音色

八尾 一護

第1話 鈍色の空

 朝。目覚まし時計がけたたましく鳴るのを止め、挨拶がわりに一つ欠伸をする。起き上がって洗面台へ行き顔を洗う。眠い眼を擦りながら朝食を食べ、その後寝間着から着替える。そうして時間になり玄関の扉を開け外に出る。部屋の鍵を掛け、朝の町へと足を踏み出す。

 そうしていつしか学校に着き、見慣れた友人と何気ない会話をし、授業を受け、昼食を食べ、部活をし、帰宅する。

 それから家に帰ると風呂に入り、髪を乾かし、夕食を食べ、宿題を済ませた後に部屋の電気を落とし眠りにつく。




 これらの活動をするのに必ず付いてくるものがある。それは音である。目覚ましの音で目を覚ますのも、友人と会話をするのもそれには音というものが必ず付随してくる。

 しかし、何故かその必ず付いてくるという音が自身の身の回りを満たさない者もいる。それが僕だ。

 僕────赤根谷航は生まれつき耳が聴こえない。ある人が当たり前に聞いている音を、ある人が奏でた優美な音を、僕は聴くことがが出来ない。でも僕は他の人と変わらないと思っていた。何故ならそれが僕の当たり前だったのであり、今も昔も、そしてこれからも変わらないものだと思っていたからである。

 しかし、現実はそうではなかった。人とは違うからと区別された。イジメを受けたりもした。親は明るく振る舞っていたが僕を寝かしつけた後、静かに涙を流していたのを知っている。

「何でこの子だけ…」

そう口が動いていた。そうしてだんだん、自分が普通ではないと、他の人から見て区別されるのだと理解した。理解すると同時に深い闇が纏わり付いてきたのを感じた。

 それから僕は殻に籠るようになった。学校に通うのを止め、自分の部屋で生活するようになった。何も聴こえない、聴くことも出来ないただ暗い部屋の中、僕は一人途方に暮れていた。

 そんな僕をどうにかしようと両親は、せめて学校は普通の子どもと同じようにと通わせるようになった。中学校を過ごしていく中で人の唇を見て話していることを理解する力もつけた。手話も身につけた。ただどうしても纏わり付いてきたのは「耳が聴こえないから」という区別の言葉であった。そうして中学を卒業。この春からは高校生となる。しかし何も変わりはしない。新たな所でも、僕に必ず付いてくるのはきらびやかな音ではなく、「聴こえないから」という言葉なのである。その事実が有る限り、僕の生活は何ら変わりはしない。




 新学期の爽やかな気持ちを表すかのように澄み渡っている青空と、心地よい風に吹かれてなびいている桜の色が、僕にはどこか霞んで見えた。

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音色 八尾 一護 @strawberry-haigo-0

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