第5話
お泊まりはまた今度になった。
先伸ばしにしてる内にどうしようもなくなってから産むことに・・・
正直に言えば
意気地無しな私だけ。
まずは自分の両親に言わなきゃ。そこをクリアしたら二人に話そう。
その勇気がもう少し欲しくて、家に帰る前にあの時のお店が見える場所に立った。
「あら!いらっしゃい」
店内に入る気はなかった。外からおじさんとおばさんの姿が見えれば良かったから。
うちの両親とはまた違う夫婦が何となく羨ましかった。
「今日は鷹木君来ると思うけど、待ち合わせ?」
店内を覗こうと動いたその時、丁度おばさんが暖簾のれんを持って出てきて前と同じようにほがらかに聞いてきた。
「あ、いえ、違います」
慌てて手を振る私を見て、おばさんはちょっと残念そうな顔になった。
「あら残念。本当に鷹木君の春は遠いわね~、フフッ。ね、お茶飲んで行って。この時間に暖簾は出すけどお客さんは来ないのよ。まだ休憩タイムなの~」
二人にはお世話になったけど、親よりも年上の人と世間話ができるかとなるとちょっと戸惑う。
どう言って断ろうか悩んでいると、店の近くに止まったタクシーから鷹木さんが降りてきた。
「わ!本当にいた!」
「うわっ、早いわね鷹木君。キモッ!」
「ひどい!」
どうやらおじさんが鷹木さんに連絡したらしい。
目が合うと店内にいるおじさんは親指を立てた。得意気な顔が面白い。ちょっと気が抜けた。
おばさんとやり取りしていた鷹木さんはすぐに私の傍に来た。
「何かあった?」
笑顔だけれどその目は不安そう。
な、気がする。
ちょっとしか会っていないのに彼の事を見抜けるわけがない。
元カレの事だって何も分からなかった。
それでも、鷹木さんが私を心配してくれているのは分かる。
「あ、いえ、すみません、まだ、親に言えてなくて、え~と、改めて、気合いを入れに来ました・・・」
自分のヘタレ具合にだんだんと声が小さくなっていく。
それと共に目線も下がり、鷹木さんの顔は見えなくなった。
「そっか」
情けないって言われなかった。
「まあ、そうだね」
頭に大きな手が触れた。
「頑張ったね」
その言葉に涙が出た。
頑張ってない!
頑張ってない!
何も頑張ってない!
どこも頑張ってない!
親に言えてないし、友だちにも言えてない!
体育だってサボったし、言い訳も思い付かない!
情けなくて、甘えたくて、ここに来たの。
子供を産む事が、私の中にある命が、大事と同時に怖くて、決めたい事もぐらぐらと揺らぎ続けてる。
高校生という事に甘えて怯えて先伸ばしにしてるのは卑怯だ。
分かってる。
分かってるつもり。
君を助ける
ごめんなさい鷹木さん。
会いに来てごめんなさい。
巻き込もうとしてごめんなさい。
どうしたいかを決めかねてごめんなさい。
「そう言えばさ」
ハンカチを差し出して私の手に握らせると、鷹木さんは反対の手をそっと引いて店の中に入った。
「産婦人科には行った?」
私を座らせ、おばさんから受け取ったお茶をテーブルに置く。
恐くてまだ行っていない。
きちんと決めてからじゃないと、行ってはいけない所。
「じゃあさ、これから一緒に行こうよ。まずは本当に妊娠しているかちゃんと確かめよう」
え?
「検査薬、一回使っただけだろう? 産科できちんと診てもらわないと正確には分からないんだって」
え。
「それから考えよう」
え。
「言ったろ。君ばかりが辛い思いをするのは止めなさいよ。まぁそういう俺も悪かったんだ。ごめん」
テーブルに両手をついて、ぶつけるほどに頭を下げた。
え、何で鷹木さんが謝るの?
「きちんと助ける覚悟が出来ました。君と君の子供を俺に助けさせて下さい」
え。
「大丈夫。最後まで付き合う。父親のフリをさせて下さい」
何で・・・
「なんで・・・?」
「そりゃあ、大の大人だって突然の妊娠には戸惑うよ。まして君は高校生だ。頼る彼氏はいなくなったし、将来の事だってこれからゆっくり考えるはずだった。・・・選択肢が無くなって不安しかないだろ、本当は。」
何で・・・
「産みたいと言った君がカッコ良くて、一人でも大丈夫と勘違いをして家の前で手を離してしまったのは俺だ。今さら信用してと言うのは虫がいいけど、もし、もし家を出ろと言われたら、俺が君の家出先になる。まずはそこから保証する」
何で、
「二人で、ご両親を説得して行こう」
またあの真剣な目をしてるのだろうけど、涙で見えない。
衝撃で、借りたハンカチで押さえる事もできない。
子供を産み育てる事にそれだけの覚悟が要ることの衝撃。
それを、鷹木さんは一緒に受けてくれると言う。
「な、んで、そこ、まで?」
私が鷹木さんにしたことは飴を一個渡しただけだ。
こんな、鷹木さんにとって損しかないような事、何で?
「ん? それぐらいの恩があの飴にあるんだよ。君にとっちゃたった一つだろうけど」
下手したら捕まるよ?
「生き直せたんだ。俺だって俺だけの家族をこの手で支えたい。」
一度は無くしたからね。
自嘲気味に一瞬だけ笑ってすぐにいつもの様に微笑む。
そして、右の手を差し出した。
「産むのでも、産まないのでも、俺を頼って。君が納得するまで付き合う。この手を取った瞬間から。産んでくれる方が嬉しいけど」
大きな手。
お父さんとも、先輩のとも違う。
その手をじっと見つめた。
・・・あ、ペンダコ。
「・・・あれ、俺、変態っぽい?」
鷹木さんがふとカウンターの向こうに居るおじさん達に聞いた。
「うん、女子高生を必死に口説いている変態っぽいな」
「マジでっ!? 俺の本気が伝わらないっ!」
おばさんがお腹を抱えて笑ってる。
「よっ! 残念男!」
「そんな合いの手、要らないからっ!」
「仕事サボって女子高生を口説くサラリーマン!」
「本日の業務はキッチリ片付けましたー! 仕事大事!」
「元手が無きゃあ口説けないもんなぁ?」
「そう! いや!そうだけど!違うから!? ああもう、どうすれば!」
そうして鷹木さんはテーブルに突っ伏したので、差し出したままの右手は、もっと私に近づいた。
両手を乗せた。あ、ちょっと乾燥してる。
鷹木さんががばりと顔を上げた。その勢いにびっくりしたら鷹木さんも驚いている。あれ?
「え、と、
そう言えば、鷹木さんはゆるゆると笑った。
「うん・・・よろしく」
何度も見た笑顔に、安心している自分がいた。
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