33 ミッドナイト・クラクション・ベイビー、そしてキューブ③
山道を歩いた先に、工場があった。
使われているのかいないのか、置いてある機械は綺麗なのに、ずいぶん荒れている。
建物の中は鍵がかかっていたため、工場の外にある作業場に俺は放置された。
黒の使途の2人は、俺のスマホを取り上げてどこかへ行ってしまった。
手錠がどうとか言ってた気がするが、何の拘束もされていない。
しかし俺は動けなかった。
俺の右腕と両足は元の形をたもってはおらず。
バラバラにされたルービックキューブ。
何の感覚もなくなっていた。
放置されてから10分ほどすると…
何事もなかったかのように2人が帰ってきた。
「ただいまー、イノさん。気は変わりました?」
「…」
何やらスーパーの袋のような物を持ってる。
中には缶ビールや…スナック菓子の袋が見える。
「ちょ…ちょっと…まって…なんだよ!これ!」
スヴェンソン…だっけか…
黒髪の外国人が、俺の姿をみて唖然としている。
けどこんな状態の俺に何を怖がっているのか…近づこうともしない。
「てて、手錠はめてないじゃないか!?…こ、このまま放置したのか?」
「いいじゃないっスか…どうせ動けないし、スマホも取り上げたし…」
「…ききき…きみ!今の状況がわ、わかってのか!?」
「うるせぇっスねぇ。なにテンパッてんスか?」
「ここここ、こいつは…元ロストマン・ハンターなんだろ!?…俺たちがいない間に…仲間にれ、連絡したり…してないだろうなッ!?」
「だーかーらッ!スマホは俺が持ってんスよ?それに見てくださいよ…あんたの能力で両足なんかバラバラで、アダルトビデオのモザイクみてーに元の形もわからねぇじゃねぇっスか。」
下品な例えをする奴だ。
しかし…的を得ている。
パズル化した俺の両足は、あいつらが何度もグチャグチャにしたせいで見るも無残になっている。
色も紫がかってきてるし…左足の親指なんかスネのあたりまできてる。
「イノさん…」
「…」
「黙ったまんまじゃ何もかわらねェッスよ」
「…」
「黒の使途はいいッスよぉ。金もたくさんもらえるし…いい車乗って、いい女だって買えますよ?」
「…あんたらの目的は…金か?」
「…俺のことはいいじゃねェッスか。今イノさんの話をしてるんですよ。」
チャラついた男は缶ビールを開ける。
ゆっくりと俺に近づいて、俺の目線に合うようにしゃがみ、グビグビとビールを飲み始めた。
「ぷはぁッ…痛み…って大事なんスよねぇ。」
「…?」
「人間って痛みを知らねェと考えを改めない生き物なんスよ。拷問はしたくねぇなぁ。」
「…」
「シャーペン一本でも拷問ってできるんスよ…ここには色んなものがあるッスねぇ…何がいいかなぁ」
「何をされても…俺は黒の使途にははいらッ…」
パァンッ!
俺の言葉を遮るようにチャラついた男は俺の頬を叩いた。
「イノさぁん…イノさんイノさん、イノさんイノさんイノさぁんッ!」
「…はぁッはぁッ」
「たぶんイノさんのことだから、俺の能力の概要もほとんどつかんだと思ってるんスけど」
『ミッドナイト・クラクション・ベイベー』…
俺を視界にとらえた車やバイクが…俺に突っ込んでくる…
「もし両足と右腕のパズルを組みあげたとして…俺の能力があるかぎりイノさんは遠くへ逃げられませんねェ…」
「…」
「仲間を呼ぼうと思っても、そのためには俺の持ってるスマホが必要っス。絶体絶命とはまさにこのことッスねェ…俺だったらあきらめて泣きながらあやまっちまうようなシチュエーションなんスわ。」
「…」
「答えなんて…ひとつしかねェんスよ…コ○ンくんも言ってましたよ?…わがまま言うのもうやめません?」
考えろ…
考えろ…
何が最善だ。
こいつの言ってることは…悔しいがその通りだ。
俺に残された方法は無いように思える。
「スヴェンソンさん、パズル化してからどのくらいで人体って腐るんスか?」
「おい!だだだから…そ、その男の前で名前を言うなよッ!」
「わかったッスよ。んで、どのくらいなんスか?」
「し、知らないよ…すす、数時間はかかるじゃないかな…」
スヴェンソンからその言葉を聞いたとたん、
「あー!!!!」
とチャラついた男が俺のことを指差して大きな声を出した。
「イノさん実は知ってたんだー!まだ結構時間あるってー!」
「…は?」
「だから安心してたんだー!だからしゃべらなかったんだー!まだ何か策があるとか思ってんだ―!」
こいつ…
完全にイッてんな。
「でもねイノさん、制限時間を短くするなんて簡単なんスよ?」
「…?」
「これを使えば…ね」
そういってチャラついた男がとりだしたのは、俺のスマホだった。
…何をする気だ?
