第14話 VS吸血鬼モラハラ

ふと変態が辺りを見回すと、薄暗い、ただ広い空間があった。


しかしその向こうにはまた幾筋の洞窟が繋がっている。


その中の一筋の奥から強者の匂いを変態は感じていた。


「…うむ!」


変態は気合いを入れると高速スキップで勢いよく中へ飛び込んで行った。


ズシャズシャズシャ!


「ぬわーっ!」


突然に身体を切り刻まれる変態。


血飛沫をあげながらクルクルとまるでダンスを踊るように切り刻まれていく。


その姿に悲壮感を感じないのは変態が笑顔だからであろう。


予期せぬ痛みご褒美に変態は頬を桜色に染めながらクルクルと舞い回る。


これだから堪らない!


変態はしばし切り刻まれる快感に酔いしれた。


変態細胞により傷は即座に修復され、血液も補充される為、変態にダメージは無い。


ただ切り刻まれる痛みに酔い、舞い踊る変態。


血溜まりへ足を踏み入れる度に跳ね上がる血液と、自らの血飛沫で辺りは芸術的とも思える空間を醸し出してきた。


その時、奥からクルクル回りながらドラキュラのような格好をした悪魔が現れてきた。


身体にぴったりとフィットした黒の全身タイツのような衣装に裏地が赤い、黒いマント。サ〇ーちゃんのパパのようなヘアスタイル、尖った鋭い二本の八重歯。カイゼル髭が気品を感じさせる。


その男がクルクルと回りながら踊ると、辺りの血液は八重歯へ吸い込まれていく。


男の八重歯は超高性能フィルターの役目も果たしており、毒や光の力などの不純物は光速濾過により異次元へ飛ばされ、純粋な極上ワインのような血液栄養へ早変わりする。


様々な世界の歴史に登場する吸血鬼。彼もその一族の一人であった。


様々な世界では様々な解釈がなされている彼らの生体を本当に理解しているのは本の一握りに過ぎない。


彼らは異星人と人類とのハイブリッドなのだ。


あらゆる惑星を旅し、そこの世界に託卵をし、一族種の保存と発展に務めるのが彼らのミッションである。


遺伝子操作により、長命化され、その牙化された八重歯には様々な機能を持っている。


スマホに例えると分かりやすい。

彼らは八重歯にスマホが搭載されており、その情報はダイレクトに脳へ伝わる。


その知識は膨大であり、その生命力は強力である。


知識を蓄えること、それは時間をワープすることに等しい。


子供が成長し、大人になる。

その様々な経験が人生となり、その人を彩る。


その一族全ての情報が、産まれた時から在るとしたならば?


吸血鬼一族の始祖はそう考えたのだ。


それで各宇宙を回り、あらゆる情報を集めている。


その目的は“神”に成りたいが故だ。


全知全能とも言われ、あらゆる伝承に現れる“神”。


人類に“吸血鬼”と呼ばれる彼らの一族の悲願はそこにあった。


理由は簡単な話だ。


“愛するものを失わない為に”


“記憶”という選択から“知識の集約”に至り、独自のアカシックレコードを持つに至った彼らの一族は、次なる資産、それは神となり、愛するものを永遠に失わない世界を創ることだった。


しかしそれは究極のエゴイズムでもあった。


一族にはそれを望まないものも多数存在する。

しかし、この一族に産まれ、生きてきた彼らにとって、それ以外に生きる方法が無かった。人間が、木や、昆虫となって生きることが出来ないように、彼らもそう生きるしか無かったのだ。


