31 ミッドナイト・クラクション・ベイビー、そしてキューブ

「イノさん。おはようございます。」


「おはよう。かなちゃん。」



3月。

桜乃森大学には学生服をきた高校生がたくさんいた。

かなちゃんの高校と同じ制服を着た子もいる。


彼らの期待と不安の入り混じった表情を見てると、俺は少し羨ましい。

今日は、桜乃森大学の合格発表の日だ。




「なんかいつもと変わらないね。かなちゃん…まさか落ち…」


「受かりましたよ!バッチリ合格です。これで来月から桜乃森大学の生徒です。」




かなちゃんはあんまり表情を変えない。

けど俺にはなんとなくわかった。

かなちゃん、凄く喜んでる。




「おめでとう。」


「…ありがとうございます。」




本当におめでとう。

かなちゃん。





「これでかなちゃんも桜乃森大学の生徒か…本格的に俺だけが部外者だな。」


「そうですよ。これから私は麻衣さんの研究室の助手。イノさんは立場上ただのお手伝いですから、私の方が権力は上です。」


「権力って…何かさせる気なの?」


「私のためにパンや飲み物を買ったり…肩もみとか…」


「…いままでと大して変わらないから安心したよ」




かなちゃんと他愛も無い会話をしながら研究室に向かう。

もうかなちゃんと出会ってから半年が過ぎた…







研究室で麻衣さんとかなちゃんの合格祝いをする。

合格祝いと言っても簡単なパーティで、麻衣さんが張り切って料理を色々作ってた。


カボチャパイ、チャーハン、カプレーゼ、そば…

ひとつひとつはとても美味しそうだ。

しかし組みわせがひどい。




「おめでとうかなちゃん!たくさん食べてね!」


「ありがとうございます麻衣さん。…どれから手をつけよう…」


「頂きます」


「イノ!あんたはかなちゃんが食べてからにしなさい!かなちゃんのお祝いなんだから!」


「…へーい」




いつもと変わらない日常。

ラブとピースから黒の使途の話を聞いてから…もうすぐ1カ月が経つ。

このまま何も起こらなければいい…




「麻衣さん、そうえばえっと…ラブさんとピースさんでしたっけ?もう帰っちゃったんですか?」


「どうなのかしらね。イノは何か聞いてる?」


「帰るっていっても…あの2人は帰る場所がないですからね。島崎さんのところに行ったのなら、数か月間は日本に滞在すると思いますよ。」




昔からあの二人はどの国にも根を張らない連中だった。

けど島崎のところに行くってことは、休暇中ってことでもある。

次の仕事の依頼がくるまでは日本にいるだろう…





「麻衣さんあの…聞きたかったんですけど、島崎さんって誰なんですか?」


「そっか。かなちゃんはまだ会ってないんだもんね。」


「はい…」


「日本で唯一の、ロストマン専門の孤児院を経営している方よ。もう70過ぎのお婆ちゃん。」


「ロストマン専門の孤児院…?」


「そう。異能力を持ってしまったことで普通の生活が送れなくなってしまったり…親と離れ離れになっちゃった幼いロストマンを預かっているの。」


「へぇ…」


「ロストマン研究にも積極的で、私たちの支援もしてくれてるのよ。」




もともと日本はロストマンがとても少ない国だ。

そのためロストマンの保育施設や、ウチみたいな研究施設も非常に少ない。

だからこそお互い助け合っている…というわけだ。


島崎さんの経営する孤児院は、ロストマンの情報交換の場所としても使われている。

中には他では入手できない貴重な情報も多く、ラブとピースが休暇中に島崎さんのところへ定期的に訪れる理由はそれだ。

俺と旅している時も何回かお世話になった…恩人の一人だ。


麻衣さんが用意した料理をあらかた食べ終えて一息つくと

麻衣さんが立ちあがって俺らに渇をいれる。




「…さて、そろそろお祝いパーティは終わりっ!2人とも仕事してもらうわよ!」


「…仕事って…依頼も来てないし、書類整理もないでしょ?」


「色々あるのよ!かなちゃんは遠藤さんのところで、記憶を保管してきてね。」


「わかりました。…そうか、もうそんな時期なんですね。」




ロストマン、遠藤さん。

彼の持つ能力『ブラウニー・ビー』は記憶を本に記録する事ができる。


俺たちは研究成果を3カ月おきに遠藤さんのところに保管しておくことにしている

かなちゃんが来てからは、かなちゃんの大切な仕事のひとつだ。




「イノ。あんたは買い出し。研究室の備品がもう無くなるわ。」


「こまめに買っといてくださいよ…」


「一気に買った方が楽じゃない!」


「…買いに行くの俺なんですけど?」


「文句があるの?」


「……いえ。」




楽しいお祝いはおわり。

俺は最後のカボチャパイを口に放りこんで、研究室を後にした。







そんなわけで、俺は駅前に買い物にやってきた。

ペンとかノートとかの雑貨、トイレットペーパーとか…日用品だ。

チビ太の餌も必要だな。


それにしても今年に入ってから雑用ばっかりしてる気がする…。

かなちゃんに仕事とられるし…本格的に立場が逆転するかもしれない…。


買い物を済ませて、休憩をしようと駅前にある公園に向かう。

公園には三輪車で遊んでいる親子や、サッカーをしている学生、サラリーマン数人がタバコを吸って一服していたり…結構にぎやかだ。

俺はベンチに腰掛けて一息つく。




「…ふう」




