ドロドロ

「ここは...」


僕は、気がつくと、不気味な建物の中にいた。薄暗くどんな場所か言葉で言い表せない。


「かばんちゃん...?」


「うわっ...!

って、サーバルちゃんかぁ...

脅かさないでよ...」


「ここ...、どこだろうね」


キョロキョロと見回すが出口も無さそう。


「とりあえず、出れる所を探さないと」


あまりにも不気味な雰囲気だったので、

僕はサーバルと手を繋ぎ、出口を探すことにした。



薄暗い空間を歩く。でも、微妙に広くも感じる。


僕たちの目の前に看板があった。


「ねえねえ、なんて書いてあるの?」


「うん...

ショッピングモール...、開店

セール?」


「なにそれ?」


「多分...、ここの場所じゃないかな」


僕達が立ち尽くしていると、


“ピンポーンパーンポーン”


と音が鳴った。


「なんだろう...?」


しかし、あとに続きはない。

不思議だなぁと思っていると、トントンと肩を叩かれた。


「どうしたのサーバ...」


僕が見た彼女の顔は青ざめていた。


「あ...、ああ....」


震えながら指を指す。

その先には。


「逃げようっ!!」


サーバルは僕の手を引っ張り全速力で走り始めた。


「うわああああああっ!!」


鋭い歯を持った“ドロドロ”した奴が追ってくる。


目の前にある階段を駆け上がる。

2階へ行くが、その“ドロドロ”も追いかけて来る。


その見た目からして、話が通じる様な

相手ではない。



「かばんちゃん...っ!!

乗って!!早く!!」


サーバルの背中に飛び乗る。

云々言っている暇はない。


僕をおぶった状態で猛ダッシュする。

持久力には自信があるのが功を奏した。


僕は時折後ろを振り向き、あの

おぞましい奴の姿を確かめる。


(あれ...、どっかで...)


「かばんちゃん...!

私がアイツを引き付けておくから、そのうちに逃げて...!」


「えっ...、でも、そんなっ!?」


「いいから!私は大丈夫だから!」


二又に分かれる所で僕を降ろすと、

さっさと行けと促される。


僕は仕方なくサーバルと別れた。


そして、行く宛も無く走り続けた。


(とりあえず...!どこかに隠れないと...)


左側に店があった。

棚の後ろに一先ず隠れた。


「ハァー...ハァ...ハァ...」


心臓がバクバクしている。

こんな恐怖体験は生まれて初めてだ。


セルリアンと遭遇した時よりも、もっと

激しい恐怖心が、僕を襲った。


しかし、何だ。

あれを初めて見た気がしない。


ドロドロの牙があって、目が無いヤツに

追いかけられる...


(...!)


思い出したのは昼間の出来事。

あれは彼女の口から語られた、“怪物”そのものだった。


(サーバルちゃん...!)








「しつこいよ...!」


体力には自信のある彼女も焦っていた。

懲りずに“ドロドロ”は追いかける。


「...!!」


急に立ち止まり振り向く。

不幸にも、行き止まりに追い込まれてい

た。


ヤツはゆっくりと大口を開ける。


(に、逃げられない...)


低音のノイズの様な声を響かせながら、

覆い被さる様に、その口を近付けた。


「やめてっ...!!」










「はっ....!」


同じタイミングで、ベッドの向かいのかばんも目覚めた。


2人は何が起こったのかわからない様子で顔を見合わせた。


「ねえ、変な“ドロドロ”に追いかけられなかった...?」


サーバルが恐る恐る尋ねた。


「ゆ、夢だったの...?」


夢でよかったと安堵するべきか、よくわからない。


「ゆ、夢かぁ...、なら良かった...」


ホッとサーバルが胸を撫で下ろしたが、

かばんには1つ確認したいことがあった。


「あの怪物、見たことある...いや、

正しくは、聞いた事ある」


「ど、どういうこと?」






ロッジの広いスペース、4人がけの椅子と机が並べられている。


「すごく奇妙な夢を見たんだよね。

赤黒く、なーんか不気味なところだったよ」


「先生もですか?私も似たような夢見ましたよ」


「私もですよ...、怖かったですよ」



ロッジの3人が話している所に、2人がやって来た。


「あの、タイリクさん」


かばんが語気を強めタイリクに迫った。


「昨日、ドロドロした牙をもった得体の知れない怪物に追いかけられるっていう怖い話をしましたよね!?」


「え...っと...」


彼女は目を泳がせた。


「夢の中でそれに追い掛けられました」


そう告げると、驚いた顔で、


「本当かい...!?」


と声を上げた。


昨晩の夢のことを詳細に話した。

すると、タイリクは貧乏揺すりをして

慌てた様に、少し早口で話した。


「私の話した怪物が夢に出てくるなんて、たまげたよ...。仮に、あの話の通り事が進むなら、あと4回逃げ切らないといけない...。他人事じゃない。昨夜あの話を聞いた全員が同じ夢を見ている」


