たまには重い女でもいかがです?

05 イエロー・スナッグル

9月20日。


日も紅くなる時間帯。

…まだずいぶんと暑い。

俺は町の商店街を歩いてた。


「パーカー着てこなきゃよかった…」


俺が手伝いをしてる「桜乃森大学異能力研究室」。

そこには異能力者、ロストマン達の情報が毎日のように届く。

俺がここを歩いているのはこんなメールが届いたからだった。


_______


はじめまして。

私の妹が、原因不明の病で床にふしております。

お医者様は皆、首をかしげております。

もしかしたら異能力の影響ではないかとおっしゃっていました。

もしよろしければ、お力を貸していただけないでしょうか?


岡田多恵

____




商店街を抜け、閑静な住宅街に依頼者の家はあった。

いわゆる高級住宅街というやつだ。

ここら一帯に漂う清潔で落ち着いた雰囲気。

きっと裕福な家庭なのだろうな。


住所の家の前につき、その家の大きさに少し驚く。

俺はインターホンを押す。


ピンポーン


チャイムの音も何か上品だ。


「…はい」


インターホン越しに聞こえる声は若い女の子の声だった。

依頼者は確か中年の女性だったと思うけど…。


「桜乃森大学の失慰です。」


「あ、はい…どうぞ。」


ガチャリ


鍵を開ける音と共に出てきたのは、長袖のブラウスにスカート。

制服の女の子だった。


ふわりとしたショートボブに少し垂れ目のぱっちり二重。

かわいい。


家の中に招かれ靴を脱ぐ。

明らかに怪しむようにこちらを見てる。


「…」


向こうとしても、俺みたいな奴は想定外だったようだ。

半袖パーカーにジーンズ、スニーカー。

かなりラフな装いだし、背中には真っ赤なレジャー用のリュックだ。


「…えっと」


疑いの視線に耐えられず、俺は靴を脱ぎながらこう言った。


「…君が岡田さん?」


「いえ…私は沖田かなといいます。岡田…依頼したのは母の姉です…遠方に住んでいるので、私が立ちあいます」


「そうなんだ。高校生かな?驚いたよ。」


「私も…イノさんと言う名前…女性だと思ってました。」


「はは。よく言われる。」


無駄に神秘的な名前だと。

まぁ、名付け親は割と適当につけたんだけど…


「あと、霊媒師みたいな人が来るのだと思っていたので。」


「霊媒師って…」


どうやらかなりインチキ臭い人だと思っていたらしい。


「で、実際の印象はどうよ?」


「なんかダメ男っぽいです。」


「…はは」


場を和ませようと話を振ったつもりだったが、無意味に傷付けられる結果になってしまった。

女子高生怖い。


「母は1階の和室で寝ています。どうぞ…」


「ちなみにお父さんはまだ仕事中なのかな?お金の話をしなきゃいけないんだけど。」


お金の話と言っても報酬の話では無い。

交通費とか雑費。

内容によっては金がかかる場合もあるので最初に話をしておくのだ。


「…その話も私がします。父は先月…交通事故で亡くなってしまいましたので…」


「あ…そうだったんだ…ごめん」


やばい…

どんどんと空気が悪くなっていく。







「…なんだこれ。」



和室に入ると、俺の目には異様な光景が飛び込んでくる。

畳の部屋に不釣り合いな大きいベッド。

そこに沖田かなの母親は横になっていた。


そして…その寝ているベッドがまさに異様だった。


ベッドはまるで彼女の重さに耐えきれなくなったように崩れているのだ。

まるで母親の上からデカい鉄球を勢いよく落とした後のように。


言っておくが沖田・母が極端に肥満体形というわけではない。

むしろ沖田かなよりも少し身長が高いくらいだ。

細身の一般的な成人女性の容姿。


彼女の体重にベッドが耐えられなくなったとは考えにくいが…

この光景を見る限りそうとしか考えられなかった。



「母は突然動かなくなりました。」


「…」


「最初は私とおばさんでベッドまで運びました。けれど、だんだん体重が重くなって、今じゃ男のお医者さん二人がかりでも母を持ち上げることが出来ません。」


「体重が重く…」


「最後はベットの方が耐えきれず…こんなことに。」


「…お医者さんは何て?」


