第4話

 ああ、家に着いてしまった。


 現実に立ち向かわなければいけない。

 家が見え始めて歩みの遅くなった私に、タカギさんも合わせてくれた。

 門まで行く前に振り返る。


「ここです。・・・色々とありがとうございました」


「うん。頑張れって言うのも変だけど・・・」


 タカギさんから荷物を受け取る。

 が。

 荷物からタカギさんの手が離れない。


 何だろう?

 よく見れば何か言いよどんでいる感じだ。

 そして、荷物はタカギさんの手に戻った。あれ?


「これを言うのはどうかと思う。大人として駄目だとは思うけど、俺にとってもチャンスではある。」


 独り言・・・かな?


「もし、もしだよ?」


 タカギさんがまた、真っ直ぐ私を見る。


「その子を産む為に父親を連れて来いと言われたら、俺を、君の子の父親にしてくれないか?」


 え、


「まともに喋ったのは今日が初めてで、何を言ってるとは思うだろうけど、・・・飴をもらった時から君の事は良いなとは思ってた」


 え。


「まあ、付き合いたいとかは思ってなかったけど。君がアルバイトを辞めたと知った時はかなりがっかりしたんだ」


 え、と、ちょっと嬉しい・・・


「とまあ前置きをしての本題なんだけど。俺、子供の出来ない体なんだ。検査して生殖能力がほぼゼロ%って言われた。その事で結婚を約束していた彼女と別れる事になった」


 え、何の話?

 ・・・分からない。嘘をついているかも分からない。

 でも真っ直ぐな目を私から逸らさない。


「・・・その別れから一年ぶりに見かけた彼女が、赤ん坊を抱いていた。とてもいとおしそうにあやしていた。・・・たった一年の間に、俺とは無かった未来が彼女を幸せにしたんだと愕然とした」


 くしゃっと表情が崩れた。

 大人の男の人もこんな顔をするんだ・・・

 ああ、あなたにも傷があって、その傷はまだ治っていないんだね。


「俺だって彼女との子供が欲しかった。俺は養子でも良いと思ったけど、どうしても血の繋がった子供が欲しかった彼女はそれが許せなかった。

・・・その思いを俺は許した。だけど・・・」


 タカギさんが泣くかと思った。


「・・・どうしようもなくて、いつか起きうる未来だとは思っていたけど実際目の当たりにするとどうしようもなくて・・・、そうやさぐれていた時に、君が飴をくれた」


 ドキッとした。

 タカギさんはぎこちなく笑った。


「だから、俺にとって君は特別だ。君さえ良ければ、君と君の子供を助ける。・・・俺を父親にしてくれるなら、になるけど」


 真剣。

 両親ではない大人の真剣な目を初めて見た。・・・恐い。

 少し戸惑うとタカギさんは苦笑した。


「本当は言っちゃいけないんだろうけどね」


 冗談ではなさそうだ。

 あぁスーツ着てて良かったと、胸ポケットから名刺とペンを出して裏に何か書き込んだ。


「独りで辛いと思ったら電話して。裏の番号俺個人のだからね。あと住所。君の家まで送っちゃったからね、心配なら俺の事はこれで調べてもらって構わない」


 名刺には『鷹木佑介』。会社名とその電話とファックス番号。

 父親の名刺に似てる。どの会社も似たデザインになるんだなとぼんやり思った。


「たかぎゆうすけ。その気になったらその時に君の名前を教えてね」


 じゃあ。

 そう言って今度は、私が荷物を受け取るとすぐに手を離してフッと笑う。そして、私の頭をぽんぽんとして去っていった。





 何か、色んな事が起きた・・・





 ぼんやり家に入ると、私のスウェット姿にお母さんが驚いた。

 雨に濡れて途中のコンビニで買って友達の家で着替えたと言うと何も疑わずに洗濯機のスイッチを入れた。


 ・・・今、今、言え・・・!


「お・・・」


「ん? なぁに?」


 洗濯機を動かして洗面所から出て来たお母さんに一気に言おうとした。お父さんと二人相手の時なんて絶対無理だから、まずはお母さんに・・・




 こんなに大きくなったのねぇ




 中学の卒業式の帰り。

 学校の門で一緒の写真を撮って、ふとお母さんが呟いた。

 歳が離れているからか、わりといつも穏やかな人で、叱る時も感情的になった事がない。

 こんこんとされる説教はそれはそれとして辛かったけど、卒業式のその時は、私にはどう表現したらいいかわからない"お母さんの顔"で笑っていた。




 お母さんを泣かす。




 怒られる事よりも、血の気が引いた。




「あら? 寒いんじゃないの? もう一度お風呂に入ったら? 今沸かすわね」


「う、ううん、大丈夫! 実はご飯もご馳走になっちゃって、お腹いっぱいなんだ。少し寝るね!」


「あらあら。じゃあうちでもご馳走しなきゃ。今度連れて来なさいね」


「うん、ありがと・・・。夕飯食べられなくてごめんなさい」


 いいわよと言う優しい声に、振り返れずに二階の自室に入った。


 結局、その日に言うことは出来ず、ベッドの中で鷹木さんの名刺を見ていた。




 ***




 一週間は誰にも何も言えず、悶々としながら普通に過ごした。体育は生理痛が酷くてと保健室でサボった。

 この手は来週には使えない。どうしようかな・・・


「「 何か変 」」


 中学からの親友、愛美めぐみ沙織さおりが、お弁当を食べながら私を軽く睨んだ。


「・・・そう、かな?」


 先輩と別れた事はすぐ二人に伝えた。


 聞けば聞くほど顔だけの男だったもの!別れて良かった!


 ピッタリと揃えて言われた。・・・うん、その顔に一目惚れしたんだよね私。先輩カッコイイと言い出した時から、二人は私に彼だけは止めておけと強く説得してきた。


 入学して間もない一年生にも聞こえてくるほど、彼だった先輩の女癖の悪さは有名だった。先輩の噂を二人以外からも聞いたけど、顔さえ良ければいいの!と反対された事で意地になった気はする。


 だいたいそんなにモテる人が私と付き合ってくれるとは思ってなかった。


 そういう意味では安心して告白できた。デートが一回でもできればいいな~という程度。

 告白の時も、こんな間近でイケメンを見られるなんて!とかなりミーハーだった。


 それがこの体たらく。


 親友でも、まだ言えてなかった。

 失恋のせいと思ってくれないかな・・・


 でも、二人に相談したい。

 迷惑な事は分かっている。


 鷹木さんの顔が一瞬よぎったけど。

 常識ある二人が何て言うかを想像できるから、なかなか言えないでいた。


「「 フラれた事以外に何かあるんじゃないの?」」


 全くの赤の他人なのに、何で双子の様にかぶるんだろう?


「明日、うちに泊まりにおいでよ」


 愛美の家には、ていうか私ら3人はそれぞれの家によく泊まりに行っては夜通し喋っている。

 恋バナだったり、流行だったり、悩みだったり、その時の色々だ。

 受験だからと止めたら、逆に調子を崩したくらいには大事なイベント。


「それなら誰にも聞かれないから」


 沙織も心配そうに言う。

 二人が心配してくれてるのが嬉しい。

 だけど・・・


 それでも煮え切らない私に、「「 無理強いはしたくないけど今返事しないなら無理矢理連れてくから!」」と無茶な事を揃えて言った。



 笑ってしまった。











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