30 ゴッド・ファーザー③


刑務所、ピストル、車、パズル、オモチャ、縮尺模型

縮尺模型って、プラモデルのことだよな?


『ヴェール』を出てもなお、俺の頭からその言葉は離れない。

何かの暗号…か…?


考えながら歩いていると、研究室までの道のりは無いに等しい。

俺はもう研究室の前まできていた。



「忘れよう。」



考えていても仕方ない。

どうせ答えなんかでないさ。


気分を切り替えて、俺は研究室のドアノブに手をのばす。

すると…




「―――。――!」




研究室の中から男の声が聞こえる。

依頼人か?だれかきているのかな…?




ガチャリ…




そこにいたのは…

麻衣さんと、かなちゃん…

そして研究室が似合わない外国人2人。


しかし、俺がよく知る2人…




「よぉ、イノ。」


「久しぶりね、イノ。」




来客用のソファーにずうずうしく腰掛ける…目が覚めるような赤色の短髪の大男。

そしてその隣に姿勢正しく座る…包み込むような声の金髪美女。




「リノ…ソノ…」




ロストマン専門のフリーの傭兵。

そして俺が、研究室に来るまでの数年間、一緒に旅をしていた2人。



失慰リノ と 失慰ソノ



「なんの用だ、2人とも…」


「何よ、その口のきき方。久しぶりの再会なんだから、もっと愛想よくすりゃいいのにねぇ?」


「昔っからこういうヤツなんだよ、イノは。ガキなのさ。」




俺の言葉を麻衣さんがちゃかす。

麻衣さんと談笑する2人を横目に俺は椅子へ腰掛ける。


かなちゃんを見ると…かなちゃんも楽しそうだ。

俺はテーブルの上にケーキを置いて、赤髪の大男・失慰リノに話しかける。




「仕事か?用が済んだなら帰れよ。リノ…ソノ。」


「つれねェなぁ、あいかわらず。」


「…談笑しに来日したわけじゃないだろ?何しにきたんだよ。」




この問いに答えたのは赤髪の大男ではなく、金髪美女の方だ。




「島崎さんのところへ行く用事があってね。今日はそのついでよ。」


「……用があるんならさっさといけよ、ソノ。」


「ずいぶん冷たいのね。…そうだ、私たちまた名前変えたの。私は今ピースって名前よ。ピース・エイジア」


「俺はラブ・エイジアな。」




ラブと…ピース…

愛と平和ってか




「今度のはずいぶんノンキな名前だな。」


「アメコミヒーローみたいでいいだろ?…お前はまだイノって名前使ってるんだな。ロストマンを相手にするなら、定期的に名前は変えろって教えたはずだが。」


「俺の勝手だろ。」




赤髪の大きい男リノ…もとい、ラブは俺の頭をコツンとした。

昔っからこういうヤツだ。

俺をガキあつかいしてくる。




「あの…聞いていいですか?」




俺が不機嫌になってるのに気が付いたのか…

場を和ませようとかなちゃんがラブに聞く。




「なんだい?かなちゃん。」




かなちゃんって呼ぶな。




「どうして名前変えてるんですか?」


「あぁ、ロストマンってのは能力の発動に『名前』が必要な場合が多いんだ。イノの能力みてーに。」




ラブの言葉に金髪美女ソノ…

もとい、ピースが補足する。




「偽名っぽい名前にしておけば、相手は本当の名前かどうか判断しにくくなるでしょ?そうすれば能力の対象になる可能性も減る…沖田さんは、イノの名前をはじめて聞いたとき変わった名前だと思わなかった?」


「…たしかに。」


「容姿や性別は簡単に変えられないけど…名前くらいならすぐに変更できるからね。私たちはだいたい1年おきくらいに名前を変えてるの。」


「…大変なんですね。」


「ふふ、有名女優の名前にしたり…好きな小説の主人公の名前にしたり、結構楽しいのよ?」


「イノの名前は俺が付けたんだ。」




ラブがしゃしゃりでる。

ラブはその見た目にそぐわず、昔っからおしゃべりだ。


すぐ余計なことを言う。

それをピースと俺がフォローする。

そんな感じで俺達は、旅をしてきた。




「じゃあ…イノさんの名付け親ってことですよね?」


「そうそう…毎回俺が考えるんだ。『失慰』ってのも俺のアイデアさ…『失った物を慰める者』。かっこいいだろ?」


「…はぁ。」


「ちなみに俺とピースも昔は失慰って名乗ってた。失慰リノ、失慰ソノ、失慰イノ。色んな国飛び回ってると、家族と思われる方が何かと都合いいからね。」





ラブが俺を見る。

俺は名前をコロコロ変えるこいつらの感覚が理解できん。

俺は目をそらした。




「失慰…なんて、付けられた俺は迷惑してんだ。ちゃんと読んでもらえない」


「そうなのか?忍者みたいでかっこいいのに?」


「…どんな感覚してんだよ。適当につけやがって」




なんで外国人って忍者好きなんだ?