向かいには、ケーキ屋『ヴェール』が見える。

先月ホワイト・ワーカーと話をした店だ。


あの日から、俺は今後どうすればいいのか…

考えがまとまらないでいた。


麻衣さんやかなちゃんを危険な目にあわせることには絶対にしたくない。

かといって革新的な解決方法なんて見つからない…




「どうすりゃいいんだろ…」




三輪車で遊ぶ親子をぼーっと見ていると…




「どーもっ」



という少し高い男の声が聞こえた。

三輪車の親子から目をそらし、その声の方を向くと…

知らないうちにベンチの隣に若い男が立っている。


大学生くらいの年齢で、茶髪。

すこしちゃらちゃらした感じの男だ。

…誰だ?



「シツイイノさんっスよね?」


「…そうですけど」


「あぁ、よかった。間違えてたらどうしようかと…」


「すいません…どなたですか?桜乃森大学の学生さん?」




このあたりには、桜乃森大学しか学校はない。

こんな若い男性に声をかけられる心当たりは、それくらいしかなかった。




「いえいえ、違うんスよ。」


「…?」


「ホワイト・ワーカーさんの代理のもんでス…」




…ホワイト・ワーカーの代理?

…黒の使途か。

ついに来た。


しかし意外だった…

日本人で…しかもこんなに若い男が…?




「…」


「あらら、そんな怖い顔しないで欲しいっス」


「勧誘ならお断りしたはずです」


「あちゃー、やっぱり考えは変わらないっスか?」


「…変わりません」


「…そこをなんとかならないっスかねぇ…」





説得するつもりできたのか?

そんな風には見えない。




「説得には応じませんよ」


「…どうしても?」


「はい。」


「…まいったなぁ。…わかりました。じゃあ俺はこれで…。」


「…?」




そういって男は振りかえって歩き出そうとした。

もう帰るつもりか?


ホワイト・ワ―カ―の時のようにあっさりしすぎている。

それを不気味に思った俺は、今度はこっちから声をかけてみることにした。




「…説得するつもりはないんですか?」


「…え?」


「黒の使途…なんですよね?あなたも…」


「まぁそうっスけど…俺の風貌みてわかりません?言葉で説得できるようなタイプじゃないんスよ。…イノさんの意思を確認をしにきただけっス」


「…」


「まぁ、気が変わったら教えてくださいっス。…気が変わったら」


「…変わらないですよ。」


「そうっスか…」




そのとき、男が俺の肩にポンっと手を置いて…

耳元でこうつぶやいた。




「『ミッドナイト・クラクション・ベイビー、素敵な一日を。』」


「…は?」


「いえいえ、また会いましょう。イノさん。」




男はニコッと笑って、その場を去って行った。

一体なんだったんだ?




「…」




念のため、その男が公園から出ていくのを見る。

なんの警戒心もなく…どこにでもいる大学生と言った感じの男だ…


俺は男が見えなくなったのを確認して、荷物を持って立ちあがった。

とりあえず帰ろう…




コツン…

キコキコキコ…




その時、足元に何かぶつかった。



「…?」



足元を見ると、さっきまで遠くで遊んでいた三輪車の男の子が俺の足元にいた。

俺にぶつかってもなお、前に進もうと一生懸命三輪車を漕いでる。

…かわいい。



「すいません!」



すぐに親が走ってきて、その男の子を三輪車ごと持ち上げた。



「ごめんなさい…もう、この子ったら、遊んでると周りが見えなくって…。怪我とかはしてないですか?」


「いえいえ、気にしないでください。」


「本当にごめんなさい。」


「平気です…それじゃ」






バァンッ!!!!!





「いてッ!」





ドサッ!




親子に挨拶をしてその場を去ろうとしたとき。

後ろからまた何かに衝突されて、俺は倒れてしまった。




カラカラカラ…




倒れたまま後ろを振り向くと、お婆さんと自転車が横になっていた。


自転車の車輪が回ってる…

俺とぶつかって倒れてしまったのか…


俺はお婆さんが心配になって声をかける。



「お婆さん!大丈夫ですか?」


「…はい…こちらこそ…ぶつかってしまって、ごめんなさい…」




コツン…

キコキコキコ…



その時…背中にまた何かぶつかった。


振りかえると、倒れている俺に向かって、

さっきの男の子がまた一生懸命に三輪車を漕ぎはじめていた。




「…?ごめんね僕、ちょっとどいててもらえ…」




ここで俺は…

異常な事態に立たされていることに気づく。


男の子の顔を見ると…

顔にはあぶら汗がにじみでていて、目の瞳孔が開き、視点が定まっていなかったのだ。


なんだ…?

この顔…ただごとじゃ…




「僕…?大丈夫!?」




男の子をどかして、お婆さんが立ちあがるのを手伝おうをすると…

俺の視界に、さらにとんでもない光景が映る…





バキバキバキバキ…ッ!!!!!!!!!!

ガリガリ…ッ!!!


バァンッ!!!




2本の苗木と生垣を…大きな音を立てて破壊し…


大型の貨物トラックが、急アクセルで強引に公園の中に入ってきたのだ。

そしてそのトラックは、真っ直ぐに俺の方に向かってきた。



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