「おい…まさか麻衣さんや…かなちゃんに…」
「ちがうっスよぉ…俺その2人知らねぇスもん。それに俺って女の子にはマジ紳士なんで…」
チャラついた男は俺のスマホで何か操作を始めた…
すると何処かに電話をかけ始める…
どこにかけてる…?
「あ、もしもし…桜乃森交通さんっスか?…タクシーって何台まで同時に呼べるんスか?…4台?…じゃあタクシー4台お願いします…住所は桜乃森台の…」
タクシー…?
タクシーだとッ…?
「おいッ!やめろ!」
この作業場の近くは車の通りが少ない…
だから安心していた。
今警戒すべきは…パズルの能力だけだと…
しかし、タクシーがここまできたら俺に突っ込んでくる。
しかも数台…?冗談じゃねぇぞ!?
チャラついた男は、また違うタクシー会社に電話をかけ始める。
「もしもし…サクラタクシーさん?タクシーって何台まで一緒に呼べます?…2台?…じゃあ2台お願いします…」
「ロクな死に方しねぇぞ…あんた」
「俺もそう思うっス…5分くらいで来てくれるそうッス。便利な世の中ッスねぇ。」
「…」
「ちゃんと死ぬように…念のため手錠もかけときましょうねぇ…」
チャラついた男はどこからか手錠を取りだした。
カチャリ…
片側を俺の左腕につけると、もう片方を近くにあったポールにつけようとする…
ポールに付けられたら、本格的にここから逃げられない…
「まってくれ…」
もう賭けるしかない…
イチがバチかのギャンブル。
「…お。気が変わりました?」
「…あぁ」
「ははッ…聞きました?スヴェンソンさんッ!俺の言った通りっしょ?ちょっと脅せばこんなもんなんスよ!」
相変わらずスヴェンソンは俺から距離を取っている。
「ただし…条件がある…」
「…なんスか?条件って…」
「耳をかせ…」
「?」
チャラついた男が耳を俺に向ける。
こいつ、本当に不用心なヤツだ。
カチャリ…
「バ―カ…」
俺はチャラついた男の腕を掴み…
俺の左腕についた手錠の片方を…こいつの右腕につけた。
「…」
男は一瞬自分の腕についた手錠をみて静止したが…
すぐに俺をすごい形相でにらめつけ
ドンッ!
ゴッゴッゴッ!
近くにあった木の角材で俺を何度も殴る。
「なんのッ!!!…つもりッスか!?舐めやがって!このクソがッ!」
俺の左腕と繋がったことで、殴りにくそうだ。
何度も体制を立て直しながら、俺を殴る。
ゴッゴッゴッ!
「スヴェンソンさんッ!手錠の鍵もってましたよね!?外してください!」
「わわわ…わか…わかったッ!ちょ…ちょっと待って…ッ!」
スヴェンソンがポケットから鍵らしきものを取って、俺たちに近づく。
…ここだ。
逆転のチャンスは!
「近づくなッ!」
「ひッ…」
俺の突然の大声に、スヴェンソンは硬直した。
「いいか良く聞け!俺たちに近づいたらあんたの能力を奪うぞッ!名前はスヴェンソンだったな!能力名はたしか『キューブ』だ!もう一度言うぞッ!近づいたら俺はあんたの能力を奪う!!」
これは嘘だった。
俺は、相手の名前が全部わからないと能力を奪えない。
しかしチャラついた男もここで自分のピンチに気づく。
このままじゃ、自分もタクシーに轢かれてしまうということに。
チャラついた男はここまで見せていない焦りを顔に滲ませる。
そして叫んだ。
「スヴェンソンさんッ!嘘っスよ、こいつの言っていることはッ!こいつが能力を奪うにはフルネームがわからねぇといけねぇんスよッ!?さっき言ったじゃないっスか!?」
「…たた…たしかに…」
しかし、俺もこの機を逃すまいとスヴェンソンに叫ぶ
「嘘じゃない!もうあんたの能力を奪う条件はほとんど整ってんだ!あとはお前が俺に近づくだけで奪える!近づいたらお前の能力を奪うぞ!本当だッ!」
「…!?え…あ…あ…」
あきらかに混乱してる。
こいつ予想外の出来事が起きた時に対処できないタイプだ。
いける
「いいか!お前の能力を奪ったらパズル化も解ける!両足も右腕も使えるようになるんだ!そしたら俺を拘束してるのは左腕の手錠だけだッ!右腕が復活したらぶん殴ってやるぞ!それが嫌ならこっちへ来るなッ!」
「スヴェンソンさん!テンパんな!嘘っスよこんなの!!よく考えてみてください!本当に能力が奪えるんならこんなこと言わねぇッスよ!スヴェンソンさん早く鍵をッ!!!!」
スヴェンソンの表情はみるみる正気をなくす…
ひたいには血管が浮き出て、身体が小刻みに震える。
「ホホホホワイト・ワーカーからの情報は…ほんとうにたた…たた確かなんだろうなッ!?」
