第4話
教室についた私は自分の席につき、ため息をひとつついた。
「どうしたの? 朝から」
二房の三つ編みを携えた少女がとことこと私のもとにやってきた。
こちらは見慣れたもので、私よりも背の低いクラスメイト、霧子だった。出で立ちこそどこにでもいそうな少女だったが、気の強そうなツリ目が彼女の印象を地味なクラスメイトに留まらせなかった。
「珍しく早く来たと思ったら、テンション低いね」
私は鞄を机の横にあるフックに掛け、机に突っ伏した。
「朝から変な人に会ったの」
どんな? と霧子はまだ登校していない私の隣人の机に腰掛け、足をぱたつかせて話を促した。
「すごく背の高い人で、霧子さんと同じ髪型だった。うちの制服着てたけど、見覚えのない感じの人。あと、多分歌がうまいと思う」
「歌のうまさって見た目でわかるものなの?」
さあ、と私が肩をすくめると、霧子は人差し指をこめかみに当ててうなり、なにかを思い出そうとしていた。
「その人、知ってるかも」
はたと顔を上げた霧子は長考のわりに、なんでもないことのように言った。私は机に頬をつけたまま、話を聞いた。
「お姉ちゃんのクラスメイトにね、背の高い三つ編みの人がいるんだって」
「歌うま?」
「さあ。地味なのに目立つから虐められてるとか何とか」
霧子は机の持ち主が廊下を歩いているのを見て、腰を上げた。
「けど、いまどき三つ編みおさげなんて見かけたことないし、その人であってるかもよ?」
少なくともこの学校だけで五、六人は見かけたことがあるので、彼女の意見はあまり参考にならないが、背の高さが特徴になっているのならばあながち外れではないかもしれない。
「霧子さんはなんでおさげなの?」
「お姉ちゃんが可愛いって言ってくれたからだけど」
なにをいまさら、とさも当たり前のように言われ返事に困った。曖昧に笑っておいた。どうやら彼女はシスコンらしい。
霧子が私の机に座り、彼女のお尻が私の眼前にきた。それを指でつつくとくすぐったそうにし、すぐに机から降りた。
「それで、その人がどうしたの?」
霧子はお尻を押さえて私と向き直り、顔を覗き込んできた。
「歌ってたの」
「カラオケ?」
「マンションのベランダ。お隣さんだったみたい」
「朝から?」
「歌ってたのは夜。私の部屋の前に来てた。不法侵入だよね」
えー、と霧子は気味悪がった。それからちらと時計を見やり、教師が来る時間ではないことを確認したようだった。
「なにもされなかった?」
「昨日はね。今朝は写真撮られた。後頭部の」
うなじフェチ、と霧子は呟き、私の頭を撫でた。目をつぶって何度も一人で納得するようにうなずいたあと、カッと目を開いた。ツリ目がちな大きい瞳が私を見据える。
「抗議に行こう。どうせほったらかしなんでしょ」
「やだあ。面倒だし、まだ実害ないし」
「あってからじゃ遅いんだって。今夜は部屋のなかまで来るかもよ」
霧子はお化けを模したポーズで私を脅かそうとした。恐怖のベクトルは違うが、昨日のことを思い出すと、放置はできない。
「一緒に行ってくれる?」
「お姉ちゃんに任せよう」
ふん、と霧子は鼻息を荒立てて胸を張った。彼女ほどの妹力があれば、姉を使役することは容易なのだろう。
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