「それに、あの怪物に食べられたら死ぬって言ってましたよね。タイリクさん?」


かばんの目には怒りが篭っていた。


「そ、そうカッカしないでくれ。

こうなったのは私のせいじゃない。

なんかの怪奇現象が起きてるだけだ。

というか、寝なければいいだけの話じゃないか...!仮に眠ったら、逃げ切ればいいだけの話さ」


4人はお互いに顔を見合わせあった。





2回目の夜。


「先生、コーヒー飲み過ぎじゃないですか」


アミメキリンが心配そうに言う。


「自分で作った怪物に自分が食べられちゃお笑いでしかない」


カップを置き、再びペンを持つ。

しかし、卓上の紙は白紙のままだ。


「先生...、守ってくれますか?」


「・・・それは」


アミメキリンの唐突な質問に答えられなかった。

もし、彼女と居る時にあのバケモノが襲いかかって来たら...


自分の命と友人の命、天秤にかける事になる。


その質問に答えぬまま、無意識に白紙の紙に黒い塊を描いていた。



「サーバルちゃん...」


「かばんちゃん、一緒に寝よ」


サーバルはそう誘った。


「変な怪物が襲ってきたら、絶対守ってあげるから...!安心して!」


「ありがとう...」








「...」


アミメキリンが気が付くと、昨日自分がいたあのうす気味悪いショッピングモールにいた。


ハァ...と息を吐いた。


本能的に身体を動かす。


(逃げ切れればいいんですよ...)


辺りを確認する。


(タイリクさん...、別の場所にいるんですかね?)


「アミメキリンさん!」


その声でビクッと後ろを振り返った。


「ア、アリツさん...」


「良かった...、昨日は出会えなかったので...」


ホッと胸を撫で下ろした。

それも束の間。


ピーンポーンパーンポーン


悪夢の時間が始まる。


2人の目の前には天井から“ドロドロ”が

落ちてきた。






翌朝


タイリクは目を充血させ、無意識にペンを走らせ続けていた。真っ白だった紙は真っ黒だ。


ふっ、と顔を上げた。

朝日が目に入り痛い。


「徹夜ぐらいどうってことないじゃないか...、あははははっ...はぁ...」


眠い。だが、ここで寝ては水の泡だ。

後...、3回。


「ああああああっ!!!!!」


「....んっ!?」


キリンの叫び声で目が覚めた。

同じ部屋だったのに、彼女が存在していた

事をすっかり忘れていた。


「あ、あ、アリツさんが...」


「アリツカゲラがどうしたんだ...?」


「た、食べられたんです...。

あの“ドロドロ”にっ...!!し、死んじゃう...」


息を乱し動揺する。


「お、おい、バカ言うな。

夢の話だぞ!夢の中の怪物に襲われたくらいで死ぬなんて...」


キリンはタイリクの話をちゃんと聞かず、

すぐ様アリツカゲラのいる部屋へ向かった。


先に彼女の部屋にいたのは、かばんとサーバルだった。


「かばんさん!アリツさんは...」


「...、ダメです」


「う、うそだろ...」


一気に血の気が引いた。


「そんなっ...!!私を庇ってくれたばっかりに...」


キリンが涙声で言った。


「タイリクさん...」


かばんの声色は強ばっていた。


「ち、違うっ!

こんなの...こんなの嘘だ!!

私を陥れる為にお前がアリツカゲラを殺したんだっ...。私は悪くないっ...!!」


「何言ってんの!!

