01 祈りの証明
――――…ドンッ ドンッ ドンッ!! ドン ドンッ ドンッ!!
「――お客さんッ!!スミンズさんっ!!もう朝食の時間が終わっちまうよ!!今日は大事な日じゃぁ、なかったのかい!?」
「……ッ!!?」
…――宿屋「小麦色の猫亭」の女将さん・カルテに心配され。当初予定した起床時間から2時間は過ぎた……午前8時を経過し。部屋のドアの外から響く連打音と、女将さんのツルの一声で飛び起きたユスレスは。急ぎ、女将カルテに短く返答を返すと。バタバタと、忙しなく室内を駆けまわり、床に放られていた黒の革手袋を取り上げ。……痛々しい、酷い火傷の痕が残る両
前日、部屋を取った際に。ここまでの旅の英気を養う為、二等級の一人部屋二泊夕食・朝食付きで140ルカ(割引価格)…半銅貨1枚と三分の一銅貨4枚に。追加5ルカで準備してもらった、洗顔用の水差しから
「あっ……。」
「あらっ。準備するのはっやいねぇ、あんた…。さっ!早く下に言って、朝食べてっておくれよ!。ま、大したモンじゃないけどさっ。」
「あ、はい。……頂きます。」
まだ5分も経ってはいないが。如何やら先程の呼び声から数分間……律儀にもユスレスが起きて来るのを、部屋の前で待っていてくれたらしいカルテに。元気のよい、大きな声で早く朝食を食べるよう急かされ。まだ幾ばか、時間の猶予はあるが…。初めての長距離の移動に、王都での面倒な事情聴取に疲れ。皮肉にも……慣れ親しんだ堅い寝床が常であった為、小麦色の猫亭の密かな自慢の麻のマットレス(そこそこの厚み)が敷かれた柔らかなベットがどうも合わず…。よく寝付けず、何年振りかの寝坊をしてしまった手前。一応、早めに朝食を済ませ。直ぐに出発しておうと、カルテの後を追い。ユスレスの部屋がある二階から、ギシギシと軋む階段で一階へと降りて行くと。本当なら、早朝の午前6時辺りの喧騒とした宿屋の朝の光景が拝めるはずだったが。既にその時間から2時間過ぎ、もう早朝から働きに出る労働者やチラリと昨日の夜見た冒険者達の姿はなく。一階の酒場兼食堂の雑多なテーブルと椅子が並べられた空間に、人影はユスレスと女将のカルテ。そして…――。
「――あっ!やっと起きたの?ユスレスさん。おはようございますっ!」
「ああ、おはよう………ルル…。」
「ああっ!!今、忘れてたでしょ私の名前!ひどいですよっ!!」
「はいはい……。おはようございます、スミンズさん。…ルル、お客様に馴れ馴れしくするんじゃぁない。早く、スミンズさんの朝食を運んでくれよ…。」
「むー…いいじゃない!ユスレスさんは、うちの"ムー"を治してくれたんだからっ!!命の恩人だよ!お・ん・じ・んッ!!」
「わかったから…ほら、その命の恩人の朝食を運べったら…。……すいませんね、うちの妹が朝から煩くしてしまって……。」
「…気にしてない。」
女将によく似た、可愛らしい10歳の少女――カルテの娘・ルルと。ユスレスより一つ年上の19歳の息子・デックが食堂へ現れ。ルルは懐っこくユスレスに接するも、名前をちゃんと覚えていなかった事にキャンキャン怒り。そうして騒ぐ妹に眉を寄せ、仕事を急かすデックの掛け合いをぼんやり見やるユスレス……。
昨日の夜――…多くの常連客が簡素な料理と、安酒に酔いしれていると。一組の客が粗相をし、テーブルから落とした持ち込みの酒瓶が割れ。その破片で宿屋で飼っていた……小麦色の毛色をした猫"ムー"が怪我をし…。血が止まらないと、泣いてムーを抱えていたルルに声を掛け。……「その行為に報いるだけの報奨」……治療料6ルカ(王都民の子供のおやつ代約二日分)を支払う事で、ムーへ"治癒の軌跡"――『神聖術』を行使する事を約束した為。其れが大きく響き…。女将のカルテから宿泊料を60ルカ割り引いてもらい、ルルからはこの様に直ぐに懐かれたのだが。……少々うるさい……。
