第3話

 私は不妊治療で産まれた子供だ。

 小学生の時の、親に自分の生い立ちを聞くという宿題で母親から教えられた。


 その時に自分に兄弟がいない理由をやっと知ることが出来た。


 赤ちゃんがなかなかお母さんのお腹に出来なくて、ずっと検査して検査して、お医者さんにもずっとずっと手伝ってもらって、やっとあなたが生まれたの。とてもとても嬉しかったわ。

 あんなに小さかったあなたがこんなに大きくなって、今もずっと嬉しい。


 だから、自分に子供が出来たら産むのは絶対だった。



 絶対だったから、先輩にも言った。

 初デートで舞い上がってベラベラとたくさん喋った。

 それを優しく聞いてくれていた。

 と思っていた。


 2回目からはゴムを使ってた。

 だから安心していた。


 根拠の無いものを何であんなに信じられたのか。

 授業でやったし、先生も何かの講演に来た先生も「どんな方法も妊娠しない方法はない」と言っていた。



 私はこうなって初めて、自分が子供な事を、強く実感した。




 ***




「聞いて下さってありがとうございました。ちゃんと家に帰ります」


 たどたどしい説明を根気よく聞いてくれたサラリーマンの顔を見れず、目線を下げたまま少し頭を下げた。

 少しすっきりした気がした。

 まずはお母さんに話そう。


「・・・君は、まだ彼氏を好きなの?」


 それを聞く?と思いながらも先輩の顔を思い出す。

 舌打ちした顔が浮かんだ。

 ・・・もう、会いたくない。


「・・・もう、好きじゃないです・・・たぶん・・・」


 自分がどんな顔をしているのか分からなかった。


「そう。・・・子供は、どうしたいの?」


「両親に迷惑を掛けると思いますが、私は、産みたいと思ってます」


 こればかりはしっかり伝えなければと、タカギさんの目を見た。

 怒っているでもなく、呆れるでもなく、彼は私を真っ直ぐ見ていた。


「・・・君を思って、ご両親が反対するのは分かってる?」


「・・・分かってる、つもりです」


「それでも産みたい理由は何?」


「・・・それは、」


 お腹に手を添える。


「・・・それは?」


「この子を授かったのが、私だからです」


 当たり前の事を、子供が言う事の馬鹿馬鹿しさは、自分の事ながら表現できない。

 それでも、この人には伝えておきたい。

 私が母親に嬉しいと言われたように、この子にも会えて嬉しいと伝えたい。


 でもそれが自棄になっての考えかは今は自分で判断出来てない。


「俺の誘いに乗ったのは、なぜ?」


 あまりに浅ましい考えだったのが恥ずかしくて黙ってしまった。


「怒らないから言ってごらん」


 ふと弛んだ彼の視線に私の気も弛んだのか、もう会うこともないと思ったからか、素直に口が動いた。


「・・・ホテルに、連れて行かれたなら、あなたとの子供にしようと思いました。社会人なら、生活出来るだろうし、結婚すれば、あなたは罪にならない。・・・そう思って、付いて来ました・・・」


「は~あ、女子高生ってすごいな~」


 さすがに呆れられたようだ。


「す、すみません」


「いや、君の考えが特殊なのかな? とにかくまずはもっと落ち着こう」


「え?」


「その自分ばかりを傷つける考えは止めなさい。さっきの今じゃ混乱するのも仕様がないけどね。産もうと言うなら君が第一に考えなきゃならないことは君の健康だ。ずぶ濡れなんて話にならないよ」


 両腕を組むようにテーブルに乗せ少し前のめりの姿勢になる。真剣な顔がさっきよりもほんの少し近づいた。

 雨に濡れながら後で後悔するだろうなと思っていたことを言われた。


「そして、父親が必要だろうとは思うけど、見ず知らずの大人に付いて行ってはいけません。世の中何があるか分からないんだから」


 小学生どころか幼児の頃から言われていることを確認するように言われてしまった。


「それに結婚できたとして、俺がまともとも限らない。ただの女子高生好きかもしれないし、君に暴力を奮うかもしれないでしょ? 浮気者かもしれないし。お家の財産を狙うかもしれないよ?」


 それは、この人に限っては無いだろうと思っていたので、ポカンとしてしまった。

 私の顔を見てタカギさんもポカンとする。


「あれ? 俺そんなに人の良さげな雰囲気?」


「バイト先のお店では、た、タカギさんの評判がすごく良かったので、いい人なんだろうと思ってました・・・」


「ええっ!?なんで!?ただの客よ!? なんか特別な事したっけか?」


 したと言えばしたし、していないと言えばしていない。


 それくらい、この人の「おはよう」はあの店の従業員には特別だった。

 そう説明すると両手で顔を隠してしまった。


 あ、耳が赤い・・・


「・・・なんか、すごい恥ずかしいなぁ・・・」


「タカギ君らしいじゃないの~」


「天然ていうんだろ?」


「ちょっと、ちゃちゃ入れないでよ、二人とも」


「だってなあ?」


「ねぇ?」


「・・・何?」


「「 タカギ君の人となりはバレてるじゃない 」」


 目を丸くするタカギさん。


「振られ男の常套句、『良い人』っぷりが滲み出ている!」


「あなたの春は遠いわね!」


「何なの!?俺ここの常連なのに!?呪われている!?」


 何だか店内の雰囲気が変わってしまった。

 えっと、私どうすればいいんだろう・・・?


「とにかくもう帰ろう!家の前まで送って行く。これ以上二人に俺のを取られるわけにはいかない! じゃあ!ご馳走さま!お風呂もありがとね!」


 そう言ってタカギさんは濡れた服が入ったビニール袋を持って、先に店を出てしまった。


「あ、ありがとうございました!お世話になりました!」


 慌てて二人にお礼を言う。

 おじさんとおばさんは「気をつけて帰りなさい」と、笑って手を振ってくれた。



 雨は止んでいた。


 おじさんたちから見えないすぐの所にタカギさんは立っていた。


「しまった。タクシーを呼べば良かったな」


「だ、大丈夫です! たぶん、歩いても20分くらいだと思うので」


「あ、そうなの? じゃあ歩きでいい? 寒くない?」


「髪も乾いているし、寒くないです。大丈夫です」


 本当に寒くはなかった。靴はしめっぽいけど平気だ。たくさんご飯を食べたからかな?栄養が行き渡ったのかな。


「あの、美味しかったです。ご馳走さまでした」


「なら良かった。一人暮らしだとなかなか自分じゃ作らなくてね~。週に三日はあそこで夕飯食べてるんだ」


 高校生の頃から通ってるな~。よくオマケしてくれたからさ~。


 そんなとりとめもない話を家に着くまでした。


 お互いに自己紹介はしなかった。


 そういう関係で終わるはずだった。









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