かばんちゃんは殺してないし、タイリクひどいよっ!!」


「う、うるさいぞサーバル...。

私は悪くないからなっ...」


「タイリクさん、これは悪い悪くないの話じゃないんです」


かばんがハッキリと言った。


「問題は、あの“鬼ごっこ”が後3回もある事です。そして、今日アリツカゲラさんが、犠牲になってしまった...。

冷静に、対策を考えるべきです。

今回は、誰も悪くない」


その言葉で辺りが静かになった。

その分、アミメキリンの泣き声は余計に聞こえた。


「...昨日と比べてヤツの移動速度が早くなっている気がします。僕とサーバルちゃんは昨日一緒に手を繋いで寝ました。そしたら、同じ場所に出たんです。キリンさんとタイリクさんも同じ場所で寝てくれれば...」


「寝る?何を言ってるんだ!こんな状況で寝れるわけが無い!私は死にたくないんだ。誰がなんと言おうと、寝ないからな。

どうせヤツは倒せはしない...!

君らも起きてたらどうだい?」


そう言い、部屋を出て行ってしまった。


「何アイツ!自分が発端なクセして、何あの態度?」


「サーバルちゃん...。

2度も襲われて、犠牲者も出たんだよ。

平常心を保つのが、難しいんだよ...」


「それは...」





(まずいな...。後3回...。

アリツに次いでキリンの奴まで死なれたら困る。私を守る壁が居なくなるじゃないか...、どうするべきか)


「おーい、誰かいないのかー?」


(その声は...!!)




結局全員同じ部屋で寝る事になった。


「タイリクは?」


「あの人は自ら寝ないって豪語してましたし、何があっても自己責任にしましょう」


「...お願いします」


「アミメキリンさん、絶対生き残りましょう...」


かばんは彼女の手をしっかりと握った。


一方...。


「...ということなんだ。

私と一緒に寝てくれ」


「鬼ごっこは面白そうなのだ!」


「変な夢の話だねー...」


たまたま、かばん達を追いかけて来た

フェネックとアライさんを壁に使うという

名案を思い付いた。

久々にゆっくり寝られそうだ。






「なんなのさ、この不気味な所」

「こ、怖いのだ...」


「怖い?大丈夫だよ。

単に鬼から逃げるだけさ。食われてもなんて事ないから。とにかく2人は私のそばを離れないでくれ」


そう嘘を言った所で、

“ピーンポーンパーンポーン”と、

放送が鳴った。


すると、直後。

背後、30m程後ろに奴が出る。


「ちょっ...、何アレ...」


「バ、バケモノなのだっ...!!」


「逃げるよ!」


2人に声を掛けた。

かばんの言った通り、少し早いかもしれない。


上手く障害物を利用し、交わす。


「よし、いいぞいいぞ...!!」


順調に距離を広げ広場に出た時だった。

後ろを振り向くと、2階に何かいる。


「んなっ!?2匹!?」


「のだっ!?」


「えっ...」


上にいた“ドロドロ”は飛んだのだ。

巨体は飛翔し...。


「あっ」


フェネックの上に着地したのだった。


「フェネック!?」


「ダメだ!!手遅れだ逃げるぞ!!」


慌ててアライさんの手を取った。


「フェネックは大丈夫なのかっ!?」


「ああ...」

(もう死んだけどな...、雑魚いなあ...)


“ドロドロ”は追いかけて来る。


(つか、アイツに構ってられっかよ...)


「あれ...?タ、タイリク!?」


アライさんが気付いた時、タイリクの姿は無かった。

行き止まりに、いつの間にか取り残されてしまった。


「あ...、ああっ...」


“ドロドロ”は大きな口を開けた。


「ア、アライさんとお友達になりたいのだ?」


『グ...グググ...』


「き...、君の名前は...」








「ハァー...、使えんなあ...」


タイリクが目覚めると、常に2人は息絶えていた。一時の眠りが永遠の眠りになっただけだ。


「今日は起きとくか...」


見つかるとまずいのでロッジの窓から投げ捨て、何事も無かったかのようにコーヒーを沸かした。





「よし...、誰も欠けてませんね!」


「すごく危なかったですよ...」


「あの...、フェネックとアライさんが

居たような気が...、気の所為だよね」





目の下にクマを作ったタイリクは大笑いしていた。


「アハハハハハァ...!!!