漸くルルがデックから渡された朝食を、盆に乗せてユスレスの元へ運んできた頃には10分程経過し。「時間は大丈夫なのかい?」っとすまなそうに、カルテがユスレスへ問いかけると。「……儀式は9時半からですから、まだ平気です。」っと答えていると。今はもう元気なムーを抱っこしてやって来たルルが、ユスレスとお話をしたそうにするが。流石に其処までの時間はないので、昼過ぎには終わるだろうからその後でならと言ってやると。ルルは「やったーっ!!」っと嬉しそうに叫び上がり、ムーを連れ食堂の隅で遊び始める…。其れを横目にユスレスは、以外にも…この宿屋の料理番でもあるらしいデックの朝食――たっぷりのジャガイモが入った塩スープに、近所のパン屋から卸してもらっている焼き立てパン(少し時間が経っている…)のスライスが一枚と、サービスであるらしい小ぶりの林檎を一個頂き。手早く腹に収めると、待ちに待った儀式……「祈心の試し」を受に。
席を立ったユスレスへ、ぶんぶんと千切れんばかりに手を振ってそれを見送るルルに。軽く手を振り返し、宿屋を後にしサクサクと歩を進め。昨日とは違い。王都の中心から太く伸びる四本の十字の、其々の大門へと繋がる。沢山の露店や高級専門店、簡単な軽食を出す飲食店や喫茶が建ち並ぶ大通りへ足を踏み入れると。午前8半をとうに過ぎた、朝の賑やかで大勢の王都民や旅人で賑わう通り…。前から歩いてくる通行人とぶつからぬ様避けながら、初めて目にした活気ある大都会の姿に。おのぼりさんよろしく、少なからず周囲の物珍しいモノの数々に目を奪われ。空気中に漂う露店の旨そうな小料理やお菓子の甘い香りに、細かで綺麗な小物売りの品揃えを目と鼻で堪能しながら。黙々と、寄り道をすることなく歩き詰め見え始めた……。
「……やっと着いたか…。」
…デリトア大陸最大の一大宗教『カラミタ教』の、聖王国内に於いての本部――『聖ストーリヤ大聖堂』の静粛な佇まいに。小さく感嘆の息を吐きながら、既に聖堂前の噴水広場の端へ長蛇の列を作り始めている。ユスレスと同じ「僧侶見習い」の若い男女達の方へ、ゆっくりと歩きよる――…。
――…数千年前、この世界に蔓延る魔獣・魔物達を統率し。突如、人間種へ宣戦布告した強力無比な『
そんな「勇者の従者」の一人であった、当時のカラミタ教最高の"癒し手"――『聖女・ストーリヤ』の名を冠した、このアルテニカ聖王国・王都アルカンデラの大聖堂は。…公儀的には、カラミタ教発祥の地――『聖エスト・アドヴェンタ教国』の"聖都"に存在する大聖堂こそが、本来のカラミタ教総本山であるのだが……。元々、聖王国が聖女・ストーリヤの母国であり故郷であった事から。
そうした理由で、着々と儀式――試験とも言う――に挑む。ユスレスと同じ18歳辺りから、20代後半と30代前半の狭間程の成人、果てはまだまだ幼い10歳程の子供までの。様々な年齢の男女がひしめく列の前まで来たユスレスだったが。その程近く辺りで方向転換すると、皆が並び立つ長い列へ並ぶ事無く……。あっという間に其の列の先頭、大聖堂の入り口付近まで歩いてゆくと。気持ち肩や服の埃を叩く様に手を動かし、ベルトの処へ薄布でくるんで挟んでいた物――紹介状二枚を手に取り。入り口で受験者の手続きをしていた正真正銘の"聖職者"――灰青色の法衣を着た"
「――ん?そこの君、受験者か?それとも……。」
「はい、受験者です。それと、こちらが――"紹介状"です……。」
「…ふむ、紹介者だったか。では、拝見しようか。」
副助祭へ紹介状を渡し、「
「―――では『秩序神・エルトマ』の名の下に、其の"言葉"に――"嘘"はないか?」
「はい。『秩序神・エルトマ』の名の下に、此の"言葉"に、"嘘"はありません。」
「……………いいだろう。さ、行きなさい…我らが"兄弟"よ。」
「はい。我らが"兄弟"に、『神』に感謝を……。」
……右手の甲の入れ墨を見せる様にして前へ返し、首元辺りまで上げて『秩序神・エルトマ』の――「
「……ちぇッ…いいよな、田舎者はさ…。」
この紹介状を書いて貰えるのは。多くが主要都市地域から外れた、辺境の小規模な町・村の小さな地方教会………"田舎教会"しかない。生活格差のある地域への救済措置として受けられもので。比較的、主要都市近郊の。交通・物流の便などで然程苦労が要らない、大きな都市民や町民にはそういった待遇が特になく…。そうなると、どうしても。そういった自分達と大して変わらない歳の者が、そうした待遇を受けているのを見れば。…つい、棘のある言葉が漏れてしまうものである……。