話を戻そう。

ドラキュラのような彼の名は“モラハラ”。

名は体を表すかのごとく、彼はモラルハラスメントを体現し続けた。それが彼の使命だったからだ。


モラハラは嫌われ続けた。

幾度も批判され、目の前で命を絶たれた。


しかしモラハラは意に介さない。それが自分の使命だったからだ。


ある程度人類相手にサンプルが取れた後、モラハラは人類の強者たちがダンジョンに住まうという情報を得た。


更なる情報を得るために、モラハラは地下へ潜った。それから何年経過したかは覚えていない。


ただ罠を仕掛け、たまにくる強者を喰らうだけだ。


強者はさすが、上級人類と思われる者ばかりだった。


モラハラの罠をかいくぐることはもちろん、モラハラに理解を示す者、改心させようとする者、敵意を示しながらも紳士に対峙する者、様々な者がいた。


見込みのある若者にはモラハラしつつも道を指し示したり、強力な魔力や魔法を伝授したりもした。


それも更なる情報を手に入れる為の手段に過ぎないからだ。


モラハラはただ使命に忠実だった。


ご褒美は血液。

八重歯から濾過分解されたそれは、“究極の旨さ”だった。


何物にも変えがたい衝動。

性欲、食欲、睡眠欲。

三大欲求の中にもある食欲。

他二つを凌駕し、かつ毎回新鮮な快感、生きる目的とさせるほどの力に、一族全ては屈服させられていた。


遺伝子レベルに組み込まれた生命の源流とも同義されるその“旨さ”。


一族の始祖の因果は根深く、そして罪深い。


そのモラハラは変態の血液にかつてない“旨さ”を感じていた。


その毒、光の力、そして変態細胞力は宇宙科学の粋を集めた八重歯ですら凌駕し、究極とも呼べる“旨さ”を引き起こした。


「ファーーーー!」


モラハラの頬も桜色だ。

辺りには無限に産み出される変態の血液旨さの海


クルクルと回る二人は桜色の頬をお互いに確認すると、互いに近付き、互いに手を取り合った。


さあ、社交ダンスの始まりだ!


変態とモラハラ。

血液を振り撒き、そして吸い、二人で踊る。


クルクルと、クルクルと。

幻想的な血飛沫を繰り広げながら変態とモラハラのランデブーはしばらく続いた。


時折モラハラは変態の耳元で「おまえ、何の為に会社に来てんの?」だとか「周りの人が咳してるのっておまえが原因なの知らなかった?」等というスピリチュアル・アタックを繰り返す。


その度に変態は「おぅふ♥」「はぶっ♥」と益々頬を赤らめる。


相性だけで言えば抜群。しかし、変態は突如躍りを止めた。


「…なッ!」


モラハラは焦る。

終息されていく変態の血液究極の旨さが、祭りの後の静けさを予感させるような、そんな気分にさせた。


「…貴様の名は」

変態が口を開く。


「これは失敬、私はモラハラと申します。貴殿の名は?お伺いしても宜しいですかな?」

「変態だ」

「変態…良い名ですな」

「貴様もな」

「ふふふ…私たち、気が合いそうですね」

「…そう…だな…」


おっさん二人、頬を桜色に染めながらの会話。


「ではなぜ!止めてしまわれたのですか…ッ!」


モラハラは堪えきれずに大きな声をあげた。


「愛…ゆえに…」


変態はモラハラから顔を背ける。


「…心に決めた者がいるからだ…ッ!」


変態は顔を背けながらプルプルと震えだした。


圧倒的変態強者である変態。それが思春期の少女のような可憐で、しかし心強い言葉を口にした時、モラハラは衝撃を受けた。


お互いの相性は最高で、ビッグカップル誕生だと思っていた。


「あ…な…」


開いた口が閉まらない。

変態は未だプルプルと震えている。


心が…揺れている…!


そう判断したモラハラは改めて決意し口を開く。


「いや…いささか急すぎましたな。これはこれは失礼致しました。

さて…変態殿はいかなる理由でこちらにいらしたのですかな?奥に茶室がございますので宜しければこちらに…」


恭しく変態に頭を垂れるモラハラ。

しかし変態はモラハラにとって衝撃の事実を述べた。


「愛するものとの…誓いの為…!」

キッと振り向き、モラハラに向かい直す変態。


その瞳には強い力が宿っていた。


まさかの地雷ッ!

