・1-2 後半
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―――♪ ―――♪ ―――♪
突如軽快に奏で始めた形態の音で俺は目が覚めた。。
一度沈みかけた重い体を持ち上げて震え続ける携帯のロックを外す。ディスプレイには友人である「マモル」の名前が表示されていた。
ヒロヤ:「もしもし……マモル?」
マモル:「やっと出たか」
いつも静かなマモルにしては焦っているような声をしていた。
マモル:「心配したんだぞ。お前あの後姿を消すし、何度電話をかけても電源が落ちてるみたいだったし」
そういや、皆が逃げた時、あの煙ではぐれてしまってから今まで安否連絡を入れていなかった。
ヒロヤ:「ごめんごめん。体調を崩しちゃってさ~。んで皆は無事だったか?」
マモル:「今日は何ともないような顔をしてきていたから何もなかったんだと思う」
ヒロヤ:「そうかそうか、なら良かったじゃん」
はははっと軽やかに笑う。
マモル:「お前は無事じゃなかっただろ」
ヒロヤ:「いやー、軽い頭痛だけだからさ。明日にはお前の好きな俺の元気な顔を見せてやんよ」
マモル:「ばかやろう」
お互いに冗談を言い、笑いあったところで廊下から足音が聞こえてくる。
ヒロヤ:「おっと、すまねえ。どうやら飯の時間のようだ」
マモル:「そっか。しっかり飯食って体力を戻しとけよ」
ヒロヤ:「あたり前よ! んじゃ切るぞ」
別れを告げ、終了アイコンを押した。すると予想通り扉の前で足音が止まったので俺は部屋から出た。扉の前にはひな姉がいた。
ひなり:「あら、ちょうどいいわ。ご飯ができたわよ~」
ヒロヤ:「あいよ。んじゃ行こっか」
ひなり:「……」
下へ向かおうと先に行こうとするがひな姉は俺の部屋の前で足を止めていた。
ヒロヤ:「ひな姉? 行かないの?」
ひなり:「ねえ、ヒロ君」
ヒロヤ:「ん? なに」
ひなり:「ヒロ君はこれからどうしたいの?」
ヒロヤ:「これからって、どういうこと?」
ひなり:「それは……いや、いいわ。ほら、ご飯を食べに行きましょ」
ヒロヤ:「え、ちょっと待ってよひな姉」
ひな姉とリビングに入る。お尻をこちらへ突き出してお膳を拭いている美金の姿があった。和服で隠されているがくびれを感じさせるスタイルの良さは自然と俺の視線をお尻の方へと導いた。
いかんいかん、美金をそんな目で見ちゃだめだ。これから、いろんな事を教えていかなくてはいけないのに俺がこんなんじゃ……いろんな事かぁ。ふふっ……
美金:「ヒロヤ様? いかがなさったのですか?」
気が付けば美金が俺の顔を覗き込んでいた。
うわ、まつ毛長っ……
ヒロヤ:「い、いや、何でもない」
逃げるように座布団へと座る。
遅れて入ってきた父さんを交えて俺たちは夕食を摂った。おおまかなものはひな姉が作ったらしいが材料を切ったりしたのは美金らしい。野菜は食べやすく均等な大きさに綺麗に切られていた。
「うん、おいしい」と父さんも絶賛であった。まあ味付けに関してはいつも通りひな姉だから特に変化はないのかもしれないが、それでもいつもと違うご飯を楽しめただけでも良かったと思う。何より食卓を囲む家族が増えるのは大変喜ばしことだ。
お膳に並べられたおかずの数々はものの数分ですべてたいらげてしまった。勿論犯人は俺と父さんだ。
親父:「ふぃー食った食った」
父さんはお腹をポンポンっと叩いてその場に仰向けで寝ころぶ。そこにひな姉が注意を入れる。俺はそれを尻目に立ち上がり美金に声をかける。
ヒロヤ:「美金、お風呂に行こう」
ひなり:「はい⁉」
ひな姉の素っ頓狂な声が響く。
ひなり:「ヒロ君、どどどどどどどういうこと⁉ 何言ってるの⁉」
血相を変えてじりじりと詰め寄ってくる。
ヒロヤ:「ち、違うって! 紛らわしい言い方してごめんって!」
ひなり:「紛らわしって何よ!? 美金ちゃんをどうするつもりよ!」
ヒロヤ:「だから違うんだって! お風呂の入れ方とか場所とかの説明をしなきゃなんだって!」
ひなり:「そ、そうだよね。うん、そう。そうだもんね! 説明しなきゃいけないもんね。……でも、言い方ってものがあるでしょう??」
納得はしてくれたが怖い表情をしたひな姉にポカンと一つ、頭を小突かれる。
ヒロヤ:「いやーごめんって。んじゃ行こうか美金」
美金:「え? 一緒に入らないのですか?」
