21 ダンサー・インザ・ダーク②

俺たち3人は大学の車に乗り込み2人の通う高校に向かった。

高梨さんが書いた紙を元に、あらためて今回の件を考えてみる。


高梨さんが神崎さんを見えなくなったのは3日前の水曜日。

その前日、つまり2日前の金曜日にこんなことがあったらしい。


「火曜日のお昼、私…神埼さんにキツく当たっちゃったんです」


「口げんか?」


「いえ、私が一方的に…信ちゃんと2人きりで話しているところを見ちゃって…なに話してたの?って…」


高梨さんは信ちゃんって呼んでるのか。

彼女いない歴=年齢の俺はいちいちへこむ。


神埼さんは、高梨さんの気持ちを理解して

「安心して。学校の業務連絡だよ」と言ってくれたらしい。


高梨さんは心の狭い自分をひどく責めた。

その日は罪悪感から、一日落ち込んだまま授業を終えたそうだ。


申し訳ないと思った高梨さんは、神埼さんに謝ろうと考えた。

部活終わりの時間をねらって、彼女がいる弓道場へ向かったのだ。

しかし神埼さんとは会えなかったらしい。


「弓道場の前を通ったら、ちょうど弓道部顧問の西野先生が倉庫から出てきたんです。」


「西野先生は、俺とりかの1年生のときの担任でもあったんだよな。」


工藤くんが高梨さんの言葉に補足する。

そうえば1年のときから同じクラスって言ってたな。


「倉庫からかなり大きい荷物を持って出てきたので、私が『手伝いましょうか?』って声をかけたんです」


すると西野先生は「弓道部の備品ですから平気ですよ。」と優しく微笑んでくれたそうだ。

そんな元担任の優しい笑みに、高梨さんは…


「なぜか泣いちゃったんです…先生の笑顔を見てたら、なんで私も…神埼さんに優しくできなかったんだろうって…あんなにキツく当たっちゃったんだろうって…」


「…」


「先生はそんな私を見て、相談に乗ってくれたんです。『神崎さんは今日は早くに帰りました。明日ちゃんと謝りなさい』って…」


そして次の日の朝。彼女は異変に気づく。

自分にだけ…神埼さんが見えなくなっているということに。



俺たちは高梨さんの学校につくと、すぐに弓道場に向かった。

弓道場は校舎の裏側にあり、入口の隅で携帯をいじっている少女がいた。

あの子が神崎さんか…


高梨さんはキョロキョロと周りを見渡している。

やはり神埼さんのことは見えていないらしい…

…ん?


「おはよう工藤くん、高梨さん。えっと…この人は?」


「りかの事を相談してる桜乃森大学のイノさんだ。」


「…」


高梨さんは目の前に神埼さんがいるのにも関わらず、まだキョロキョロと彼女を探してる。

やはり見えていないようだ。


しかし…

神崎さんを見た俺は…驚いていた。


神崎さんの身体もまた…

工藤くんと同じように弱い光を放っているのだ。

ダストだ。


「はじめまして…失慰イノです。」


「はじめまして。神崎です。」


俺の事を聞いていなかったのか、彼女も少し動揺しているようだ。

しかし、俺も動揺してた。

彼女もロストマン…ということなのか?


日本はただでさえロストマンが少ない国だ。

ロストマンが同じ環境に2人いる…

それだけでも実はかなり珍しい事例だ。


2人ともなんらかの能力をかけられたと考える方がずっと自然。

となるとやはり…高梨さんがロストマンなのか?


