第12話 VS杖

シタタンシタタンシタタン


変態はひたすら高速スキップをする。まだ見ぬ強者を夢見、愛する者との誓い(一方的)を守る為に、北へ向かえと言われたのも忘れ、東へ進む…!


ピュインピュイン

「む…!」


変態のアフロ(スライム)が妖怪アンテナのように前方を指し示す。


しかし遅い!

変態は既にそれを出発前から感知していた。


ブチブチブチ!

シュポ!


変態は素早くスライムの付いた頭髪を毟り取ると肛門へ収納した。


「ギ」


直腸の中でギは素早くそれをまとめると自分のベッドに仕立てあげる。

毒ベッドだ。


「ギ」


ギはそこで産まれてから初めて安眠を得た。


卵時代の温かい記憶。

産まれてからすぐに戦闘に明け暮れたギにとって、少しずつ変態の直腸に母のような慈愛を感じていた。


一筋の涙。

それが何なのか“ギ”にはまだわからない。


---


変態は感じていた。


遥か東から溢れ出す禍々しい雰囲気。


その障気に当てられればアフロなど一瞬で蒸発してしまうだろう。


あのご褒美は捨てがたい。


そう考えての収納だった。


シュー…シュー…


ところどころまだらハゲになったアフロにこびりついたスライムが紫色の煙を出して溶けていく。


刹那!


ぐにゃあん


変態の体が突然歪み出す。


骨が、軟骨化したのだ。


ズベシャーッ!


高速スキップの足がもつれ、変態はカーリングストーンのように滑り出した。


汗。


変態の汗は天然の極上スキンローションなのだ。


常に肌はピカピカなのには訳がある。

それは敵に容易に捕まえられないように、また愛する者との深いコミュニケーションの為だ。


この汗には変態の細胞が存在する。それ故無意識による存在肯定機能が働き、その体型に相応しい形態に変化を遂げる。

その身体は地面との摩擦を0.00000000000000001以下に維持し続けることが出来る。


それから何時間か、変態は滑り続けた。


変態は考える。


骨の軟骨化はそれだけでも生物には致命傷だ。

なぜならば硬い頭蓋骨が脳を維持しているからだ。


例えば魚を飼っている水槽を思い浮かべると分かりやすい。


突然水槽が軟らかくなったら魚はどうなるだろうか?


水圧に耐えきれなくなった水槽は歪み、魚と共に水を外へ排出してしまうだろう。


そこに至るのは死。


脳圧の急激な変化による小脳や間脳、神経の圧迫により、対象はあっという間に機能不全に陥るだろう。


精神体であった元魔王である変態が受肉したこの身体も同じことだ。


しかしそこは変態。

この状況すらも己にとってはご褒美だった。


急激な脳圧の変化による脳の膨張、それに伴う発狂レベルの頭痛。


身体は溶けたように自由が効かない。


当然変態は細胞レベルで自己修復能力があるので死には至らない。痛感神経の遮断などお手のものだ。


しかし変態はそれを自らの意志でこの状態を受け入れていた。


相手のご褒美を全て受け入れてこその勝利。

それこそが変態がこの世界に存在する理由の一つだからだ。


それ故変態は魔王になってしまった。


戦う相手の力をご褒美として戦い続けた結果だけの話だ。


もちろん先の悪魔神のような攻撃をずっとは受け入れられない。変態もそこら辺はわきまえている。


スキップは好きだったが、痛みを伴いながら滑るのも趣がある。


そう考えたり、また、暇なので脳内で一人変態ババ抜き(常にババが自分)などを精神的自虐も楽しみながら、変態は幾日も滑り続けた。


---


数日は経過しただろうか?


地下に照らされた太陽の光が薄暗くなった頃、滑る変態の先に泥のような、岩のような、丘が現れてた。


「変態アイ!」


変態は滑りながら目を見開く。ちなみに変態に瞳はない。全部白眼である。細胞が全て感覚や目のような知覚を備えている為、通常ならば目は必要ない。時おり気分的に目の細胞から視覚を感じたいだけだ。ただ、やはり目に精神を集中すると、物事は良く観えた。


「ほぅ…」


変態の肛門が疼く。


その丘に近付くにつれ、身体は溶けたように軟体になっていく。


しかし、その丘にそそりたつ一本の杖に変態は心を奪われていた。


雄々しい。

雄々しいのだ。


一見するとただの木の杖にしか見えない。しかし、気だるく、だが雄々しい力をいかんなく発揮している。


丘の麓に辿り着いた時に変態は、すでにドロドロの液体のようになっていた。


ズルリ…ズルリ…

ズルズルズルズル!


液体のようになった変態は高速でその頂きに在る杖に向かい登り始めた。


更に数時間後、丘の頂きに変態はいた。


杖は意外に大きく、変態の倍の高さはあった。


その杖の下には一人の老人が座っていた。


全裸だった。


ジュルリ…


変態は涎を啜る。

変態にボーダーラインは存在しない。


スクッ!