首を傾げながら不思議そうな顔をしている。
美金:「私、お背中を流すのは得意です。以前の私は侍女もしていましたので」
ヒロヤ:「い、いや、もうそんなことはしなくていいんだってば。これからは自分がしたいように生きたいように自由にしてくれていいからさ」
美金:「は、はぁ。そうですか……」
納得いかないのか、どうしたらいいのか分からないって言ったような表情だ。
ヒロヤ:「ほら、お風呂の沸かし方を教えてあげるからおいで」
手を引いて風呂場へ誘導した。
「はい」と一つ返事をしてその手をしっかりと握り返してくれた。
すでに説明書を読ませていたので手短な説明ですんだ。あとは風呂が沸くまで待つだけだ。俺は再び部屋に戻るためにリビングを去ろうとして、扉に手をかけた時だった。
親父:「ヒロヤ」
すっかり寝ていたものだと思っていた父さんが声を出した。どうした? と返すと「美金ちゃんに部屋を用意してやれよ」と言われた。
そうだ。美金用の部屋のことをすっかりと忘れていた。
どうしようかと考えていると台所でお皿を洗っているひな姉が「今日は先にお風呂貰うわねぇ」と手をひらひらと振っていた。
ヒロヤ:「え、うちで入っていくの?」
ひなり:「うん、どうせ今日はあそこを使うんでしょ?」
ヒロヤ:「うん。せっかくだしいいかなって」
美金:「あそこ?」
あそこというのは後で説明しよう。どうせ入るのだから。
俺は美金をリビング隣の和室へと案内した。
ヒロヤ:「ん~ちょっとここで寝ろってのは気が引けるなぁ」
今朝使ったばかりの部屋だが日ごろからあまり使われている部屋ではないためか、よくよく目を凝らすと埃っぽいところがあちらこちらにあった。
ヒロヤ:「客間としか使ってこなかったからなぁ。そんな頻繁に掃除してたわけでもないし……ちょっと片付けないとだけか」
流石にこの部屋に入れるのは申し訳ないので美金に待っててもらおうとすると、
美金:「お片付け!?」
美金の耳がピーンと立った。
美金:「お片付けなら私にお任せください!」
ヒロヤ:「え、えぇ……どうしたの?」
美金:「お片付けならぜひ私にさせてください! そのために私がいるんですから!」
あ、これは朝の二の舞になるな。
ヒロヤ:「いいかい美金? 俺は君をこき使いたくはないと思っているんだ。君だけに何かをさせるなんてそんな傲慢な人間に俺は見えてしまっているのかい?」
美金:「いえ!そんなことは決してありませんっ。ヒロヤ様は素敵な方です!」
ヒロヤ:「ありがとう。君にそう思ってもらえるように俺も一緒に同じ目線に立ちたいって思ってるんだ。だから一緒に掃除をさせてもらえないかな?」
美金:「よろしいのですか……?」
遠慮がちに言う美金に俺は笑顔で答える。
ヒロヤ:「俺がそうしたいんだ」
美金:「でしたら、よろしくお願いします」
ぱあっと明るい笑顔で答えてくれた。
ヒロヤ:「んじゃ、さっそく掃除をしようか」
こうして二人で仲良く部屋の掃除を始めた。
晩御飯も過ぎた時間なもんで掃除機は近所迷惑になってしまう。
俺はバケツと雑巾を持ってきて美金と二人であちこち雑巾がけをした。
そうして1時間くらい掃除をし、ピカピカになった部屋に布団を用意して掃除は終わりを迎えた。
ヒロヤ:「よっしゃー! 終わったー!」
美金:「はい。腰とか痛いところはありませんか?」
ヒロヤ:「うん。大丈夫。美金も大丈夫?」
美金:「はい。これくらいへっちゃらです!」
ヒロヤ:「そっか。なら良かった」
立ち上がって腰をもみながら伸びをしているとひな姉の声がリビングから聞こえた。
ひなり:「ヒロくーん! お風呂あがったわよぉ~」
ヒロヤ:「お! 今日も長かったねぇ。湯加減どうだった?」
ひなり:「うんばっちりよ~。もっと長く入ってたかったくらいよ」
ひろや:「それは流石にのぼせちゃうでしょ」
ひなり:「そんなヤワじゃないわよ~。それじゃ私はもう帰るわね」
ヒロヤ:「あいよ~。おやすみぃ」
美金:「おやすみなさいませひなり様」
ひなり:「は~い。美金ちゃんもお疲れ様。また明日ね」
ひな姉は自宅へと帰っていった。
ヒロヤ美金:「……」
誰もいなくなったリビングはとても静かだった。
今日は朝から色々とバタバタしてたもんな。
ヒロヤ:「んじゃお風呂に入ろうかな。美金から先に入りなよ」