「どうしてイノって名前なんですか…?」


「それはな、島崎って言うモノ好きなバアさんがいて…」


「…リノ!もういいだろ!」




別に隠すほどたいした話じゃないけど…

とにかく俺の話をやめて欲しい。




「ラブだって言ってんだろ。ラ・ブ!」


「今日も島崎さんのところ行くんだろ?こんなところでぐだぐだ話してていいのか?」


「怒るなって…お前にも話があってきたんだ。」


「…仕事なら手伝わないぞ」


「仕事の話じゃねェさ…ピース、写真見せてやれ。」




ラブに言われ、ピースはバッグの中からA4サイズくらいの大きな写真を数枚取り出す。

それをテーブルの上に並べ終わると、ラブが話しはじめる。




「イノ、お前ホワイト・ワーカーって知ってる?」


「…ホワイト・ワーカー?」


「こいつだ」




ラブはテーブルの上の写真を一枚指差す。

その写真に映っていたのは、またも見覚えのある顔だった。


今朝会った…謎の外国人。

黒の使途…ふざけた偽名の男。

銅鑼木浦。




「…こいつなら…今朝会ったよ。黒の使途だろ?」




それを聞いても、ラブは動揺しない。

「はぁ…」とため息をついて語り出す。




「…やっぱりか。なに話したんだ?」


「仲間にならないかって言われた。…有名なヤツなのか?」


「…名前は誰も知らない。」


「…?」


「ICPOの国際テロ対策チームからマークされてる…過激な思想家だ。スーツを着て清潔そうな身なりをしているところから、ホワイト・ワーカーって呼ばれてる。」




ICPOって…

やっぱりめんどくさいことになってきた。




「なにをしたんだ?」


「こいつ自体は何もしてない。」


「…?」




かなちゃんと麻衣さんも写真を見る。

何もしてないって…どういうことだ?

この疑問を投げかける前に、ピースが説明してくれる。





「イノみたいに、色々な国でロストマンを勧誘してるのよ。しかもCIAが把握してる危険なテロリストとか、軍人とか…ロストマンとしては優秀な人ばかりね。」


「…」


「そして…勧誘を断ったロストマンはみんな…謎の死を遂げてる…」




は?…死?





「あー!」




そのとき、かなちゃんが突然大きな声を出した。

びっくりした…みんながかなちゃんを見る。




「この人、私も会いました!」




…!?




「は?かなちゃん…本当!?」


「…はい…年明けに…」




なんでかなちゃんのところに…。




「君もロストマン…なんだよね?勧誘されたのかい?」


「…いえ…私は特になにも…」


「…そうか…」




かなちゃんのことも知ってる…。

この研究室のことも知ってるのか…?

ラブが俺達2人に問いかける。




「何て名乗ってた?」


「たしか…ふらん…けん…?そう名乗ってました。」


「俺の時は銅鑼木浦(どらきうら)って名乗ってた。自己紹介もなんかうさんくさかったよ。」


「そういう奴だ。自分が怪しい人物だってことを相手に隠さない。会ったことがあるってヤツに話を聞いても、名前は違うわ誕生日は違うわ…」




この2人が名前も把握できてないってことは、

それだけ厄介なやつだってことだ。

ICPOもCIAも…手を焼くはずだ。




「…それにお前にとっての問題は、ホワイト・ワ―カ―だけじゃない。」


「…なんだよ。」


「こっちの写真をみろ。このボウズ頭と…黒人の女…」




ラブはホワイト・ワーカーの写真とは別の写真を指差す。

そこにはたくましい体つきとボウズ頭の白人男性、そして編み込みをした金髪の黒人女性が写っていた。




「2人ともホワイト・ワーカーが黒の使途に勧誘したロストマンだ。CIAがマークしてる大物犯罪者でもある。」


「この2人がなんなんだよ。」


「先月、ホワイト・ワ―カ―とは別の便で日本に来てる。」


「…は!?」




黒の使途のメンバーが他にも…?




「こっちのボウズ頭の男はレオナルド・リッジオという元ロシア陸軍の軍人。金髪編み込みの黒人女はショコラ・ベルスタインと名乗ってる…身元不明のアフリカ系アメリカ人だ。」


