刹那、雨中に君を想う。

冬野 快

刹那、雨中に君を想う。

 その日、島は例が無いほどの土砂降りで。

 視程は狭く、激しい雨音は戦況の把握を更に難しくしていた。

 そして、何より。

「ハル! 大丈夫なの!?」

 ひどく動揺した様子で駆け寄ってくる少女。コードネーム『アンタッチャブル』……比留間 冬子。

「平気だよ冬子。少し油断した、ごめん」

「血が出てるよ!」

「少しだけよ。大丈夫だから」

 冬子の言う通り、私は出血していた。敵チームにはエンジェルハイロゥ能力者がいる。どんなに視界が悪くとも、高度な光学センサーを体内に備えた彼らならば私の手足を撃ち抜くことなど造作もない。

 左二の腕と、右大腿部。幸いにも動脈は逸れてくれたが、このままでは危険な状態だ。本当ならばここで降伏宣言を行うべきなのかもしれないが、『箱庭』で行われる戦闘訓練において安易な白旗は必ずしも命を保証はしない。

「冬子は先に退いて。私はここで、少しの間敵を引き付けておく。」

 そうして私は銃を構える。だけど冬子は動こうとしない。

「置いていけないよ。その脚でどうやって走るの」

 雨の勢いは弱まる気配もなく、隣にいる冬子の声だけがはっきりと聴こえてくる。

「この天気じゃ足場も緩いし、怪我なんてしてたら尚更走れるわけないでしょ。ひとりになったらハル、死んじゃうよ」

「死なないよ、今までも何とかなってたじゃん私たち」

「死んじゃうよ!」

 聞いたことがないような冬子の怒鳴り声に、私は思わず沈黙した。それは大人しい冬子が大きな声を出した驚きと、親友に向かって今まさに嘘をついているという自覚、罪悪感からだったかもしれない。

「ハル、いつも私を守ろうとしてくれる。こんなに酷い傷を負っても、まだ私を守ろうとしてくれる。守られてばかり、私……」

 冬子の声がだんだん小さくなる。泣いているのだとすぐに分かった。

「違う、違うよ冬子。あたしだって冬子に」

「嘘。ハルも私のこと、足手まといって思ってる。私だって、私だって」






「!!!!」

 ぞっとするような寒気と共に目が覚めた。

 ここは、私の個室。日記を書いているうちに知らず眠ってしまっていたらしい。

 外からざあざあと音が聞こえる。雨が降っている。

「ふゆこ」

 誰にも聞こえないように名前をよぶ。あの窓を開ければ、冬子に会えるのではないか。そんなことを考えて、やめた。

 冬子は死んではいない。私の中で、あの子は生きている。

 こころのなかでそう唱えると、すうと涙が零れた。

「……ふゆこ」

 雨はやまない。深まる夜の闇が、私の肩を抱く。


 彼女への想いを吐き出す権利など、私にはまだない。

 だからこの宵闇かなしみは、今はまだ私だけのものなのだ。


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