変態は軟体を解除して細胞を立て直して立ち上がった。


「…貴様は強者か…?」

「…」


老人は答えない。

その代わり、老人は頭から砂のように音もなく崩れ去った。


(…次世代の守護者…)


その言葉だけを変態の心に残して。


「ム…」


変態の肉体は動かない。

そして頭の中に老人がここに至る物語が記憶として染み込んできた。


老人はかつて世界を救わんとした若き勇者だった。

その時代の魔王を倒し、その元凶が地下にあることを知り、地下世界を旅し、ようやく魔王の産まれ出ずる元凶を発見した。

しかしそこを破壊する力を若き勇者は持たなかった。

そして魑魅魍魎の蔓延る地下迷宮を若き勇者はさ迷い続けた。

巨大な力が散見されるこの迷宮にそれを破壊する力があることを信じて。

そうして若き勇者はこの杖に辿り着いた。

杖の力と光の力は同系列の為、勇者はなんなくここに来ることが出来た。

若き勇者は杖に説いた。

悪の元凶を一緒に封じてほしいと。

その瞬間、杖から溢れ出た力は若き勇者に向けられた『確保』だった。

若き勇者の身体は自由を奪われ、その光の力は杖の養分とされた。

杖は、光の力を養分にして、ただそこに存在していた。


闇の中で、ただひたすら僅かな光の力を集め続けた杖。


悠久の時を、ただ静かに。厳かに。闇の中でただ静かに。


誰が備えたのかも解らない。

何に備えたのかも解らない。


そんな杖。


消え去った老人の記憶は深く、変態の心に染み入った。そう、その苦しみすら、変態にはご褒美なのだ。


変態はまるで銅像のように動かなくなった身体をもご褒美とし、幾日もその場で立ち尽くした。


---


カッ!

変態の目が突然に見開く。

それは杖の力が変態に及ばないことを意味していた。

その瞬間、


仝〆~∥(+≦℃*#¢£★○▲↓〓∈∧◆◆◆◆◆◆◆!!!!


変態の思考に何かが飛び込んできた。


┨┠┓├юцЭёЖΩゑ†∇⇒⊇⊆〒▼◎&**@¥∞±「》‥ヾ゛・℃↓〓#¢∧◆…!!!


嘔気を伴う頭痛と共に、思考に入り込む幾何学的模様が延々と羅列される。


ご褒美だ。


変態はまた幾日もそれを堪能した。


---


カッ!

再び変態のその目が開かれた時、杖はフッと力を無くした。


「さて…メインディッシュだな…」


変態がそう呟くと、杖がブルッと身を震わせた。


「…ほぅ…ヴァイブレーション機能付きか…!」


思わず変態も心踊る。


ズ…ズズ…


変態にはこの重い足取りすらご褒美!

この時間すら捨て難い…!


一歩一歩、変態は踏み締めながら杖をよじ登り、ついには頂きに辿り着いた。


「ふー…」


杖の頂きに腰を下ろす変態。


「うむ」

変態はパンツの紐を少しずらすと杖の頂きに肛門を押し付けた。


ズクン!

ブルル!

「オゥフ」


一気に杖の頭部を肛門へ引きずり込むと、杖が震えた。


途端、杖から変態に光の力が流れ込む。


魔の者である変態にとって、光の力は猛毒である。


肛門の端から、光の粒子が溢れ落ち、肛門と共に粒子化して消えて行く。


「ぐ…ぬふふぅ…♥」


光の力VS変態。

光の力VS肛門。


数え切れない程の時間に貯め込んだ光の力、それが魔の者である変態の肛門に吸い込まれていく。


決して変態の肛門に吸い込まれる為に貯め込まれた訳ではない光の力。


杖は最後の力を振り絞り、必死に抗う。


しかしほんの少し、変態の肛門を溶かしたに留まる。そして、その状態すら変態にとってはご褒美なのだ!


ピルピルピルピル


杖はおかしな音を奏出す。


「フ、フワーッ!フワーッ!♥!」


変態の頬が桜色に染まる!


ズクン!ズクン!ズルズルズルズル!

「ぬわー♥!」


チュポン。


光の粒子となり、最後まで足掻いた杖は変態の肛門に吸い込まれた。


ブルッ!


変態は一つ身震いをすると、恍惚の表情を浮かべていた。


光の力は今まで何度も味わったことはあるが、これは極上だった。


例えるならドリアン。

ドリアンは臭い。しかし果物の王様だ。そしてその臭さすら好きな人がいる。


魔王すら屠る光の力溢れる若き勇者をも養分とした杖。


変態にとっては極上のドリアン。


「究極の…デザートだな…」


ズサーン…


砂上の楼閣のように丘が崩れ去る。


砂煙の中から変態は姿を現した。


まだらハゲになったアフロが光輝いている。


「フム…」


シタ…シタ…

シタタンシタタンシタタン!


変態はまたスキップしだした。

まだ見ぬ強者を求めて。

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