やったぞ!!今日でこの悪夢から解放される...!」


「ハァー...」


アミメキリンは深い溜息を吐いた。

彼女は4回も逃げ続けているのだ。

心身に疲労が溜まるのは仕方ない。


それに比べタイリクは2回しか参加せず5回目を迎えた。


「さあ、キリン!輝かしい明日に備えて眠ろう!」


「...」




“ピーンポーンパーンポーン”


最終日、“ドロドロ”は4匹に増えていた。

動きも俊敏であり、中々撒けない。


エスカレーターを駆け上がる最中にそれは起こった。

キリンの足に奴の触手が絡まった。


「先生っ...!!助けてっ!!」


既に自分は2階に居た。

手を伸ばすキリンの姿を見てこう思った。

自分の命と友人の命。


重要なのは、自分だ。


「悪いなアミメキリン。楽しかったぞ!

お前の分まで生きてやるからな!」


そう言い残し、その場から逃げた。

別れは、淡白な物だった。


「あっ...、せんせ...い...」


ゆっくりと階段を上から下に引き摺られる。ゆっくりと、形容のしようが無い、

“ドロドロ”に脚から飲まれて行った。



1人逃げたタイリクはかばん達と合流した。


「タイリクさん...、アミメキリンさんは?」


「さあな、会ってないな」


サーバルが怪しむような目で見たがどうだっていい。コイツらも壁として利用しよう。そういう魂胆だった。


「とにかく、上に逃げましょう」


かばんの判断で上まで行った。

上の最高は3階だった。


後は夜が明けるのを待つばかり...。





「なーんだ!チョロいじゃないか!

これで悪夢から解放されたんだ~!!!

良かった...」


朝目が覚めた時、キリンは物凄く悲しそうな顔をしていた。


「何を泣いてるんだ君は。

私が生き残っただけでも感謝だろ?

なあ?」


その呼びかけには反応しなかった。


かばんとサーバルは疲れ切った顔でそそくさとロッジを去った。


「まあ4人くらい犠牲になったけど仕方ないね。それがルールだからね」


彼女はそう言うと、大の字になりベッドで寝た。







「...ん?」


ショッピングモールでは無いがあの時と同じ感覚である。


「そんな...、まさか...」


立ち上がり、足元を見た。

思わず。


「え...、“ドロドロ”...」


あのバケモノの身体の一部が足元にあったのだ。水溜まりのように。

すかさず出ようとするが、変に引っ張られ

抜け出せない。


「何故だ!!!なんで私がっ...!!」


声を上げた時、ハッと気付いた。

みんなは5回の鬼ごっこを完遂している。

だが、タイリクは2回分、やっていない。

本来、鬼ごっこはあと“2回”、行われなければならない。


どんどん身体が沈んで行く。


「イヤだっ...!!

死にたくない死にたくない死にたくない...!!助けてくれ!!かばん!!

サーバルっ!!!!!」


腰の辺りまでに“ドロドロ”に沈む。


「イヤだよ....ああああああっ...

死にたくないいいぃぃぃ...」


泣きじゃくりながら主張するが、助けは来ない。

胸の所まで沈んだ。


「もっと漫画描きたいのに...

もっと...、もっと...、誰かぁぁ...

しにたぐない...」


彼女は自分のしたことを忘れたのだろうか。


自分の為に他人を騙し続けた事。

自分の為に他人を道連れにした事。

自分の為に友人を見捨てた事。


「あぅっ...あぁ...ぁぁ...」


伸ばした片腕に手を取ってくれる者は誰一人いない。


あの時、アミメキリンを助けていれば。

まだ、助かったのかもしれないのに。


そう、本人が思った時には、既に遅かった。




“ドロドロ”は彼女を飲み込んだのだ。


これでこの悪夢に終止符が打たれたのだろうか?






「にしても、あの不気味な話もうイヤだね。かばんちゃん」


「うん...」


図書館にやって来た。


「おや、2人共、ちょうど良かった」


助手が声を掛けた。


「この本を見てくださいよ。

全く、バカげたことが書いてあって

笑っちゃいましたよ。博士もビビるもんで」


「何ですか...」


嫌そうに言った。


「怪談話の本なんですがね...。

“ドロドロ”した牙を持った怪物が夢の中に現われて、人々を食らうっていう悪夢の話ですよ...。オマケに食われたら現実で死ぬらしいですね。全く馬鹿げてます。夢如きで人々が死ぬ訳ない...、ってどうしたのですか。2人共、顔色悪いですよ?」











今夜は、寝 れ な い 。

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