34 ミッドナイト・クラクション・ベイビー、そしてキューブ④

いつの間にか落ちた日は、

周囲を朱色に染める。




カチャ…

カチャ…


…カチャンッ!




俺はゆっくり立ち上がる。

視界が狭い。


ろっ骨…鎖骨…折れてるな…。

内臓がめちゃくちゃ圧迫されているのがわかる。

身体中が焼けるような痛みは、俺の意識を奪いそうになる。



「はぁ…ッ…はぁッ…」



左腕を見ると、手錠の鎖の付け根からねじ曲がっている。

手錠の片側がまだついたままだが、どうにか矢代新とは分離された。


矢代新は全身から血を流し倒れている。

意識は失っているがどうにか命は残ったみたいだ。

身体が時おりけいれんしている。


俺は転がっていた自分のスマホを拾い、電話をかける。




「…島崎…さん…ですか…お久…ぶりです……ラブとピースは…まだいますか…えぇ…えぇ…」




画面は割れてしまったがなんとか使えるみたいだ。

冷静になり、ラブとピースが島崎さんのところへいくと言っていたの思い出した俺は、島崎さんに電話をかけた。




「島崎さんの家から…そんなに遠くは…ありません……お願いします…」




ギリギリで能力を奪えたことで、タクシーは急ブレーキを踏みこんだ。

しかしスピードのついた車体を抑えることはできず、俺は矢代新越しに轢かれたようだ。


タクシーの運転手はエアバックにうなだれて、こちらもまた気絶している。

2台目のタクシーはなんとかぶつからずに済んだようで、運転手が中でキョロキョロと周りをみている…。


作業場の外にも4台のタクシーが来ていた。

あちらもどうすればいいかわからないようで、誰も車からでてこない。




「あ…あ…あ…」




スヴェンソンは…

腰を抜かしてガクガクと震えている。


立ち上がった俺を見上げて、

ぱっくり開いた口から漏れだすように声を発した。




「な…ななんで…立ち上がれる…!?」


「…はぁ…はぁ…」


「たたた立てるハズないッ!…ば、バラバラなんだぞ!?神経が切断されて…」




スヴェンソンの疑問に、俺は手の平で答えた。

足を指差したんだ。


決してかっこつけようとしていたわけじゃない。

身体中が痛くて口を開くのが面倒くさかった。




「…!?…ひ…左足が…もも…元にもどってる…」




指差した左足は、ちゃんと元通りに戻っていた。

ヒザあたりまで来ていた親指はしっかり大地をささえていた。

しかし右腕と右足はまだバラバラだ。




「パ…パパパパズルを解いたっていうのか…!?つま先からヒザまで…な…72×24×12の…立体多面パズルだぞ…解けるはずない…ッ!解けるはずないッ!」




ちょっと何を言ってるのかわからなかったが…

ずいぶん自分の能力には自信があったようだ。





「解けねェよ…こんなもん。」


「…は?…じじじじじじじゃぁ、なんで…」


「戻した。」


「…は?」


「そこでぶっ倒れてる…矢代新が、稼働させたどおりに…もとに戻したんだ…」


「…きききき記憶していたって言うのかッ!?パズルの稼働させた向きや方向を…ぜぜ…全部!?…バカなッ!無理だ!!」





さすがに全部じゃない…

その証拠に記憶していたのは左足の組み上げ方だけだ。


俺の運がよかった…というか、スヴェンソンの運が悪かったのは、矢代新という男の存在だ。





「パズルの能力をかけられたとき…矢代新が俺にあんたの能力を説明してくれたな…」


「…え?」


「こいつがペラペラ教えてくれたおかげで、俺はパズルの能力だとすぐに把握することができ、ずっとこいつの手の動きをみて暗記していた。」





もし、こいつが説明してくれなかったら…

俺の思考はパズルの暗記ではなく、この状況をどうやって逃げ出そうかという方向に向いていたはずだ。





「…い、いつでも…パズルを解除できたって…いいいい言うのか?」


「…」




…左足だけな。




「じじじじゃあなぜ!?僕たちが買い出しに言ってるとき、パズルを解除して逃げ出さなかった!?」


「…そんなの決まってんじゃねェか。」


「…え…」




俺はスヴェンソンに足を引きずりながら近づく…

スヴェンソンは今にも泣き出しそうな表情で後ずさりする。





「テメェを…く…殺すためだよ…『キューブ』のスヴェンソン…」


「ひぃッ!!!!」




俺はそう言ってスヴェンソンの首をグッと掴んだ。

そして出来る限り怖い顔と声でこいつにプレッシャーをかける。

こんな顔も声も普段はやらないから少し…噛んだ。


俺があの時パズルを解除して逃げなかった本当の理由は…

暗記できたパズルが左足分しかなかったからだ。


右腕と右足がバラバラのまま逃げだせば、その部位が本当に腐っちまう。

俺はスヴェンソンに能力を解除させる必要があった。




「ごごごごごごごごごめんなさいッ!!!ホホ、ホワイトワ―カ―に雇われているだけなんだ…ッ!」


「そうか…でもダメだ。お前を殺す。」


「嫌だッ!嫌だあああッ!」