いきなり踏み抜いたそれにモラハラは少なからず動揺したが、そこは歴戦の強者モラハラ。言葉のスペシャリストである彼は、静かに変態の真意を見極める。


「ふむ…」


顎に手を当てて変態の全身の様子を観る。すると、ほんの僅かに変態の足が震えていた。


まだ、揺れている…。


そう判断したモラハラは、言葉を発せず、静かに変態の背中に手を回すと奥の部屋に導き入れた。


変態は、モラハラの紳士的かつ静かな行為に少なからず好意を抱いた。


背中に触れるか触れないかの微妙なラインを感じる度に、ビクンビクンと反応してしまう。自分の中の乙女の部分を絶妙な手腕で攻め行くモラハラ。

横顔は凛々しく、愛するものの顔に重ねてしまう。


ブルブルと頭を振る変態。

その姿を見てモラハラは心の中で密かにガッツポーズをする。


イケる!


モラハラの頬が紅潮する。

そうやって変態は奥の部屋へ誘われていった。


---


コポコポコポ…

モラハラが自前の茶室に案内して数分後、辺りには上等な茶葉の香りが立ち込めていた。


豪奢な部屋構えの割りには気取った印象は無く、落ち着いた気品とセンスの良さを感じさせる。


この間、二人の間に会話は無かった。

しかし、優雅な立ち振舞いで、変態を安心させようとする態度に変態からモラハラに対する好感度はグイグイ上昇していた。


「さて…アールグレイはお好みですかな…?」


コトリ。

上等なティーセットが二人の前に並べられる。

立ち上る紅茶の香りがざわついていた変態の心を落ち着かせていった。


「…無価値な存在め…」

ポツリ、モラハラが呟くと変態はビクン!と反応してしまった。

変態は桜色に染められた頬の顔を横に向いた。


「…いただこう…」


変態はそう言うと、静かにパンツをずらした。細くピンク色の直腸がムリムリと紅茶へ向かい、恥ずかしそうに熱々の紅茶を啜る。


ズズ…


旨し!


変態は茶にうるさくは無かったが、味にはこだわりがあった。

マグマのような熱さは直腸を焼き、刺激を敏感にさせ、そこから立ち上る湯気には即死級の毒が微かな刺激を与えてくる。

その味は情熱的、かつ繊細で心地好く、無限のリラックス空間へと変態を誘い出した。

そして、魅惑の魔法のエッセンスが確かに変態への愛を感じさせた。


その場所、立ち振舞い、言葉、魔法のtea。

全てに繊細な変態への愛を降り注ぐモラハラ。


パチン!とモラハラが指を鳴らすと、ガチャリ…とドアを開く音がした。


そこには変態の愛するもの、元勇者アドスの姿があった。


「いよう変態!こんなところで何してやがる」

「むッ!…うむ…変態的だな…」

「愛するものとはアドス殿でありましたか…」


三者三様、僅かに変態の動揺はあったが、三人は全てを理解した。


モラハラのこの部屋は、地上の自身の屋敷へと繋がっていた。


一族の科学力を用いれば、そんなことは造作もないことだった。


指を鳴らした瞬間に地上と入れ替わる。その時アドスは変態を感知した。一瞬にしてモラハラの屋敷へ向かうと部屋に入ろうとしていた執事を排除、ドアを開けたということだ。


金髪を艶かしくかき上げたアドスが氷のような目で変態を一瞥すると、変態は雷を受けたような衝撃を受けた。


生まれて初めての一目惚れ。

アドスとの変態的な戦いコミュニケーション

二人で初めての旅行修行の旅

その思い出が色鮮やかに思い出される。


「…貴様は強者か…?」

変態は目的を思い出した。先程の乙女のような黒歴史すら、己のご褒美に既に昇華されていた。


「…アドス殿…この者を私にください」

「断る」

「…さようでございますか…」

「それよりも変態と戦ってやれ」

「誉めるなアドスよ…!」

「…戦い…というならば、もう始まっておりますぞ…」

「フ…そうだな。まぁ事情は分かった。俺は去るとしよう。じゃあ変態またな!」


そう言うとアドスはシュンとまたどこかへ消えた。


パチン!