美金:「いえいえ滅相もありません。ご主人様より先にお湯をいただくなどありえません!」
ヒロヤ:「だからご主人様じゃないってば……」
再び押し問答が始まってしまい、絶対に譲らない美金と意地になって美金を先に入れたい俺の構図になってしまっていた。
が、俺は途中で気が付いてしまった。
ヒロヤ:「誰が美金に風呂の入り方を説明するんだ……?」
美金:「何か難しいことがあるのですか?」
ヒロヤ:「いや……う~んどうなんだろう」
本当にどうなんだろ? 難しいのかな? さっきもお湯の出し方とか説明したけど、シャンプーとか……
ヒロヤ:「そうだ! ひな姉!」
俺は慌ててひな姉にメッセージを送るが既読が付かない。
もしやと思い電話をしてみるも何コールしても出る気配はなかった。
ヒロヤ:「寝てる!? はやくない!?」
そう。ひな姉は寝つきがものすごくいいのだ。
何もこんな日に早く寝なくても……
どうしたものかと頭を抱えて悩んでいると美金が提案してきた。
美金:「では、一緒にお風呂に入って教えてはいただけませんか?」
ヒロヤ:「へ?」
美金:「ですから、一緒に入って教えてはいただけませんでしょうか?」
美金は頬を赤らめながらそう言った。
ヒロヤ:「あうあうあうあうあうあう……」
もう完全に頭が回らなくなっていた。
ヒロヤ:「ウン、ジャア、イコッカ」
こうして俺は美金とお風呂に入ることになってしまっていた。
美金:「わあ、本当に広いですねぇ」
美金は広い風呂場に感心していたが俺はもうそれどころではなかった。
タオルっ! 一枚!? だけでっ! この距離感!?
健全男子には完全にキャパオーバーな刺激であった。
美金:「ヒロヤ様? どうなさったのですか?」
美金が心配そうにそばに寄ってくる。
触れてるから! 肌がっ肌と肌が!
ヒロヤ:「そ、それじゃ、シャンプーの使い方とか教えるからアァンっ」
緊張のあまり語尾がひっくり返ってしまった。
俺は美金がどんな返事をしたか記憶に残らないほど駆け足でシャンプーなど一式の使い方を説明した。
ひろや:「そういうわけで、これが全部だから!」
そういって俺は桶にためてたお湯を頭から被った。
そこから美金より先に光の速度で風呂を済ませて、それを追いかけて遅れて出てきた美金を部屋に送り届けてから自分の部屋へと逃げるように飛び込んだのだった。
こんなことになる前にひな姉に任せておくべきだったと後悔したのであった……
・同日 八時二十五分
休み時間の終了を告げる予鈴が鳴り響く中、マモルは机に突っ伏していた。
(あいつ来ないな……)
今朝の捜索から一睡もしていないマモルの精神状態は限界を迎えようとしていた。
委員長:「マモル君。ヒロヤ君は……」
昨日の友人ことクラス委員長がマモルのところに尋ねに来た。
マモル:「大丈夫だ」
強い眠気のせいで顔を上げることができないマモルはうつむきながら答えた。
委員長:「だと、いいね」
マモル:「ああ」
(まさかあいつ死んだのか。いや、それだと死体は残るはずだ……)
そんなはずはない。今朝もマモルは現場を何度も注意深く見まわったのだから。
マモルは頭を大きく横に振った。余りの疲弊で良くないことを考えてしまったからだ。それを振り払うとしているのだ。
(あいつが死ぬわけがない。きっと先に下山したはずだ。どうせ今頃家で爆睡しているだけだ)
教室の扉が開いた。HRの為に担任が入ってくる。相変わらず眠そうな顔をしている。
担任:「今日も特にいうことは無い、な」
日誌をパラ見しながら報告事項を探す担任。この担任は報告事があってもないと言ってしまうのが怖いところだ。よくクビにならないものだとマモルは思う。
担任「ああ、あった。今日はヒロヤが休みだ。以上」
マモルが跳ね起きた。
マモル:「それは家の人からの電話ですか」
欠伸をしながら教室を出ようとする担任を止める。
担任:「ん~、確か本人からだったような気がする」
マモル:「そうっすか……ありがとうございます」
(なんだ、いるんじゃねぇか……)
マモルはポケットにある携帯電話を強く握った。
(無事なら無事で、電話くらいしろよ)
この後、休み時間の度に電話をするのだがまったく応答がないヒロヤにマモルの苛立ちは積もる一方だった
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