「調査次第連絡すると言ってから…連絡はきてません。」


「…触れてみてもいいかな?」


「…はい。」



沖田かなの許可を得て、俺は彼女の母の腕に触れた。

温度は人の肌そのものだったが、感触は固いゴムを触っているような奇妙な感覚だ。

細胞ひとつひとつが重くなったような…


手首から脈を測ろうかと思ったが何も感じない…。

おいおい…死んじゃいないだろうな。


「どうなんですか?」


「…」


「かなり…悪いんですか?」


「いや…全然わからん。」


「…」


沖田かなは肩でため息をするように、明らかに失望したような顔をした。

やめてくれよそんな顔…泣きたくなるよ。


「食事はどうしてるの?その…排泄とか…」


「点滴が使えないので食事は食べさせてます。流動食ばかりですが…排泄に関しては答えたくありません。」


「……わかった。」


沖田かなは明らかに嫌な顔をした。

深く聞かない事にしよう。

とにかく食事と排泄をしているなら死んではないだろう。


俺と沖田かなはリビングへ移り、今回の状況について語る事にした。

まずは俺と言う人間と、世の中にある異形の能力について…


「俺はロストマンだ。」


「ロストマン…特殊能力者ですよね?海外のニュースとかでたまに見ます。」


「日本人には少ないからね。今回の君のお母さんの件も、ロストマンの影響を受けた可能性は大きい。」


「母が、ロストマンになったという事ですか…?」


「それはわからない。誰かに何らかの能力をかけられた可能性もある。」


「…ママが…」


さっきは「母」と呼んでいたと思ったけど…

普段はママと呼んでるらしい。かわいい。

…失礼。失言だ。不謹慎だ。


「『大切なモノを失って、ひとつ人智を超えた者』なんて言葉がある。能力を手に入れた人間はそれ相応の対価を失う。だからロストマン(失った者)と呼ばれてる。」


「対価…」


真剣なまなざしで、彼女は俺を見てる。

彼女の中で思う事があったのだろう。


「さっき、お父さんを亡くしたって言ってたよね?」


「はい…」


「ロストマンの能力は、失ったモノに影響される。君のお母さんは、お父さんを失ったことで『意識を失くし、体重を重くする』能力を持ったんじゃないかと思ってる」


似たようなケースはたくさん見た事がある。

大切な人が死んでしまったり、動けなくなったり…

そうして発現したロストマンの能力は、同じように何かを『動けなくさせる』モノが多い。


「そんな…」


「まぁ仮説だけどね。現状を見ただけでは確定できない。あくまで仮説。」


「元に…戻すことはできるんですか?」


「アレが君のお母さんの能力なら…方法は3つある。」


「教えてください…。」


「一つは、『失ったモノ』を取り戻すこと」


「それって…」


「あぁ、君のお父さんを生き返らせることなんて出来ないからね。これは不可能だ。」


「…」


「二つ目は、君のお母さんが自分で能力を解除する。」


「できるんですか…?そんなこと」


「自分で解除出来るタイプの能力なら可能だ。けどこれも確実な方法とは言えない。」


本人が苦しいのであれば自分で解除してるはず。

つまり『自分で解除できない能力』か『条件を満たさなければ解除できない能力』…。

あるいは本人が『解除する気が無い』。


「そしてもう一つは、俺の能力を使う。」


「…イノさんの…」


「俺もロストマンなんだ。ロストマンから能力を奪う事が出来る。そういう能力を持ってる。」


「…能力を奪う…。」


もっと喜ぶと思ったけれど…

イマイチ想像付かないのか。


結構凄い能力なんだけれど…


「…お母さんからも能力を奪えるって事ですね?」


「能力者の名前と…能力名があればそれも必要になるけどね。だけど、出来ればやりたくは無い。」


「どういうことですか?」


「俺の能力で力を失ったロストマンは…さらに何かを失う。」


「それって…」


「何を失うかは俺にもわからない。」


「…そんな」


「解決方法が別にあるならやめたほうがいい。まずは話を聞きたい。君のお母さんに起きた物語を。」




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