコンピュータの自動制御にすることは容易い。

 しかし、それを自動でやってしまうと、人間が乗ってないだけに、重力を考える必要がなく、誰にも当てる事のできない機体ばかりが産まれてしまう。

 そこで、あくまでGTMは『人の手で動かす』というルールがもうけられていた。

 とはいえ、ローレンスの『オペレーターを1000人も抱える』というのも、度が過ぎているのではないかと、特別会員の中でも、審議中の案件となっている。


 攻撃班オペレーターが、向かってくるGTX1000に対し、両足に付いた4つのホーミングミサイルを全弾放つ。

 ローレンスは、GTX1000の回避を見越して、マシンガンのトリガーを引く。

 しかし、GTX1000は、上下左右に揺れながら、それを巧みにかわすものの、接近速度は落ちない。

 躱されたホーミングミサイルは、旋回し方向を向き直すと、再び、GTX1000へ襲い掛かる。

 ローレンスは、左腕の盾をコックピットの前にやり、距離を詰めに行く。

 ローレンスの機体GTR2500は、動きを犠牲にした代わりに装甲が厚く、GTX1000のソードではコックピットを狙わない限り、1撃で墜とすことは出来ない。

 ソードを盾で受け止めれば、間違いなくホーミングミサイルがGTX1000にヒットし、もし、その前にミサイルをかわしたとしても、100m圏内ならば、人の反射神経でマシンガンは躱せない。


「そいつの装甲では、一発でも当たれば終わりだ!」


 その差が150mを切った時、GTX1000は錐揉み回転しながら、戦闘機へと変形する。


「直前で速度を上げて、避ける気なんだろうが、この距離で外すか! なめるな!」


 しかし、GTX1000の狙いは別に在った。

 変形する際に、空気抵抗を受けたことによって、速度が一瞬落ち、人型から戦闘機へ変形する際の隙間をホーミングミサイルが抜ける!


「なんだと!」


 抜けたミサイルが、GTR2500に直撃し、その衝撃で守っていた盾が跳ね上がり、コックピットが剥き出しになる。

 まるでそうなる事が解っていたかのように、GTX1000の放ったミサイルがコックピットを直撃して、そのまま横を擦り抜け、戦線を離脱した。


 この戦闘にインベイドの社内は、まるで贔屓のアメフトチームが優勝したような、騒がしい歓声があがった。


「ローレンスが……負けた……」


 今のローレンスなら、サーベルタイガーにも勝てるかも知れないと思っていただけに、ラルフの動揺も隠せないでいた。


「社長! 社長!」


「な、なんだマリア?」


「ローレンスからです」


 再び、左のモニタに、友人の顔が浮かぶ。


「ラルフ……あいつは、サーベルタイガーなのか?」


「否、違う……違うが、一応、確認しておく」


「そうか……」


 溜息混じりにそう返事して、ローレンスは回線を落とした。

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