06 イエロー・スナッグル②

和室にベッド。

よく考えればそもそも変な光景だ。

それがあまり気にならないのは、変わり果てたベッドのせいだろう。


俺は部屋を閉めきり、皿にお香を乗せて火をつける。

それらをベッドの周りに置いていく。


「この煙。何なんですか。お香?」


「ロストマンの力の精度を下げる効果があるんだ。効き目があるかはわからないけどね。」


ダストというエネルギーがある。

空気中に存在し、ロストマンはそれを使って能力を発動させる。

能力を発動すると光を放つ性質があり、ロストマンにとってのガソリンだ。


このお香『ピケ』は火を付けるとダストの活動を抑える煙を発し、ロストマンの能力の精度を下げる効果があった。


しかし今回の場合は気休めにしかならないだろう。

『ピケ』はあくまでダストの活動を抑えるもの。

すでに残された結果を和らげる事は出来ない。





出されたのは苦手なブラックコーヒーだった。


「うお!おいしいなこのコーヒー!!こんなの美味しいの飲んだことないなぁ!」


「…」


「へ…部屋もきれいに片付いてるし!いい奥さんになれるよ!」


「…」


話をするために案内された部屋は沖田かなの部屋だった。

可愛らしい服がかけてあるクローゼット。

momoという少し前話題になっていたシンガーソングライターのCD。

女子高生らしい部屋。


しかし下着が平気で干してあったりして、俺はあきらかに動揺してた。

それを隠そうと変な感じになっているのは言うまでもないだろう。


「あの、私は何をお話すればいいのでしょうか。」


「えっと…父さんが亡くなってから今日まで、ざっくり話してもらえる?」


「はい。」




沖田かなの父親が亡くなったのは約2カ月前のことだった。

死因は心臓病。家族にとってはあまりにも突然の死だったという。


沖田かなの両親は自他共に認める仲良し夫婦で、その仲良しっぷりは娘から見てもあきれるほどであったらしい。


「2が月前に父が死んで、お葬式が終わったころから、母はどんどんやつれていきました。」


「やつれて?」


「私には見せないようにしていましたが、食事もとらずに1日中ぼーっとしていたり…。」


「…」


「私が声をかけると低い声で「大丈夫。心配かけてごめんね」と言うばかりで…」


珍しい話じゃないな。

夫の死のショックから…能力が発現した。


「私はとても心配でした。お母さんも…どこかに行ってしまうような気がして。」


「怖かったんだ?」


「はい。学校に行っている間も…ずっと母の事が気がかりでした。」


「お母さんがあの状態になったのはいつごろ?」


「だいたい1カ月前くらい前の金曜です。朝はいつも母が部屋まで起こしにきてくれるんですけど、その日は私の方が先に起きました。」


「それで?」


「母はまだ寝ていたので…そのまま起こさず学校へ向かいました。学校から帰っても…母はずっと寝たままでした。」


「それから目を覚ましていないんだ?」


「…はい。」


沖田かなが最初に頼ったのが、母の妹である岡田さん。

つまり俺の今回の依頼者だ。

その後医者が何回か来たらしいが結局原因もわからず、現在にいたる。


「お母さんの体重が増え始めたのはいつごろ?」


「母が起きなくなった日…お医者様が母を動かそうとしましたが、そのときすでに男性3人がかりで運んでいました。」


男3人がかり…

その時すでに母親の体重は100キロ近くになっていたって事だ。

壊れたベットはいわゆる夫婦用のダブルサイズ。

あのベットが壊れたとなると…

今の体重は少なくても200キロ以上。


時間の経過によって体重を重くする能力?

