第5話 おれのピンチ

 おれは、ぴぃんとシンケン丸の柄を指で弾いて、刃についた砂を振るい落とす。

 シンケン丸には、裏焼きの「e」の文字が象嵌されており、ゴーレムに刻印された「emeth(真理)」の真言マントラを「meth(死)」に書き変えてしまう能力があるのだ。


 ゴーレム、残り5匹。

「ガァァッ」

 背後から襲いかかられ、身を翻して切り裂き、左右同時に襲ってきた2匹を入れ違いながら二つ胴まとめて両断。

 逃げようとする残り2匹を背後から容赦なく梨割りにした。


 紫色の街灯に照らされたアスファルトが、関東ロームの赤土で黒く覆われている。土に還ったゴーレムどもの末路だ。


 パチパチパチ、と緩慢な拍手が響く。振り返ると、垂れ目が手を叩いてた。

「見事だね、マモルンジャー。大した腕だ。そこで相談だけど、ぼくたちの組織に入る気はないかい?」


「おまえたちの組織?」


「そう。犯罪組織パンデミック。ぼくはそこの幹部・魔導拳士グリムワードだ。ぼくらの組織に加入してくれるのなら、今この場で、現金百万円支払おう。どうだい?」


 うおーぅ。

 おれは一瞬眩暈めまいがした。


 現金! 百万円!


 正直、夢を追う男現在無職のおれとしては、現金百万円はあまりにも甘美なご褒美だった。


「だが、断る!」


「いま、だがって、つけたよね。躊躇したでしょ」


「おれは金には興味がない。こう見えて、おれはIT企業の社長なのだ」


 嘘である。本当は無職だ。収入はない。が、ここはハッタリで、誤魔化す。いや、想像の力だ。イマジネイションだ。このグリムワードとかいう男の、トッキュウ一号みたいな顔のおかげで、助かった。あやうく誘惑に負けるところだったぜ。


「そうかぁ、残念だなぁ」グリムワードとかいう横文字の名前の垂れ目は、肩をすくめた。「じゃあ、死ね」


 ぼっと音を立てて燃え上るように、奴の身体のあちこちから紫色の炎が噴き出す。


「うおっ」熱気に押されるように、たたらを踏んで後ずさるおれの目の前で、紫色の炎の中から、パープルのアーマーに包まれた、スリムでメタルなダーク・ヒーローが姿を現す。

 くそう、敵の幹部はどうしていつもヒーローより格好いいんだ。


 パープルのメタル戦士グリムワードは、ベルトのホルスターから、自動拳銃を抜いて、おれにその銃口を向けてきた。


 拳銃。実銃だ。普通の自動拳銃。魔導拳士って言ったよね、グリムワード。きみ、拳士なのに、素手じゃないの? そこは突っ込んじゃダメなの?


 が、しかし、拳銃。飛び道具。


 今現在の奴との間合い、どう少なく見積もっても、大股五歩。太刀間合いまでは、ほど遠い。


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