第5話 VS悪魔神官

「おに~のパンツはいい~パンツ~、つよいぞ~、つよいぞ~」


 変態は進む。


 あるところまで行くと壁が人工的に変わってきた。


 ところどころ悪魔のレリーフが掘ってあるレンガの壁。


 変態は知っていた。


 これは古代悪魔神のレリーフだ。


 信仰による集団力の強化に使う神の象徴。


 集団というのは個々の弱点を無くす為の自衛手段に過ぎない。


 例えば、一人が風邪で仕事を休んでも、集団でいれば他者がカバー出来る。スタンドプレーを好む者に集団生活は難しい。そうやって群れを為すのは種を保つ為には有効手段なのだ。


 そこには象徴的な神や儀式が有効だ。それは『集団の意志統一』の為だ。


 だから会社でも朝礼をしたり、社訓を読ませたりするのだ。


 変態は種族の頂点を経験したが、故に個の煌めきを大切にしていた。


 『集団』と『個』は表裏一体だからだ。


 だからこそ。

 だからこそ、この場所には違和感を感じる。


 人の思考を縛り上げる何かを変態は感じていた。


し」


 変態は呟いた。


 しばらく軽快なスキップをしていると大広間に出た。


 周りには古代悪魔の神々の石像が並び、山のような蝋燭が立ち並べられている。


 異形な造形を持つ古代悪魔神。その姿は美しく、そして禍々しい。


「生け贄だ」

「生け贄だ」

「生け贄だ」


 あちらこちらから何者かの声が聞こえてくる。


 変態は気付いた。


 これはアッチ系のヤツだ。


 “アッチ系”とは精神破壊系の攻撃のことだ。


 心には怒喜悲思憂恐驚という7つの心情があり 、それを合わせて『七情(しちじょう)』という 。


 “アッチ系”はこの心に侵入し、対象を操ったり破壊したりするのだ。


 声の方向は分からない。しかし頭に塗ったワックス(スライム)が妖怪アンテナのようにある方向を指し示した。サザエアフロな髪がグンと引っ張られる。


 変態もある程度は分かる。しかしスライムはピンポイントで反応を示した。


「キュインキュイン」


 頭のスライムが音を発した。


「ム…!」


 スタタンスタタン!


 スライムが指し示す方向へ変態的なステップで素早く移動する。


「ピュインピュイン」


 スライムは悪魔神の脇にある神官の石像を指差した。


 パァン!

「ヘブシッ!」


 変態はその石像に平手を張った。石像は一瞬声を発したが、そのまま知らんぷりをしている。


 コイツは脆い。


 ペシィッ!

 ピシィッ!   

 

 変態は無言でビンタを張り続ける。


「ふぶッ!」「ブシッ!」等と声を出すが、石像はあくまで石像のフリを続けていた。


 ビンタをし続ける変態。


 ビンタは心を折るのに最適な攻撃法だ。


 相手を強く傷付けずに直接脳に響く派手な音を出し、尚且つ脳が揺さぶられる。


 圧倒的支配下にある状態でビンタをされ続けると発狂し、脳と精神に障害をもたらしていく。


「…おまえは生け贄だ…」


 ようやく石像は声を発した。


「…おぬしは強者か?」

「…私は違う。悪魔神様が真の強者だ」

「呼び出せ」

「生け贄が必要だ」

「おぬしがなれ」

「…分かった」


 色々達観したのであろう悪魔神官は観念したかに見えた。

 その瞬間。


 バチバチバチ…!


 変態と悪魔神官の間に黒い雷が球になって現れた。


「ム…!」


 バギャアンッ!!


 変態が目を見張ると黒い雷は激しく弾け飛んだ。


 ドンッ!バゴンッ!ドゴンッ! 


 変態は激しく吹っ飛び天井にぶつかると、そのまま落下した。


「兄者、大丈夫か?」

「問題ない。殺るぞ」

「久しぶりの生け贄だ」


 もう二体の石像が動き、ビンタをされた石像に近付く。


「行くぞ、“トライアングル”だ」

「ハッ!」

「おぅ!」


 悪魔神官の石像は三方に散り、それぞれ詠唱を始めた。


「悪魔神ビブルに請う。魔界より蘇れ、太古の炎よ、純全なる悪の炎、対象を焼き尽くせ…」

「悪魔神ガガクシャに請う。悪雲より轟く黒い雷よ、黒光となりて、閃光と共に振り下ろさん…」

「悪魔神グラクチァに請う。漆黒の吹雪、狂う極寒の地より、魔界の黒雹、対象を破壊せよ…」


 三体の悪魔神官が中二的な詠唱を施すと、地獄の業火、雷、雹漠が床から現れた。


 なるほど、いかに属性耐性が強くとも三つ全て対応出来るものは少ない。ましてや禁術である地獄の大気を用い、悪魔神の力を借りた呪文の威力は凄まじいと想像に難くない。


 変態はゆらりと立ち上がると小刻みに変態的なステップを繰り返した。 


 徐々にステップは素早さを増し、風が埃を舞い上げる。


「変態ステップ!」


 あまりの早さに変態の身体はゆっくりと変態的な動きをしているかに見える。


 悪魔神官達はタイミングを見極めながらそれぞれの力を高めていく。


「燃え尽きろ!『ビブル・バズ・ストーム』!」

「焦げ尽くせ!『ガガクシャ・ライアー』!」

「凍り付け!『グラクチァ・ブリザード』!」


 三方から黒い炎、雷、雹漠が嵐のように変態を直撃する。


 ビカァッ!

 ドロゴッシャンボーボーバチバチビカビカビカー!


 ブラックライトのような光が融合し、変態の身体を地獄の嵐が一本の柱となり貫いた。


「ぬわーッ!」


 変態は魔法の嵐に直撃した。変態ステップは暇だからしてみただけだった。


 地獄の嵐が変態を貫いていく。その間、嵐に捲き込まれながら変態は何やらおにぎりを握るような動作を繰り返している。


 徐々に嵐は収まっていき、視界が開けていくと三神官は目を見張った。


 変態は無傷だった。


 手には黒光りした漆黒の球が在った。


「これはぬしらのエネルギーを球にしたものだ」


 変態はそう言うとおもむろに、自らの肛門に球を当てがった。


「これはこうだ」


ズグン!


 変態は肛門で地獄の嵐を飲み込んだ。


「うぉおおおお…ッ!!」


 変態の大腸で地獄の嵐が吹き荒れる。変態は身悶えしながら恍惚の表情を浮かべていた。


 地獄すら生ぬるい。


 そう言葉に出さずに態度で示した変態がそこにいた。


「兄者…!」

「…第二プロセスへ以降だ」

「分かった」


 身悶える変態から目を離さないようにして、三神官は詠唱を始めた。


「「「動け石像よッ!悪魔神の魂よ!石像に宿れッ!」」」


 広間の中心にそびえ立つ一際大きな悪魔神の石像の目が怪しく光る。


 途端、石像は極彩飾の色味を帯び、きらびやかに輝きだした。


 悪魔特有の強い原色を用いたボディ。


 上級悪魔神ザルガンブルがここに召還された。

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