モラハラはまた指を鳴らすと、ドアの向こうは岩壁へと変化した。


愛するものとはアドス殿か…異存は無い…!


そう、戦いは既に始まっていた。

これは“愛するものを懸けた三角関係の戦い”…!


この変態愛するものを屈服させ、自分と永遠を歩む為の戦いなのだ。


「変態殿…私めは強者でございます」

「…お手合わせ願おう」

「…かしこまりました」


変態の目にはもう迷いは見受けられなかった。


得意の魅惑チャーム、それも技ではなく、本気の魅惑をたった一瞬姿を見せただけで払拭させるほど本気の愛。


それを屠り去る為には、私も本気で変態殿とぶつかるしかない…!


モラハラはそう覚悟を決め、頭の中のスイッチを押した。


チュン


一筋の光が変態を撃ち抜く。


「む」


チュンチュンチュン


矢のような光が次々と変態を穴だらけにしていく。


降り注ぐ光熱の槍。

モラハラ一族の所有する人工衛星からのソーラービームがその正体だ。


通常は最初の一撃でその身は消滅する。

しかしそこは変態、超絶的な回復力でその身を維持し続けた。


「流石は変態殿…では…」


パチン

グルン


モラハラがまた指を鳴らすと、変態は座ったイスごとグルンと反転した。


チュン


「ぬわー!」


光熱の槍が直腸を貫いた。


チュンチュンチュン

「ぬわー!」

一点に集中される、文字通り脳天を突き破る程の攻撃ご褒美


また少し、変態の心は揺れ動く。


モラハラと一緒にいれば、毎日このような刺激ご褒美がもらえる…



その時変態は気付いた。

この思いはエゴであることに。


この出会いをもたらしてくれたのは、他ならぬ愛するものアドスだ。

あやつはこうなることも予期しながらも、自分をここダンジョンに入らせた。


なぜか?


それは偽りのない、自分への愛だからだ…!


変態の目から涙が迸る。


盛大な勘違いをしながらも、変態の心はアドスからの愛を(勝手に)感じていた。


「…この程度ではダメですか…では」


パチン

ギュウン


モラハラがまた指を鳴らすと、光熱の槍と共に見えない重力に変態は押し潰されていった。


これも本来ならば一瞬にして対象を塵屑にし、亜空間へ飛ばす科学技術だ。


しかし変態は重力に抗った。そしてそれはもう、変態の心を屈服させる攻撃ご褒美にはなり得なかった。


「ふんむ!」

ドベチャ

見えない重力波を変態は打ち破ると、変態は床へ落ちた。そして静かに立ち上がると、空気イスをしてモラハラに向かい合った。


「終わりか…?」


そう言うと変態は優しい目でモラハラに語り掛けた。


「なぜ反撃しない?」

「貴様の攻撃ご褒美からは愛しか感じえぬ。故に」

「…」

「しかし…貴様の愛はエゴである。真の愛には敵わぬ」

「…!」


モラハラは驚愕した。この変態、今後に及んで自分モラハラにも愛をもらたしていたのだ。


ソーラーレイ光熱の槍、|重力波は諸刃の技、圧倒的環境でないと、自らをも消滅する危険な技であった。


本来ならば、遠方の敵に対して広範囲で使用する技、しかし、一族の持てる粋を、圧倒的愛として、自分が傷付く恐れも省みずにモラハラは行動していた。


死なばもろとも。


モラハラには確かにそんな気持ちが在った。


それを変態は受けきった。

自らがギリギリ再生できる範囲で、辺りに損害を出さず、腸内にいるギ達はもちろんのこと、モラハラすらを守りきったのだ。


「私の…負けです…」


モラハラはガックリと項垂れて、そう呟いた。

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