と言っても、本当に恵まれている者――"才能ある者ある"は「推薦状」という。其れを見せれば本来は一年に一度、一段ずつしか上げられない階級を一段、二段飛ばしで上げてもらえたり。当然の様に、お布施の免除や順番待ち無しでの入場ができ。そして無事、正式に"僧侶"として認められ暁には。4日後に催される、健やかな春の訪れを祝う祝祭『
…――そんなこんで。極々通常の僧侶見習い……他受験者達よりスムーズに手続きを終え。誘導員の黒の法衣を身に着けた聖職者――下級神官に案内され。立派な石造の柱が立ち並ぶ回廊を歩き、その突き当りの扉まで来ると。ちょうど最後の一人として試験場へ入れられたユスレスは。背後で静かに閉じる、扉の音を聞きながら…。30人余りの、ユスレスと同じ様な小綺麗な一張羅を着込んだ受験者――が、一人だけ。妙に整った服装が目立つ者も居る――がひしめく様を見ながら。広間の端で黙って突っ立ていると。上級神官らしい…黒に茶色の凝った装飾が施された法衣の上位の老神官が。前に設置されている木製の台へ立ち、落ち着きと威厳のある声が広間に中に響き渡る。
「――…我ら、崇高なるカラミタ教の小さき"兄弟姉妹"達よ。よく来た…。
これより、汝らが日々祈りを重ね、紡いできた"信仰の光"が。真に、傷つき迷える者達を"導く"に足る……"奇跡"と成り得るかを問う。『至高神・カラミタ』の恩名の下に……公正なる儀式、「
…真剣で、厳かな声音で述べられた僧侶認定試験・「
「――"ユスレス・スミンズ"……前へ出なさい。」
「…!は、はいっ。」
突然、名前を呼ばれ…。一瞬反応が遅れながらも、何とか返事を返し。ユスレスは周囲の受験者からの好奇の視線を浴び、言われた通り後ろの方から人を掻き分け前へ出てくると。ユスレスを呼んだ老神官はユスレスの姿を視界に修めると、ニコリ…っと穏やかに笑いかけ。もっと前へと手招きをする…。そんな老神官の微笑に、何処か既視感を感じつつ……。ユスレスがは更に前へと出る。老神官自らがユスレスへ近き、その顔を見ると僅かに苦笑し優しく話しかけてくる…。
「…さて、我が小さき"息子"……スミンズよ。今から君に、最初の「
「は、はい……司教様…。」
……老神官の親し気な対応に、少し外に意外に想いながら。(周囲の下級神官も若干意外そうにしていた…。)自分でも気づかぬ内に入っていた肩の力を抜き、顔の強張りが解れると。それを認めた老神官はユスレスへ、今度こそ儀式「
「緊張も、少しは解れたようだね。では早速だが、こちらの象の前の敷き布へ短剣を置き。そしてこの辺りで跪きいて……君が信じ、奉ずる『一柱』へ。君の"
「…はい。」
穏やかで気さくそうな老神官の顔から、元の清廉で厳格な老神官の素顔へ戻り。ユスレスへただ跪き祈れという、少々説明が足らないように感じる言葉に。…180度とはいかないが、そうした態度の違いにユスレスは。「…儀式始めの、ちょっとした"前座"としての対応だったのかな。」と解釈し。少しばかり、その答えを淋しく思いながらも。そんなものだ、っとサッサと思考を切り替え。老神官の指示通り、ベルトへ引っ掛けていた短剣を外し。あの美しく高価そうな敷き布へ、ソッと……少々場違いな安物の短剣を置くと。居住まいを正し、右足を立てて跪くと。…小さく息を吐き、良く通る声…けれど決して大き過ぎる事もない声音を意識し。瞼を緩く閉じ、左の拳を右手で優しく包み込む様にして胸元へ置き…。ユスレスは心の赴く儘に、自身が信奉する『一柱』へ"宣誓"の言葉を厳かに述べる――…。
「…我が親愛なる、『慈愛神・セルメト』が"眷属神"――…「
……「
其れは周囲の神官達も同様で。流石に、極一部の受験者の様な"不信心"な態度はとらないまでも。彼らも又ユスレスの言葉に、若干の困惑を
そうした周囲の反応を瞼を閉じていた為に、眼にする事のなかったユスレスは。特別、精神を乱される事もなく。粛々と、厳粛に言葉を紡ぎ続ける。
「――…私は貴方に与えられし、この"
――此処に………お誓い申し上げます…。」