「死ぬのは嫌か?」


「死にたくないッ!許してくれ…」


「…じゃあ俺の右腕と右足を…お前が直せ。」


「…わかった…わかった…ッ!」




スヴェンソンが俺の右腕と右足に触れる。

その瞬間…




「…ッ!」




右腕と右足が激痛に襲われる…

一瞬スヴェンソンになにかされたかと疑ったが、パズル化が解除されたことでその疑いは晴れた。


右腕と右足は…やはり骨折していたようだ。

神経が切断されていたことで今まで何も感じなかったが、パズル化が解除されたことで痛みも元に戻った。




「よし…ッ…よ…よくできたな。」


「助けてくれッ…!殺さないでくれ…ッ…」


「手錠は…まだあるか…?」


「あああああある!ある!まだ2つある!」




スヴェンソンはまだ俺が能力を奪えると思っている。

抵抗しても無駄だと思ったのか、俺の言葉に従順だ。




「…そうか。じゃあ俺の言う事をよくきけよ、いいな。」




スヴェンソンはぶんぶんと首を縦に振る。




「矢代新を後ろのタクシーに乗せろ…お前も乗れ…」




スヴェンソンは言われた通りに矢代新を後部座席に乗せ、自身も急ぐようにタクシーの助手席に乗り込んだ。

タクシーの運転手はわけもわからずそれを見ている…

俺は矢代新の腕と、タクシーのアシストグリップを手錠で繋ぎ





「スヴェンソン…お前も後ろに腕をくんで自分に手錠をかけろ。」


「はははははいッ!」



これでこいつも能力は使えない。

逃げ出そうとも、もうしないだろう。


俺はタクシーの運転席に回り込み、運転手に声をかけた。




「ご迷惑おかけします。埼玉県警へ行ってください。保坂という刑事がいるはずです。」


「…わ、わかりました。」




俺は外で待っていた4台のタクシーの運転手にも言える範囲で状況を説明する。

気絶した運転手をつれて病院へむかって欲しいと伝えた。


気絶した運転手が乗っていた1台のタクシーと俺を残して、5台のタクシーは走り去っていく。



バタッ



「…はぁ…はぁ…」



俺は、タクシーの後部座席を開けて横になった。

…体中が痛い。


息をいくら吸ってもどこかから漏れているように息苦しい。

身体のどこに体重をかけても痛みがあり…今にも気を失いそうだ。








目をつぶってから数分後…

俺は聞き覚えのある優しい声で目を覚ます。



「スマートじゃないわね。イノ。」


「…」



目を開けると、

長い金髪と抜群のスタイル…

ワイシャツとスカートという、こんな場所に似合わないシンプルな格好の女性。


ロストマン・ハンター…

失慰ソノ…もといピース・エイジアがそこにいた。




「うるさいな…」


「時間は…?」


「怪我をしてから…10分くらいだ…」


「このタクシーの方は?」


「このタクシーに轢かれたんだ…こっちも10分前くらいからこんな感じだよ。」





ピースは俺の頭に触れる。




「『失慰イノ times, back one hour』…」




俺の身体が光を放つ。

みるみる痛みが引いていくのがわかる。

今にも消えてしまいそうだった意識がハッキリとしてくる。




「……助かった。」


「…まったく。私がいなかったらどうするつもりだったの…?」


「…考えてなかった…」


「まったく…。ほら、タクシーも直すからそこどきなさい。」




俺はタクシーから身を起こす。


ピースの『バタフライ・エフェクト』。

対象物や対象者の時間を1時間だけ戻すことができる能力だ。

ピースの能力もまた、黒の使途の勧誘を受けてもいいくらいに優秀なものだと思う。

しかし…




「日本のタクシーって、なんていうの?名前…」


「は?」


「だから名前よ…トレインは電車、カ―は車、タクシーは?」


「…」




頭はいいが実は少し天然だ。

というか世間知らずだ。




「…そのまんまだよ。…タクシーだ。」


「…ふぅん。そういうこともあるのね。日本語って難しいわ。」


「早くもとに戻せよ。」


「『this タクシー times, back one hour』」




タクシーが、まるで巻き戻しされていくように形を整えていく。




「これでOKね。ねぇイノ…」


「…なんだ。」


「抱きしめていい?」


「嫌だ。」


「イノ!」


「…うッ!」




ピースは

突然俺を抱きしめて頭をぐりぐり撫でる…

普段はクールに見えるピースだが…




「イノぉッ!」


「やめろッ!離せよッ!!」


「だって研究室だと麻衣もかなちゃんもいて我慢してたのッ!チューしていい!?チューしていい!?」


「気持ちわりぃんだよッ!やめろッ!」




実は昔っからこんな感じだ。

俺のことが好きで好きでたまらないんだ。

決して男としてではなく…犬かなんかだと思っているんだ。俺のこと。


俺が13歳の頃から一緒にいるせいか…

ラブにしてもピースにしても俺をまるであのころのままのように接する。

それが…昔っからすげぇいやだった!




