3話目 母さん、明日発つよ
私には死ななければならない理由がある。私は私を育んだ人たちのために、それから逃げることはできない。
「本気です。 お願いします」
時間は0時59分。そうメッセージを送ると、すぐに実行日と目的地を知らせるメッセージが届いた。指定された場所は隣の県の別荘地。その一角にある住居に明日の夜に行けばいいらしい。詳細を手帳に転記した後に、返礼のメッセージを送るも「404」が表示された。
クローゼットから大型のナップザックを引っ張りだし、テーブルの上に散財した思い出深いものを詰め込む。
この包丁は、傷つけるだけ傷つけて、死なせてくれなかった無責任な奴だ。
この荒縄は、ただ苦しませただけの頼りにならない奴だ。
この練炭は、私を殺す前に燃え尽きてしまった中途半端な奴だ。
この睡眠薬は、本来の効能を発揮する前に私の体内から逃げ出した臆病者だ。
私には役不足な道具たちだったが、目的を共にするであろう仲間たちには有益になるかもしれない。死ぬと決めたのに、誰かの役に立ちたいなんて、私は心底いい人だと思われたい弱い人間なんだな。
悲しくも悔しくもない。明日になれば、なびりきれない後悔から解放される。そう思うと笑みがこぼれてしまうほど、穏やかな気持ちだ。
荷物をまとめた後、リビングで赤ワインを嗜む。人に打ち明ければ「後悔するために産まれた訳ではない。再起して挽回すれば良い」などと励まされるだろう。
もちろん、私だって、私と同じ境遇の人間がいたらそう語っただろう。しかし、自分が当事者になったら分かる。そんな慰めは一番本人が判っており、奮起するほどの強さもエネルギーも失していると。
実際に、そんなことを言う人間の本質は優しさだと信じたい。だが、言われている本人にとっては、理想を押し付けられ、脅迫されているように感じるものだ。そんな呪詛にも似た思いを連ねていると、アルコールと睡眠薬が効いてきたのか眠気を感じる。自室に戻る前に、母が眠っている部屋の扉の前に立ち止まる。
「明日発つよ。母さん、ゴメン……元気で」
扉の先に眠っている母に、そう告げた。
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