第4話「Tyranny Of The Majority」

 一般公開された2025年、インベイド社の試作筐体に、ゲームファンたちは驚愕する。


 そのゲームの名は『Grand《グランド》Touring《ツーリング》War《ウォー》』

 実寸大の地球を舞台にした戦争ゲームで、大陸を32のワークスチームで分け、その覇権を争うというもの。


 広大な世界にも驚かされたが、それよりもっと驚かされたのは、年中無休24時間営業にも関わらず、無料プレイだった事だ。

 しかし、だからと言って、一人が永遠とプレイ出来る訳では無く、プレイ時間は、一人一日30分まで。

 1プレイおよそ5分ほどで、連続プレイか、並び直すのかは、各施設の裁量に任せていた。


 プレイするには、まずID登録を行うのだが、この筐体には網膜認証が搭載されており、IDカードなどを発行する必要が無く、個人を特定することが出来た。

 よって、長時間に不正プレイする事は出来ず、また、筐体を破壊する行為も、ほぼ起こらなかった。

 当初は、蹴ったり殴ったりした者も確かに存在したのだが、網膜を押さえている事もあって、二度とプレイが出来なくなる。

 それどころか、通報され、逮捕され、更には訴えられ、途方も無い罰金が待っているという四重苦であった。

 その数人の犠牲者よって、全プレイヤーは理解し、対戦に負けた事で台を叩く、所謂いわゆる『台パン』すらも、起こらなくなった。


 無料だった事もあって、たった三ヶ月でユーザー登録数(網膜登録数)は、1000万人を超え、そして、それを機に、ラルフは少しの変化を加える。

 それは、ゲームランキング640位までのプロ化であった。

 640位までに入ると、24時間いつでも何時間でもプレイできる筐体が与えられ、もし、受賞者の敷地に入らないようであれば、インベイド社かもしくは資金提供者が、その場所を提供した。


 勿論、断ることも出来るのだが、無料ゲームであるにも関わらず、インベイド社より年収が与えられ、640位で510万円、1ランク上がるたびに10万円が加算され、つまり、1位になれば、7000万円が与えられる。

 だが、これは基本給に過ぎず、32位から1位には、32在るワークス(国)の王としての役員報酬、一律1億円が別途与えられた。


 公開に差し当たってラルフは、ギャンブル機能も同時に実装しようと考えていたのだが、それをビジネスパートナーが止める。

 実は、非公開時代に、当然のように会員同士でマネーマッチ(お金を掛けた対戦)を行っていたが、一般公開するにあたって、ギャンブル部分をカットしていたのだ。


「子供もプレイするゲームであるだけに、必ず、五月蠅い輩が出る。出来れば、初期段階では避けておきたい存在だ」


「理解は出来るが、差し当たっての運営資金がな……当面、プレイ料金を取るか? 10円でも取れば……」


「いや駄目だ、今は我慢の時だ。言ったろ? 多数こそ正義なんだ。人数さえ集めれば、必ず、そこに金は集まる。地球圏を再現したのだって、その為だ。そこには、数多くの広告看板が在る。看板内容まで再現してやる必要は無いんだ。『プレイヤー数1億人居るゲームに在るタイムズスクエアに広告が出せる』と言えば、飛び付く企業が必ず居る筈だ。信じろ! 俺たちの作ったゲームを!」


 その助言通り、ラルフたちが考えるよりも早い段階で、先物買いをする企業が多数現れ、運営資金及び、プロへの報酬の目処が立った。


 だが、数週間もしない内に、そのラルフたちが敬遠したギャンブルに、先に手を付けた者たちが現れる。


「矢張り遣って来たか、ブックメーカー!」


「どうする? タイガー、こっちも始めるか?」


「否、未だだ。それよりも、アノ計画の方が先だ。心配するなラルフ、何れブックメーカーも、俺たちが侵略インベイドする」


「そうだったな」



 この頃のインベイド筐体には、二種類あった。

 一つは、ゲームセンターなどに置かれる一般公開型で、俗に『プロトタイプ』もしくは、その時のバージョン(2025年現在はイプシロン)で呼ばれ、もう一つは、ランキング上位者に配られる個人レンタル型で、その筐体に製造番号が振られている事から、俗に『シリアル』と呼ばれている。


 プロトタイプとシリアルの違いは、サポートするオペレーターの有無と、プレイ時間に制限が無い事だった。



「で、何時までやるんだ?」


 虎塚こづかは、生徒に帰宅時間を尋ねる。


「今日は、7時までです」


 強制下校時間まで、目一杯って事か……あと、2時間……。


 部長のみやびは、黒く長い髪を後ろでたばねると、早速、インベイドの試作プロトタイプ筐体Ver.ε《イプシロン》へと乗り込み、残りの部員たちも、筐体の周りに置かれていた段ボールから、パソコンを取り出しセットを始める。

 顧問の虎塚こづかはというと、干渉しないという言葉を守って、腕を組んで作業を眺めていた。


 さて何をして時間を潰そうかと、顎に手を遣り首を傾げた時、眼鏡の生徒が声を掛けてきた。


「先生、ちょっと手伝って貰えませんか?」


 校長に「干渉するな」って、言ったんですよね?


 もう少しで出そうになった言葉をグッと飲み込んで、まぁする事ないし良いかと、パソコンの組み立てに手を伸ばしたら、


「先生は、段ボールを畳んで、捨てに行ってください」


 雑用かよ!


「それってさ、インベイドの社員がするんじゃないの?」


「筐体はそうですが、パソコンは違います」


「しかし、そのパソコンたちは、オペレーター用として、筐体へ繋ぐんだろ?」


「先生……結構、詳しいですね」


「え? そうか? いやホラ、有名だから、普通に誰でも知ってるだろ? あ、そんな事よりもだ、東儀とうぎ以外の名前を聞いてなかったな、君は?」


「私は、副部長で2年C組、北川紗奈きたがわさなです。で、左から1年の安西美羽あんざいみう、同じく1年の南城紬なんじょうつむぎ、同じく1年の東儀飛鳥とうぎあすか


「東儀?」


「はい、雅の妹です」


「部員は、これで全員か?」


「はい」


「まぁ、出来たてホヤホヤなら、こんなもんか……で、畳んだ段ボールは、焼却炉でいいのか?」


「ダメですよ! 資源ゴミなんですから! リサイクルに出すので、用務員室の前にある段ボール置き場です。それと、未だ終わってませんよ、それ!」


「え?」


「先生なのに、知らないんですか?」


「面目ない……」と言いつつも、心の中では『メンドクセー』と叫んでいた。


「宛名シールとガムテープを剥がして、紐で縛って持っていって下さい」


「はいはい」


 つい、二度返事した事で嫌々感が伝わり、呆れた表情を見せる紗奈。

 だが、女生徒に嫌われたくないだとか、好かれたいなどという感情の無い虎塚は、再び心の中で叫ぶのだった。


 メンドクセー!

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