第13話 VS恐怖の魔人

「おにーの…むッ!?」


変態が華麗なスキップで進んでいると、何やら猛突進してくる何かがいた。


「フ…」


シタタン、シタッ!グイッ


変態はスキップを後ろスキップに変えてその場に立ち止まり、腰を落とした後、パンツの紐をずらして肛門を露にする。


極上のデザートの後には軽い食事。


あの突進具合は魔獣か何かだろう。


ズドドドドドドドドドドド!


段々近付いてくる轟きに変態の期待は嫌でも高まる。


“待つ”という時間。

それは肉体を与えられた者にとって、とても甘美で、“夢想”というご褒美を与えてくれる。


その音、微かに聞こえる息遣い、獣の汗の臭い、五感を集中させて、これから訪れるであろう衝撃ご褒美の幾万通りの快感を想像する。

浮かんでは消え、浮かんでは消える泡のように、変態の脳は恍惚状態を醸し出す。


故に変態。

だからの変態。


ズドドドドドドドドドドド!

ズドドドドドドドドドドド!


段々近付いてくる期待。

自分から少し近付こうか?いや、このままがいい。


欲しがりな自分と欲張りな自分。

変態はどちらの自分も好きだった。


ズドドドドドドドドドドド!

ズドドドドドドドドドドド!


来る…!もう少し…!後少し…!


ズドドドドドドドドドドド!

ズドドドドドドドドドドド!


まだか…?

まだか…!


ズドドドドドドドドドドド!

ズドドドドドドドドドドド!


!来ない!?

いや!まだだ!まだなんだ!

振り向くな!

振り向いたら負けだ!


ズドドドドドドドドドドド!

ズドドドドドドドドドドド!



変態が振り向いたその時、

「ズドドドドドドドドドドド!ズドドドドドドドドドドド!」


変態の耳元で囁く一人の魔人と目が合った。


その魔人は透明な身体でネオンのようにピカピカ輝いている。

例えるならイカ。

透明の身体に赤青緑の光輝く人の形をしたイカだ。


恐るべきはその“囁き力”。

まるでそこに実体が存在するように、音を、震動を、息遣いを、匂いを、体感を心と身体に運んでくる。


恐怖フィアー

魔人はその使い手であった。


“千年王国の恐怖”

この物語は悲しき魔人のお伽噺だ。


魔人はこの世界に産まれた時から魔人だった。


海の中を縦横無尽に泳ぎ回り、時折人間の船に恐怖を与える。


船で生き延びる人間はたった一人の女性。そして精神を破壊し尽くされる。

しかし魔人に襲われたその船には億万の財宝が積まれ、いつの間にか岸に運び込まれるのだ。


『海神の贈り物』


人々はそう言い伝え、生き延びた女性を巫女と崇め、手厚く保護する。

それはまた村が危機に陥った時に船に乗せる為だ。


魔人にとってはただの海の浄化の為だった。


魔人とは悪魔ではない。

魔界から産まれた人々のことだ。


この世界と一線を画する四次元の世界。


カオスにまみれ、光と闇の混然としたスープのような世界。


受肉した生体にその魂が宿る時に命が産まれる。


一般的に魔人と人間の根源は同等とされる考えがある。

また神聖使徒の間では、人間のみが神の創造した聖界から使わされた存在であると教義されている。


ある1000年の間、幾度も遭遇した巫女が一人いた。


巫女は1000年変わらず、いつも魔人の回遊区域に現れた。


魔人はいつものように恐怖を与え、海の汚れ金銀財宝を船に乗せる。


それは人々が進化した証だった。


魔人の生態は研究され、存在海域と海流が解明された。

精巧な人形が作られ、財宝が載せられても壊れない、自動運転の船が開発された。

それにより、その村は爆発的な進化を遂げた。


一大海洋国家“マルチナス”。

その船の名が冠せられた国が1000年の間に生まれた。

船を開発したのが初代国王(その時は村長だったが)マルチナス・マルチナス。


マルチナス一族は優秀だった。

四方を山に囲まれ、移動手段は海しかない。

他国に攻められるとその船は魔人の海域に誘導され、駆逐される。

財宝を載せた船は自国の岸辺に辿り着く。


無尽の錬金術を用いてマルチナスは急速に発展する。


しかし1000年経った日、突然にマルチナスは無人の国家となった。


何故か?


魔人が成人を迎えたのだ。


それまで人魚のようだった魔人の足ヒレが別れ、人の足に変化した。


魂に惹かれてなのか、魔人はいつも巡ってくる船に乗り込んだ。


目的も何もない。


いつものように現れる財宝を載せた船が見えると、人々はまた海の恵みを享受出来ると束の間の喜びを感受した直後、国民全員が発狂し、その身を破壊した。


全ての国民に平等に訪れる恐怖と破壊。


神に祈る間もなく、人々は居なくなった。


後に数少ない貿易をしていた国が、マルチナスを訪れると、忽然と消えた人々と、残された恐怖による発狂により、また1000年、その地は封印された。


魔人は陸に降り立った後、切り立った活火山の山頂からマグマの中にダイブした。


体内から生成された粘液を防御対として、マグマの底に降り立ち、極小の穴を堀続け、この地下ダンジョンに辿り着いた。


ダンジョンに辿り着いた時、魔人は数ミリの小ささになっていたが、長いダンジョン生活の中ですっかり元の大きさに落ち着いた。


その魔人が変態を見付けた。


魔人は何も知らない。

魔人は何も分からない。


ただこの世界に生かされているだけの存在だ。


厄災として。


そんな国家破壊レベルの恐怖が超接近の中で変態を襲う。


基本変態に恐怖は無い。

しかし、魂に刻まれた恐怖というものが存在する。


自らの存在を抹消するが如くの恐怖。


産まれて初めて味わう“恐怖”という感情。


その時、変態は涙した。


「有り難い…!」


変態が変態たる由縁は、全ての痛みを快感と捉えるところにある。


変態の中で恐怖は心の痛みに変換され、快感へと昇華されていく。


身が震える程の“恐怖快感”。


これは捨て難い!


そう変態は考えると魔人との接触を試みた。


スクッ


変態は立ち上がると真っ直ぐに魔人に向き合った。

魔人もヒソヒソ話を止めて、変態と真っ直ぐに向き合う。


「オマエ、スバラシイ、ジブン、キモチイイ、フタリ、トモダチ」


変態は片言の言葉と手振り身ぶりでコミュニケーションを取ろうとする。


魔人に変態の言葉は分からない。しかし熱意は伝わる。


魔人はコクンと頷くと、いそいそと変態の肛門へ向かい、頭から潜り込んだ。


ズヌズヌズヌ。


「オオオオオオ…!」


変態の頬は桜色に染まり身悶えをする。


こうして変態は常に“恐怖快感”を得ることに成功した。


ちなみに龍であるギには恐怖は効かなかった。


直腸の中で出逢ったギと魔人。


毒ベッドで眠っていたギが魔人に気付いた時、何とも言えない親近感を得た。


共に安住の地を得た一匹と一人。


ギは恭しく魔人に毒ベッドを譲ると、魔人は無言で毒ベッドに横になった。


魔人にとって産まれ出でて初めての安息。


微かに生まれた自分の存在が受け入れられたという感情。


傍らには小さな龍が尻尾を丸めてスヤスヤと眠る。


“心”を“受”け入れると“愛”が産まれる。


生まれ出でて数千年、魔人はこの日、産まれて初めての愛を知った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る