目が覚めないし…昏睡状態にもなってる。


うーん…

情報が少なすぎてよくわからん。


「お父さんが亡くなってからお母さんについて何か気になることは無かったかい?どんな事でもいい。」


「さっきお話した以外は…むしろ家事もいつも以上にやっていましたし…私が受験生なのもあって夜食も毎日作ってくれていました。」


「…そっか。」


あんな能力が発現するくらいだ。

旦那さんの死は強いショックだったろう…

それでも娘のためにしっかり家事はこなしてたのか。

母親ってのは強いな。


「いいお母さんなんだね。」


「……はい。」


沖田かなは少し照れくさそうに笑う。


父親が死んで、母親は原因不明の昏睡状態。


女子高生の女の子には…この状況は絶対に辛い。

沖田かなは凛としている。

母親に負けず強い女の子なんだろうな。





その後も色々調べたが何も出てこず。

気づけば夜になっていて、沖田かなに誘われ夕食にお呼ばれする事になった。


「お金は…いくら必要なんでしょうか…?」


「…いや今回は平気だよ。報酬はもらってないし、かかったお金も交通費くらいだし。」


「…なら交通費だけでも…私アルバイトしようと思ってるんで。」


「そうなの?」


「まだ決まってないんですけど…」


「気が向いたら俺の研究室でも助手探してるよ。」


沖田かなは明らかに落ち込んでいる。


「…あの…」


「ん?」


「私…怖くて聞けなかったんですけど…ロストマンの力は…失ったモノに影響されるんですよね?」


「そうだね…今回の場合は君のお父さんの死に影響を受けている可能性は大きいと思うよ。」


「…」


「どうしたの?」


「母が…あんな能力を身につけたのは…父のあとを追って…」


沖田かなのよくない想像。

母親も、父親のあとを追って死にたいと望んだのではないか。

つまりあの能力は、自分を死に追いやるための能力なのではないか。


「大丈夫。」


「…」


「君のお母さんはそんなに弱い人じゃないよ。」


「…はい。」


すこし濁っていた彼女の表情が楽になった気がする。

この子は本当に両親が大好きなんだな。


ロストマンの能力は、自分の欲望を叶えるためのものがほとんどだ。

本当に「死にたい」と思っているのなら…あんな回りくどい能力にはならない。

『体重を重くする』『目を覚まさない』事で、沖田・母は何かの欲望を叶えたんだ。

それが何なのかがわかれば…


「イノさんは、ずっとこのお仕事をしてるんですか?」


「3年くらい前からかな。その前はずっと世界中をまわってた。」


「旅…?イノさん今いくつなんですか?」


「21だよ。13歳から5年間…ある人達に連れられて色んな国へ行ったよ…アメリカ…フランス…シリア…それに……ソマリア」


世界中のたくさんのロストマンと出会った。

もう…3年か。


「イノさん。」


「ん?」


「あの…よければ…今日…泊っていきませんか?」


「…!?」


彼女からの突然の申し入れについ「喜んで。」と答えそうになったが…


「…え?」


と返すのが精いっぱいだった。

これって…つまり…そういうこと!?!?!?


「母の事も心配ですし…」


「…いや…いやいやいや…さすがにまずいでしょう!」


「明日の朝ごはんも…私作ります。」


どうやら俺の鮮やかな仕事っぷりに惚れてしまったようだ…。

自覚はなかったが…俺は意外に罪な男らしい。


「いや、君の気持ちは嬉しいよ。だけどそれは良くない。君のことを想って言っているんだよ?」


「私は平気です。イノさんが良ければ…明日一日のお食事も全部用意します。『ここにいて』ください」


かわいい…

まるで光っているかのように見える…


俺は正直動揺していたが、沖田かなは妙に落ち着いてる。

目をこすりながらコーヒーを飲んでる。


「…なんだか目がチカチカします。」


「疲れてるんじゃないかな?今日は…もう寝たら?」


「いえ…イノさんをお呼びしたのに…私だけ寝るわけには…」


まいった。

ここはビシッと言わなければ…!男として!


「ででででも…あ、明日がっこうでしょぉう?」


ビシッと言わねばと思ったが…

情けないくらい噛んでしまった。

プレッシャーに弱いのだ。俺。


「…いいんです…私…明日は学校休みます。…友達も…いないんで。」


「…」


その後くだらない会話をして俺は自宅へ帰ることになる。

会話の内容は…本当にくだらない話だ。

沖田かなは


「久しぶりにこんな他愛のない話をしました。」


と言っていった。

両親がこんな事になったんだ。

たまにはこんなひとときがあっていい。


沖田かなはとても可愛い。

あんな子に言い寄られるなんて俺も大した男じゃないか!


…なんて家に帰ってからもずっと俺はノンキにしてた。


男って女子高生ってブランドだけでウキウキしちゃう生き物なんです。

俺もそんな例からは漏れず、なんとなく浮かれていたんだ。


次の日の朝、歯を磨きながらなんとなく乗った体重計が…


[119キロ]なんて馬鹿げた数字を表示するまでは…






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