「当たり前じゃねェッスか!!!あの人の指示で俺たちはここまで来たんでしょーが!!あの人が俺たちに嘘をつく理由なんてねぇんスよ!!はやく鍵を渡して!」
チャラついた男がスヴェンソンに腕を伸ばす。
「スヴェンソン!!ホワイト・ワーカーの言う事を信じるのかッ!?本名もロクに名乗らねェ犯罪者だぞ!?俺本人がお前の能力を奪えるッて言ってんだ!!!近づくなッ!」
「スヴェンソンさんッ!!!騙されんなッ!!!タクシーが来ちまうんだッ!!!近づく必要はねェ!!鍵を投げてくればいいんスよォッ!!!スヴェンソンさん!!!!」
ここでスヴェンソンは頭がパンクしそうになったのか…
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!そいつの前で僕の名前をいうんじゃなああああああああああああい!!!!!!!!」
そう言って鍵を下へ叩きつけた。
チャラついた男はその鍵を拾おうと俺ごと強引に引っ張る
しかし俺は抵抗する。
「クソがッ!!!!邪魔すんじゃねぇッ!!失慰イノッ!」
「くッ!!!!」
その時…
ブロロロ…
遠くで車の音が聞こえる。
オイオイ…まだ5分なんて経ってないぞ!?
どうやらずいぶん早く到着したらしい。
その車の音を聞いてさらにチャラついた男が焦り出す。
「スヴェンソォンッ!!!!!!!鍵を拾えェエエエエエエッ!!!!!!!!!!」
さすがのこいつもなりフリかまっていられない。
俺もだけど…
「おい!『ミッドナイト・クラクション・ベイべー』っていったよな?能力を解けッ!このままだと俺もお前もタクシーに轢かれて死ぬぞッ!」
「んなことできるハズねぇッス!!!…スヴェンソン!はやく!そこだ!鍵を拾え!!!」
「だまれうるさいいいッ!!!!」
スヴェンソンはまだうずくまっている。
相当こいつに対する不満がたまってたんだろう。
何を言っても聞く耳をもたない。
「『ミッドナイト・クラクション・ベイべー』を解除しろッ!!!お前も死ぬぞッ!!!」
「できねぇって言ってんだろォが!!!!!オイ!!!スヴェンソン!!!!!!!!」
その時…
作業場と道路を仕切るフェンス越しに俺たちはタクシーを視界にとらえた。
そしてタクシーも俺たち…いや、俺を視界にとらえた。
バキバキバキバキッ!!!!!
バンッ!
その瞬間大きい音を立てて工場を仕切るフェンスとガードレールを破壊し、青いタクシー2台が作業場へ突っ込んできた。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!!!
アクセルを踏み込む音が大きく響く。
「スヴェンソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!死んじまうってェ!!!助けてくれッ!!!!!!」
「うう…」
「スヴェンソンッ!スヴェンソン!!!!!」
スヴェンソンはタクシーに気づいていないのか、こいつの声が聞こえていないのか、まだうずくまったままだ。
バババババッッ!!!!!!
バンッ!バンッ!
2台のタクシーは作業場に入り我先にと俺に突っ込んでくる。
作業場の砂利にスリップして、大きく砂ぼこりを巻き上げる!
近くにある工具や機械を壊しながら、真っ直ぐにアクセルを見込む!
ブウゥゥゥゥゥゥンッ!!
「おい!!!早く能力を解けッ!!!」
「解けねぇんスよッ!!!俺の『ミッドナイト・クラクション・ベイべー』は解除できないスよォ!!!」
なんだと!?
こいつ、最初っから交渉する気なかったんじゃねぇか!
ババババッ!
タクシーのタイヤが巻き上げた砂利が頬に当たる。
本当にぶつかるッ!
「じゃあお前の名前を言えぇッ!お前の能力を俺が奪うッ!」
「なにふざけたこと言ってんスかッ!?言うはずないでしょうがッ!」
「言え!!!本当に死ぬぞッ!」
バババババッ!
タクシーがチャラついた男の真後ろまで来ていた。
タクシーの中の運転手と目が合う…
もうだめだ…ッ!!!
「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!あらただッ!矢代新(やしろあらた)だああああああああッ!」
「貰うぞ矢代新!お前の『ミッドナイト・クラクション・ベイべー』」
矢代新の身体が光る…
しかし…
バァッンッ!
バアアンッ!
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