「えっと…神崎さんは高梨さんのことが見えてるんだよね」


「…もちろんです。」


神崎さんは少し悲しそうな顔をする。

…当然か。


「りかちゃんが…私のことを見えなくなった原因って…やっぱり私のことが嫌いになっちゃったんでしょうか?」


神崎さんは、不安そうに俺に聞いてきた。

高梨さんのことを、自分のせいだと思ってるのか…


「そんなことはないよ。高梨さんは君に謝りたいと思ってた」


高梨さんはコクリとうなづく。

しかし、彼女の目に神埼さんは映らない。

黙り込む2人と心配そうな工藤くん。


「神崎さんも、高梨さんがこうなってしまう前、何かおかしなことがなかったかい?どんな小さいことでもいいんだ」


「おかしなこと…」


神埼さんの返答を待っていると、後ろから突然


「どちらさまですか?」


と話しかけられた。

振り向くと、細身のメガネをかけた男性が立っている。

スーツを着ていて俺にはその人が教師だとすぐにわかった。


「あ…えっと…」


俺が答えに困っていると、工藤くんが俺を紹介してくれた。


「西野先生。この人は俺達の知り合いなんです。」


「…校長先生の許可はもらってるんですか?」


工藤くんの言葉なんて聞こえないかのように、西野という教師は俺に問いかける。

優しそうな先生だが規則には厳しい人のようだ。


「ごめんなさい。許可はもらってません。」


俺が素直にそう答えると


「よろしい!」


と頬笑んだ。

素直に言ったことがよかったようだ。


「高梨さんのお友達ですか?お兄ちゃんかな?」


高梨さんがとっさに


「そうです!」


と言ったので俺も口裏を合わせる。


「えっと…いつもりかがお世話になっています。」


「いえいえこちらこそ。これから校舎に入る時は、校長先生の許可をもらってからにしてくださいね。」


「あ…はい。すいません。」


「では、部活のお昼休みもそろそろ終わってしまうので、私はいきますね。」


西野先生はそう言うと俺に頭を下げて弓道場へ入っていった。

神埼さんも小さい声で「ごめんね」といって西野先生についていく。


「あんまり話聞けなかったですね。」


気を使った工藤くんが俺にそう言ってくれる。


「そうだね。長居できそうにないし、俺はそろそろ帰るよ。2人とも家まで送ろうか?」


「いえ、僕は部室に顔を出してきます。今日、何も言わず休んじゃったので…りかはどうする?」


「私も…信ちゃんを待って一緒に帰ります。」


「わかった。じゃあ近いうちにまた連絡するね。」


「はい。」


そう言って俺は2人とわかれ車へ向かった。

…今回は難航しそうだ。

情報がまったくと言っていいほど出てこない。


ダストの光を放つ工藤くんと神崎さん。

神崎さんを見えなくなった高梨さん。


考えられる可能性はいまのところ2つ。

1つは高梨さんを含む第3者が2人に何かしらの能力をかけているという可能性。

しかし『見えなくする』という能力なら、工藤くんの事も見えなくなるはず。

そこがおかしい。


もう1つは工藤くんと神崎さんがそれぞれロストマンになったという可能性。

こっちは可能性としては正直高くないとは思うが…。


校舎を抜けて駐車場に入る。

何人かの学生達が駐車場前のベンチに腰かけていた。

駐車場の近くだし、親の迎えを待っているのだろうか…


…ん?


俺はそこで、その光景の奇妙さに気づく。


「どうして…」


学生達は、それぞれ本を読んだり携帯をいじって時間をつぶしていた。

しかしその光景は普通ではなかった。


「あの子も…あの子もだ…」


そこには…俺合わせても数えるほどしか人はいない。

けれどその中の数人が…





工藤くんや神崎さんのように身体からダストの光を放っていたのだ。







俺は工藤くんと高梨さんと別れた後。

車を止めて、2人の学校の校門に張り付いてた。


「あの子もだ…」


パシャリ…


スマホって便利だ。

かれこれ3時間近く見ているが、それだけでも11人。

身体から光を放つものがいた。


俺はその全ての人をカメラに残した。

盗撮してる気分だ…

いや、盗撮であることは間違いないんだけど…


それにしても異常な数だ。

こんな人数が同時多発的にロストマンになることなんてありえない。

彼らはなにかしらの能力の影響を受けている。

こっちの案が現実味を帯びてきたな。


『リリィ・シュシュ』の川村桃子の時のように、複数人を対象にした能力なのは間違いないだろう。


しかし…一体どんな能力だ。

一見すると、どの人も普通なように見える。

変な行動をとっている様子もない。


ダストが光を放つのは、ロストマンが能力を発動した時だ。

つまり今なお能力は発動し続けているということになる。

必ず普通の人と違いがあるはずだが…。


「いったいどうなってんだ…」


もうすぐ17時。

土日だから登校している生徒や教師は少ないはずだ。

部活動の帰宅時間はもっと遅いはずだが、それでも100人近くはここを通った。

その中の11人…およそ1割の人間がダストの光を放っている計算…



コンコン…



車のガラスをノックする音。

振り返ると工藤くんと高梨さんがいた。


「イノさん?帰ってなかったんですか?」


「うん、調べたい事があってね。そうだ…2人に頼みたいことがあるんだけど」


「なんでしょう…」


俺は高梨さんの携帯に撮影した人のデータを送る。


「この11人のクラスと部活動…あと…委員会とか、わかる限り調べて欲しいんだ。」


「…」


2人は写真をみる。

工藤くんは何かに気づいたようだ。


「今回の件と何か関係があるんですね?」


「たぶん…だけどね。」


「わかりました。調べてみます。」


「ありがとう。俺はもう少し張り込みするよ。今日の夜にでも追加のデータを送るから。」


「わかりました。」



その後、20時ごろまで俺は張り込みをした。

通った人数はおよそ300人。

その内ダストの光を放っていたのは38人。

工藤くんと神崎さんを合わせれば、40人もの人間がロストマンの能力の影響を受けている。


今日は部活動をしている生徒しかいない。

全校生徒となると、おそらくもっと出てくるはず。


一体この学校に…

何が起こってるんだ?


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