第3話 肥満の痩せ我慢

「そこ、満足しない」

 膨れ顔でミントは続ける。大きく膨らんでいる頬っぺたが、さらに膨れた。

「私たちは、正しいことをした。この景色も、素晴らしいものだと、私も思う。けれど、私たちの『変化』はそこに原因があるのよ」

「確かに。豊かになって、から、食うもんには、困らなくなったからな」

 武闘家トールは、小脇に何かをむしゃむし食べながら同意する。近くの露店で買ったのだろう。燻製にされた肉の香ばしいにおいが腹の虫を刺激する。

「飢えてた時代が懐かしいぜ。昔は、肉を食おうと思ったら、獣を探して狩らなきゃいけなかったが、多少の小銭で手に入るんだからな。俺たちはいい仕事をしたぜ」

「馬鹿っ、そんな怠けた生活をしたから、私たちがこんな姿になってしまったのよ。全く、脳内筋肉野郎はこれだから困る、――いや、今は脳内脂肪やろうかしら?」

「てめぇも、ぶくぶくのデブじゃねぇか。待ち合わせに来た時、幻のオーク(メス)に出会えたかと思ったぜ」

 ミントの挑発に、トールも応じる。ミントは視線を強めた。

「まったく、こうなったら、私の魔術で脂肪ごとあんたの存在、焼き尽くしてあげるわ」

「やれるもんならやってみな。今のおデブなお前に、昔みたいなおしゃれな詠唱ができるならな。詠唱が終わる前に、俺の拳がお前の脂肪を抉り取るぜ」

「え、詠唱に脂肪は関係ないわっ!」

 ミントは恥ずかしそうに語気を強める。そして、呼吸を整え、眼前のトールに狙いを定める。

「大地に眠りし、古(いにしえ)の神々よ。我の言葉に応え、その力捧げよ。森羅万象、尽く焼き付くす、深淵の焔っ」

 詠唱が始まる。ミントは本気のようだった。本気のミントは、遠慮を知らない。魔王討伐時代、コンプレックスだった胸の小ささを、先兵のゴブリンに私的されたときも、今と同じようなことになった。そのとき、戦場であった森は、ゴブリンともども、灰になった。同じことが、王都もそれもその中心部で行われては大変な被害になる。

「ミント、落ち着けって!」

 ライムが静止する。ただ、ライムの声は届かない。周囲の気温が急激に上昇するのを感じる。肌がひりつき、乾く。

「消し炭になりなさいっ! この愚豚がっ!」

 ミントは右手を大きく開き、トールに向ける。眩い光と紅蓮の炎が、彼女の右手に集中する。

「エンシェント・フレイ――」

 詠唱ぎりぎりのところで、ミントはばたりと倒れた。自身の炎の魔術の熱気と暑さにやられたようだ。額からは滝のように汗が流れている。

「なんだ、消し炭にしないのか。やれやれ、構えて損したぜ」

 そういって、トールも臨戦態勢を解いた。トールのほうも、脇に半端ない汗をかいていた。ミント自身よりも、距離が離れていたから、なんとか倒れずに済んだのだろう。太っているのに、やせ我慢をしているトールであった。

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