「…能力は?」


「わからん。…だがショコラ・ベルスタインの方は現地で『人形回し』と呼ばれてる。」


「それだけしか情報ないのか?」


「あぁ。」




つまり…

ホワイト・ワーカー

レオナルド・リッジオ

ショコラ・ベルスタイン


この3人が黒の使途に所属するロストマン…ってことしかわからない。

3人とも日本にいて…ICPOやCIAにマークされてる大物犯罪者で…


頭の中で話を整理していると、ピースが口を開く




「仲間を連れてきてるあたり…相手も本気よ。しかもイノだけじゃなく沖田さんにも近づいてくるあたり、イノの身辺調査もあらかた終えてると考えていいでしょうね。」


「…」


「ホワイト・ワーカーが勧誘するくらい有名なロストマンなんて…日本にはお前くらいだからな。

本当はお前がホワイト・ワーカーと接触する前に日本から離れろって言おうと思って来たんだが…遅かったみたいだ。」


「…どういうことだよ。」


「今さら日本をでても、麻衣やかなちゃんを危険にさらすだけだ。直接対面することはもう避けられない。」


「…」




勧誘をことわったら…謎の死。

俺が国外へ逃げたら…俺の居場所をつきとめようとする。

そうなったらかなちゃんと麻衣さんが危険な目にあうかもしれない。

ホワイト・ワーカーの言葉が俺の頭をよぎる。




『黒の使途は、あなたをずっとお待ちしていますよ。』




丁寧な話口調…

『ダンサー・インザ・ダーク』の西野とはまた違う…狂気。




「あの…イノさんが黒の使途に入ったら…なにをさせる気なんでしょうか?」




かなちゃんが口を開く。

それにラブが答える。




「…それはよくわからん。黒の使途が対立しているのはイエス教徒の一般人だ。イノの能力を使うとしたら…ロストマンの勧誘くらいだな。」


「そしたら…イノさんは、たくさんのロストマンの能力を奪うことになるんですか?」


「…そうなるだろうね。」


「…」




確かに…目的はどうあれ…

俺を勧誘している以上、ロストマンの能力を奪うことが目的だ。


いやだけど…

かなちゃんや麻衣さんを危険にさらすくらいなら…

俺は…




「そんなの…絶対ダメです」


「…かなちゃん」


「イノさん、今、よくないこと考えてますよね?」


「…」


「イノさんは、ロストマンから能力を奪うことが嫌なんですよね?だからラブさんやピースさんとの旅をやめて、日本に来たんですよね?」




どうして…




「なんでそのこと…」


「エンドウ・コーヒーの遠藤さんから聞きました…イノさん…そんなに嫌なら、絶対に黒の使途になんか入っちゃだめです。」


「かなちゃん…」


「『プラグイン・ベイビー』のときや、『リリィ・シュシュ』とき…イノさんはあんなに苦しそうだったじゃないですか。」


「…」


「私も協力します。戦います。」




…。

かなちゃん…。

本当に強くなった…この半年で…。


確かに…守るためには戦わないといけないのかもな。




「ありがとう…かなちゃん。」


「はい」




かなちゃんは二コリと笑う。

本当にありがとう…かなちゃん。





「おそらく日本に入り込んだ黒の使途メンバーはもっといる。確認できたのがこの2人ってだけでな。」


「…」


「イノ。」


「…?…なんだよ。」


「暴力や能力を使いたくないって…お前は俺たちから離れたが…」


「…」


「こいつらはそんな甘いこと言ってられる連中じゃない。」


「…わかってる。」


「こいつらと対面して能力名がわかったら…迷わず奪え。危険にさらされるのは、お前だけじゃない。」


「…あぁ」




能力を使わずに…ロストマン問題を解決する。

それを実現するために…能力を使う。


迷ってちゃだめだ。

迷いを捨てろ。


使わざるを得ないから使うんじゃなくて…

使うべきだから使う。


俺が一番守りたいものは、いつのまにか…

自分じゃなくなっていたんだな。









駅前の牛丼屋。

2人の男が、牛丼を食らう。


一人はスーツ姿の外国人

一人は流行の服を着こなす若い日本人



「…あの、一味ないんすか。」


「…」


「俺七味くえないんスよ…」


「…」


「ていうか、なんで牛丼屋なんスか?せめてファミレスにしてくださいよ。」





外国人は、姿勢正しく牛丼を食らう。

日本人は、肘をつきながら牛丼を食らう。





「出てくるのが早いですから。業務連絡を伝えるだけですしね。」


「…まぁ、早く終わらせてもらえるのはありがたいんスけど…今日ネット配信で道玄坂48のライブやるんで…」


「…。…今日の19時にスヴェンソン・ドハーティが日本に着きます。合流して私からの連絡を待ってください。」


「19時…?まじっスか?…ライブ見れないっスよ。」


「…我慢してください。」


「それに俺アイツ嫌いなんスよ…スヴェンソン…根暗だし、何考えてんのかわかんねーし」





外国人は、すぐに牛丼を食べ終える。

日本人は、まだ牛丼を食べている。





「人と話すのは苦手ですが…スヴェンソン・ドハーティは優秀な人ですよ。」


「…いや、相性って言うのかなぁ…苦手っていうか…」


「…そうですか」


「えっと…あんたの名前はなんて言うんでしたっけ?名前は日本名なんですよね?」


「上亜流布(うえあ るふ)…ですよ。ギャンブル好きなO型で、12月6日生まれの双子座。好きな食べ物はおでん。好きな言葉は『情緒もへったくれも無い』」


「変な名前っスよねェ。うえあるふ…なんかウェアウルフみたいっスね。日本語でオオカミ男って意味なんスけど……なんて呼べばいいっスか?」


「…名前を覚える必要はないですよ。今のまま、ホワイト・ワーカーでいいですよ。」


「…。…うっス」


「あと、失慰イノと交渉するときなんですが…できればこのあたりがいいでしょう。」


「なんでっスか?」





「このあたりは人と…車の通りが多い。」







外国人は、ホワイト・ワーカー。

日本人は、矢代新(やしろあらた)


2人とも、黒の使途。








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