5話目 光と影と酸味が残る蜜柑
係員から教えられたバス停で次発を待つ。その間に、さっきのやりとりが思い浮かんでくる。あの人は観光客が相当珍しいんだろう。自分が住む場所の自慢をひたすら語ってくる。人好きの老人が持つおせっかいそのものだった。
きっと、人生に悩みもしたろうが、自分の仕事に誇りを持ち、土地と家族、仲間を愛して、愛されて歳を経ている人なんだろうな。でも、俺だって40年以上、うまくやってきたんだ。
やってきたバスの奥の座席に掛け、窓の外にいる降車した母子を眺めている。2人は手を繋いで、笑い合いながら去っていく。
(大学を出て、サラリーマンになって、年に見合った生活で…)
私の母と同じ年代であろう老婆が乗ってきたが、彼女が座席に辿り着く前にバスが発車。反動で彼女はよろけ、床に倒れ込んでしまった。弱々しい細腕で手すりにすがろうとするも、ギリギリで届かない。私は彼女に駆け寄って、その手を取って支え起こす。そのまま、座席に導くと、彼女は何度も頭を下げた。
(でも……俺は間違えた)
彼女は満面の笑みを浮かべながら「ありがとうね。はい、これ」と言いながら、手押し車の中から飴とみかんを差し出してくる。それを私は笑顔で受け取り、自分の座席に戻る。窓の外は、山間に点在する畑が、バスの速度に合わせて、形を失って、色が混じり合う何かとなって流れていく、そんな気がした。
(ケジメを……つけなくちゃな)
もらったみかんは、完全に熟していると思ったが少し酸っぱかった。窓の外は、やがて森になり、車内のところどころに光が遮られて影を生み出す。老婆は、バスの動きに合わせて小舟を漕いでいるようだった。
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