第7話

 私が家に帰ってリビングの戸を開けると、そこにはエプロンをつけたままソファに横たわってテレビを見ている母がいた。

 彼女は体を起こさないままでローテーブルのうえにあるお菓子を取ろうとしており、何度も空を切っていた。私がお菓子を母の近くに寄せてやった。

「あら、いつから帰ってたの?」

「今だけど」

 そう、と母はそれきり私に興味をなくしたようで、視線をテレビに戻した。

 私も自室に帰り、充実した部屋着のなかからお気に入りのものを選び、制服を脱いだ。

 もこもことした肌触りが心地良いそれはどこか懐かしい気分を蘇らせる。幼いころ好きだったタオルケットに似た感触だからだろうか。

 私は着替えが終わるとリビングに戻り、母が食べていたお菓子をつまんだ。

「ねえ、ママ。私って寝言とか言ってる?」

「あら、気づいてなかったの? 昔からよ」

 母は私に自覚症状がないことに驚いたようだが、気づいている人のほうが少ないだろう。

 でも、そうか。思い返せば、小中学生のときに行った修学旅行の朝、私が目を覚ましたときいつも口にガムテープが貼られていた。

 当時はいじめかと思って困惑していたが、同室の人たちが自分の睡眠を守るための自衛行為だったのか。

「どうしたの?」

 なんでもない、と私は母をあしらい、引きずるような重い足取りで部屋に入った。母によって開けられていた遮光カーテンの向こう、ベランダには相も変わらず薄い壁の破片が散らばっている。

 と思ったが、予想に反して綺麗に片づけられていた。母が掃除したのだろうか。いや、その場合はなにかしら文句が飛んでくるはずだ。あの奇妙な隣人が自分で始末したのだろうか。

彼女の行動原理がよくわからない。学校で虐められている腹いせを私でしているというわけでもないだろう。

 あんなにも澄んだ声で歌う歌が負の感情から生まれたものだとは思えなかった。

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