「…それで…イノ。」


「今度はなんだよ。顔ちけぇよ。」


「ホワイト・ワーカーのことはわかったの…?」


「…」




やっぱり…

この2人が日本に来た理由はこっちか。

島崎さんに会うためだけに日本に来たとは思ってなかった。





「俺をおとりに使ったのか…?」


「そんな言い方して…まだ反抗期なの?…チュッ」


「キスすんなよッ!…あんたらが欲しいような情報はなかった。」


「…そう。」




俺はピースの腕を振りほどく。




「黒の使途を追ってるってことは…イエス教関連の仕事か…」


「そうよ。イノの嫌いな宗教関係の依頼。かなりヘビーな方のね。」


「…俺にはわからない。あんたらの…宗教関係の仕事を引き受けようとする気持ちも…頻繁に名前を変える気持ちも…」


「…イノ。」


「…」




俺には…わからない。




「一応私とラブの連絡先も教えておくわ。」


「いらない。」


「スネないの…まだ子供なのね。」




そう言ってピースは俺のポケットに何かを入れた。

連絡先を書いた紙か何かだろう。


俺は昔のことを思い出していた。

この2人に認められたくて…必死だった自分のことを。




「私達も…好きでこんな仕事をしているわけでもないし…好きで名前をコロコロ変えてるわけじゃない。」


「…」


「でもね、イノ。」


「…?」


「名前をコロコロ変えてるからこそ…私達2人は、自分の名前を誰よりも大切に思っている。仕事に対してもそう…1つ1つ真剣に取り組んでる。」


「…」


「だからイノも、その名前で貫くと決めたのなら、大切にしなさい。名前も…今の仕事も。」


「…」




こういう…

ラブとピースの説教じみたことを言うところが嫌いだ。

自分がダメな人間に思えてくる。

しかし…頑張らなきゃなとも思える。




結局俺は…




この2人が好きなんだと思うんだ。






「あぁ。そうするよ。」








■No8.矢代 新

能力名:ミッドナイト・クラクション・ベイべー(命名:矢代新 執筆:失慰イノ)

種別:観察系 終身効果型


標的に触れながら「ミッドナイト・クラクション・ベイべー、よい夜を」と発することで能力が発動する。

標的となった人物を見た乗り物の運転手は、自分の意識とは関係なく標的に突っ込んでいく。

標的が視界から外れるか、運転手が乗り物から降りない限り運転手は標的を追い続ける。

ロストマンである矢代新でも能力を解除することはできない。

能力消滅。現在は埼玉県警に身柄を拘束されている。



■No9.スヴェンソン・ドハーティ

能力名:キューブ(命名:スヴェンソン・ドハーティ)

種別:観察系 指定効果型


標的に触れることで発動する。

ルービック・キューブのように人体を多面パズル化させる。正しい位置にキューブを戻すことができれば解除される。

稼働中は血管や神経も一時的に切断されているため、長い間もとに戻さないとその箇所が腐ってしまう。

現在は埼玉県警に身柄を拘束されている。



■No10.ピース・エイジア

能力名:バタフライ・エフェクト(命名:ラブ・エイジア 執筆:失慰イノ)

種別:概念操作系 瞬間効果型

失ったモノ:妹


対象物・対象者に触れながら「(対象名)times, back one hour」と発することで発動する。

触れたモノの時間を1時間だけ戻す事が出来る。対象物に名称が無い場合は、ピースが名づけることが条件。別称・略称でも可。

無機物・有機物関係なく能力の効果は発揮され、通常は壊れた物の修復・修繕や傷を負った者の治療に使われる。

複数に分散してしまったもの、例えば紙の切れ端や生物の爪・髪の時間をそれぞれ1時間づつ戻す事でコピーをつくることも可能。

しかし対象物が死んでいる場合、生き返らせることはできない。生物から分離した爪や髪に命は無いため、生物のコピーに命が宿ることはない。

なお一つの個体に能力を使用した場合、2時間以上経過しなければ同じ個体の時間を戻す事が出来ないため、若返りなどは不可能。

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