…そう、全ての内に秘めたる。思いの丈を言い切ったユスレスの"宣誓"へ、応える様に…。石造の円盤部分に嵌め込まれた四つの無色の水晶――"魔石"へ、金色の光が灯りだし。その光は魔石から零れる様に宙を漂い、敷き布の左右へ置かれた水の注がれた金の杯へ降り注ぐと。その二つの金の杯に注がれた水が鏡面へ金色の輝きが宿り。その神秘的な、まさに『神』の存在を証明するその光景に。周囲の受験者達から、大きなどよめきと感嘆の声が響き渡ると。そのどよめきに漸く瞼を開けたユスレスは、その自身の僅か数十センチ前で繰り広げられていた光景に。自分が成し遂げた事ながら……。思わず目を見開き、小さく口を開け暫く呆けていると…。あの老神官の咳払いが一つ響き、その後述べられ始めた言葉に。ユスレスは、その意識を引き戻される――…。
「――…之にて、汝の"宣誓"は。汝の『神』――「
促さる儘に、左右に置かれた金の杯で。右側に位置する杯を右手に取ると、静かに、ゆっくりと…。その杯の中で薄っすらと金色に輝く……『神』又は聖職者が行使する「
「……此処に!我らの正しい、新しき"兄弟"であり。"息子"であり、"父"となる「僧侶」が
高らかに、喜びと祝福の感情が多分に含まれた言葉が老神官の口から宣言され。それに合わせ、少しばかり興奮した……受験者達からの称賛と祝福の拍手が贈ら
れ。一部の極少数派の者達の、場の空気を読んで仕方なさそうに嫌々送る拍手が混じる…。かなり気恥ずかしい状況に立たされ、若干顔が引きつるもそれだけに抑え。出来るだけ嬉しそうに微笑みながら。内心…これで晴れて正式な"僧侶"――定められた色と、簡易型ではあるが…ちゃんとした法衣を着る事が許され。公に自ら僧侶と名乗る事は勿論。神聖術の担い手として一定の信用が置かれ、見習い時では許されない治療院の開業や薬草系の薬の処方・販売が許可される等(※製薬技術の合否は、別に師範からの"認可印"が必要)の道が一気に広がった事に表情には出さないが、之まで野苦労が報われたのだと嬉しく思うユスレスは。やはり恥ずかしいものは恥ずかしいが……こういった祝福も、たまには悪くないと考え直していると。
漸く、周囲の拍手の音が止み始め…。掴まれていた右手が解放されると、老神官自ら「よく今日まで、これ程の祈りを紡いだものだ。」っとお褒めの言葉を貰い。
その後、石造の後ろ奥に見える扉から退出を促され、その扉を潜って外…。ユスレスから、逆Tの字に見える回廊の正面へ真っ直ぐ伸びる道を塞ぐように設置された。大きめの書き物机に座る二人の下級神官が目に入り。その一人と視線が合うと、少し探る様な視線を向けその神官が話しかけてくる。
「……おや?もしかして、"ユスレス・スミンズ"さんかな?」
「あ、はい。そうです。」
「ははっ、やはりそうか。……君の名前と、拍手聞こえてたよ?では、早速「
「…はい、そうです。それでお願いします。」
……"
――因みに、「僧侶」は。この世界では「修道士」、又は「修行僧」といった意味合いが強く。所謂「外の聖職者」と言わる、主にその活動域を教会・聖堂内だけでなく。もっと広範囲に広げ。文字り外へ出て、そこで大聖堂から発布される規約を厳守しながら。遍く傷付く人々へ、神聖術を行使する聖職者達の事を言い。「内の聖職者」と呼ばれる、主に教会・聖堂内で働く聖職者達は「神官」と呼び分けている――…。
そして"認可薬師印"も、読んで字の如く「薬師として十分な技術・知識を持つ者の認可印」であり。刺青は横棒に黒い丸が左端から押され、等級が上がれば最高で4つ丸が増える……。ユスレスは、大聖堂前で副助祭階級神官に事前に渡していた。ユスレスへ薬師としての指導を行った二級薬師兼僧侶から――「薬師組合」へ、丁度一人前の技量が積めているからと書いてもらっていた……"二枚目の紹介状"があった為。ついでに、随分前から申請は出来たのにしていなかったものを。今回の「
…若干の恥ずかしさから、元の感情の乏しい顔つきへ戻ると。ユスレスはそそくさと左通路を進み、その場を離れ……。すると、丁度次の――恐らく「合格者」らしき、受験者が受付の神官の前へ進み出る処を。チラリ…と認めながら――…。
…ユスレスは、気持ち軽い足取りで。この、聖ストーリヤ大聖堂を後にして行った………。
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