第6話

「いたっ」

 授業中だというのにいつの間にか眠っていたらしく、なにかが頭にぶつかった衝撃で目が覚めた。目の前には私のものではない消しゴムが落ちており、辺りを見回すと霧子がこちらを見て机を指差していた。その消しゴムには紙が巻かれており、矢文の要領で私のもとにきたらしい。

 手紙を開くとそこには「寝言がうるさい」と書かれており、驚いた私が霧子に視線を送ると、彼女はうなずいていた。再度辺りを見回すと、目があった人みんなが笑っていた。

 教師は黒板に字を書いていたのでこちらに背を向けていた。霧子は彼が私に気づく前に起こしてくれたようであった。

 ありがとう、と私が手で示すと、霧子は親指を立てて返事した。

 しかし、この消しゴムを彼女に返すにはどうしたらいいのだろう。返さないと、霧子はこの時間ずっと間違いを修正することなくノートを取り続けなくてはならない。

 教師がうしろを向いているすきに回してもらおう、と私が隣の席の人に声をかけようとしたとき、教師は板書を終えて生徒たちのほうを見た。私は手を引っ込め、何事もなかったようにシャーペンを持った。

「じゃあ、さっき寝てた音水。四五ページな」

 教師は私を見ながらそう言った。私の寝言はどの範囲まで聞こえていたのだろう。クラスメイトはみんなくすくすと笑っていたし、霧子は呆れたように額を押さえてため息をついていた。


 授業が終わると、霧子は少し怒ったようなようすで私のもとに来た。

「薫さんって、ずいぶんとはっきりした調子でしゃべるのね」

「そんなに変だったかな」

 私は先の授業で音読したページを開いた。

「じゃなくて、寝言よ寝言。いきなりわたしのこと呼ぶんだから驚いたわ。そのあとも起きるまで普通に話し続けるんだもん。恥ずかしかった」

 キツい目元も相まって、彼女に迫られると謝らざるを得なくなる。

「昨日のことで疲れてるの?」

 霧子は私の謝罪を聞いたとたん態度を一転させ、心配そうに顔を覗きこんできた。私は頭を振って否定した。

「寝不足ってわけじゃないと思う。古文のときはいつも眠いし」

「でも、寝言なんていつも言わないじゃない」

「いつもうとうととはしてるけど、寝たことはないから」

「家では言うの?」

 さあ、と私は肩をすくめてお茶を濁した。自分が寝ているときのことは知らないので、断言できなかった。

それからしばらくの間、私には寝言姫という不名誉なあだ名が付けられた。霧子もそれに乗って私をからかうのだから、始末が悪い。

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