第2話

 朝、目覚ましが鳴る一分前に目が覚めた。

「勝った」

 ひとりにやつきながら目覚まし時計が働き出す前にスイッチを切り、ベッドから降りた。目覚まし時計に勝てるのは月に一度、あるかないかというような成績だったので、少しばかり誇らしい気分になる。

 目を擦りながら遮光カーテンを開けて日光を浴びた。地面を見ると、壊れた薄い壁の破片が散らばっていた。私が片づけなければならないのだろうか。

怖かったので外に出ず、自室の床に伏して壊れた壁の向こう側を覗いた。壊れていたのは下半分だけであり、立ったままでは地面しか見えなかったのだ。

 家庭菜園でもしているのか、白いプランターと青々とした植物しか見えなかった。すでに水やりを終えたようであり、それらは水滴を垂らしていた。季節や場所を鑑みるに、プチトマトの類だろう。

 これ以上なにか目新しいものはなさそうだ、と思った私は立ちあがろうと床に顔を向けて腕を伸ばしたあと、もう一度ベランダに視線を戻した。

 昨夜の女性が見開いた目をこちらに向けていた。

 どこかにぶらさがっているのか、相当仰け反っているのか、肩や足が見えず、覗いているのは上下が逆さになっていた顔だけだった。見ていたことが気に触ったのだろうか。私は慌ててカーテンを閉め、両親がいるリビングに逃げるように走っていった。

 リビングの戸を開けると、そこにはいつも通りの両親がいた。父は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるし、母は私のために目玉焼きを焼いていた。

「おはよう。朝から騒々しいな」

 父は新聞から顔を上げ、私を見た。その目は睨むようなものではなく、いつものことながら私が寝坊して慌てている、と勘違いして笑っているようだった。

「まあ、ちょっとね」

 私は自分の席について、すでに置かれていた牛乳をあおり、ようやく落ち着きを取り戻した。

「まあ、まだ慌てる時間じゃないさ」

 父は丸めた新聞紙で私の頭を軽く叩いて席を立ち、母とともに玄関に向かった。私は新聞のテレビ欄に目を通し、見たかった番組が特番のせいで放送されないことに落胆した。

 母がいないキッチンを覗くと、目玉焼きはすでに盛りつけられていた。冷めたら困るし、と皿を持って席についた。箸で黄身をつつくと、半熟であることがわかった。テーブルに置かれているトースターで食パンを焼き、出来あがったと同時に母がリビングに戻ってきた。

「あら、まだウインナー焼いてないのに」

「別皿で」

 焼けたトーストにバターも塗らず、目玉焼きを乗せてかじりついた。塩コショウが効き過ぎた白身をパンが中和し、ほどよい味わいだ。母が脂ぎったウインナー三本と茹でたブロッコリーを皿に乗せ、私の前に持ってきた。

「私の分も焼いといて」

 私はパンをかじりながら、片手でトースターをいじって母のパンを焼いた。

「ねえ、ママ」

 んー、と母は返事こそしたものの、視線の先はフライパンだった。けれど、聞いているのならば、と気にすることなく話を続けた。

「お隣さんってどんな人?」

「知らないわよ。引っ越しの挨拶にも来なかったし。ゴミ捨てでも会わないし」

 隣人の情報が出尽くしてしまった。近所に無関心なのは私だけでなく、母も隣人も同じようだ。

「なに?」

 なんでもない、と母をあしらい、もくもくと箸を進めた。テレビ番組のマスコットキャラクター(どこを見ているのかわからないような目をした奴)が画面に映っており、その表情が私を馬鹿にしているようだ少し不愉快だった。

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