第2話 おれの任務

 ジラフちゃんは、地下鉄を乗り継いで、自宅の最寄り駅で降り、近所のスーパーで夕食の材料を買い、オートロック完備のマンションへと向かう。

 今夜の夕食は、材料から判断するに、麻婆豆腐。居酒屋のバイトは本日はお休み。


 ステージ上のジラフちゃんは、スリムな体形からは想像もできない激しいダンスと、低いボイスが魅力のドSキャラだが、素顔はショートカットのスレンダー・ガール。ステージ上の、緑色のカラーコンタクトやパープルのリップからは想像できない、地味な印象だ。ただし、目が大きくて細面の容貌に、抱きしめると折れてしまいそうな細い身体は、おれの理想のタイプであると言える。


 おれは周囲を警戒しながら、彼女のあとを歩く。

 怪しい影は本日も皆無。危険なストーカーや、通り魔、痴漢のたぐいは、周囲には存在しない。


 彼女のマンションの前まで無事ガード完了。本日の任務はこれで終了か。

 そう思ったとき、ジラフちゃんがマンションのエントランスでくるりと踵を返し、こちらに向かってつかつかとヒールの音を響かせながら、早足で歩み寄ってきた。


 まずい。隠密にガードしていたつもりだが、勘付かれたか?


「ねえ、ちょっと、あんた、いいかげんにしてくれる!」ジラフちゃんのヒステリックな叫び声が、街路にこだました。「毎日毎日、ひとのこと、つけまわして。これ以上やったら、ストーカー被害で警察に通報するわよ!」


「え?」

 おれは、驚いて自分の背後を振り返る。


 ……だれもいない。


 もしかして、おれに言っているのか?


 おれは、左右を見回し、他にだれかいないか確認した。


「おめー、だよ、おめー! おめーだって、言ってんの!」

 ジラフちゃんは、刺すように伸ばした人差し指をおれの鼻先に突きつけた。

「このド変態のストーカー野郎! 今度あたしの視界に入ったら、即通報するからな。あと、あたしのポストを開けて郵便物を盗み見てるのも、防犯カメラで確認して管理人さんに映像を保管してもらってるから、それも証拠として提出するぞ。二度とあたしの周囲をうろつくんじゃねえぞ、わかったか、このキモオタ!」


 おれは、ジラフちゃんの怒りの、あまりの激しさに茫然としてしまった。

 なんとしたことだ。おれのガードに、彼女が気づいていたなんて。これは全くの計算外だった。どうしよう。これから、どうしよう……。


 怒りをこめた早足で、マンションのエントランスに向かう彼女の、怒った背中を見つめたまま、おれは惚けたように立ち尽くす。

 どうしよう。彼女に勘付かれてしまった。そして、彼女に嫌われてしまった……。


「きゃっ──」

 くぐもった悲鳴があがり、そして途切れた。

「ん?」

 おれは目を上げ、ぞっとなった。


 黒服の男たち十数人が、ジラフちゃんと取り囲んでいた。中心にいる茶髪でイケメンだが垂れ目の男が、ジラフちゃんの細い片腕を背中に捻じりあげ、もう一方の手で彼女の口を塞いでいる。


 なにが起こった? おれはぎょっとして目を見開く。

 助けに行かねばという思いと、目の前に突然出現した非日常の犯罪現場、黒服の男たち十数人という人数に、足が竦んでしまっていた。

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