ライブで歌い終わり、今日もとても疲れた。皆は楽屋で思い思いに過ごしていた。しかし、私は一人レッスン場で横になり、身体を伸ばしていた。


いつもの事だ。


一旦、こうして精神を落ち着かせてから、皆の元へ行く。

もはや、儀式の様なものだ。


「あっ、ジェーンさん!」


寝ていた上半身を起こし、後ろを振り向くと入口の所にマーゲイが立っていた。

彼女は焦った様子でも、興奮した様子でもなく、森で失くした物を見つけた様な顔をしていた。


「マーゲイさん...、どうしたんですか?」


逆に聞き返すと、彼女は即席の笑いを浮かべた。


「たまたま通り掛かっただけですよ!

ジェーンさんは横になるのがおすきなんですね!全然、そのままで大丈夫ですよ~」


明るい声で言った。


「あっ、そうそう」


唐突に何かを思い出したようだ。

すると、彼女は仰向けになる私の横に、

正座を崩した姿勢で座った。

一瞬、やましい事でも起きるのかと思ったが、彼女は眼鏡越しに私の顔を数秒見つめていた。


「ジェーンさん、こんな話知ってますか?


真夜中に鏡に向かって、話し掛けると、向こうも話返すらしいですよ」


ゆっくりと、慎重に何かを引き抜く様に

話した。


「鏡...?」


そういえばこの部屋には私の背の丈と

同じくらいの鏡があった。最初見た時は不思議だった。なんせ“もう一人の自分”がその場所にいるものだから。

しかし、レッスンなどで使う事もあるので、あまり意識などしてない。


「ええ。それで、何か色々悩み事とか、聞いてくれるとか...、でもまあ、タイリクオオカミさんから聞いた話ですし、嘘かも知れませんけど、アハハハ...」


たしかに、タイリクオオカミは嘘をつく。真夜中に鏡に話しかけると喋るなんて、現実味がない。彼女が海外奇談をしているだけだ。


私はそう思った。

しかし、マーゲイは私を混乱させるように一言付け加えた。


「でも、博士さんが仰ってたんですけどね、鏡って不思議な力があるそうですよ?」


「へぇ...」


その場では、あっさりとした返答をしたのだが、後でよくよく考えたら、少し興味が湧いた。

真夜中に起き続けることくらい容易な事だし、やる事もレッスンかライブくらいしかない。持て余した時間を潰すのには

丁度良いかもしれないと思った。


満月が夜のてっぺんに上がった頃

眠らずに起き続け、レッスン場へと向かった。そして、鏡の前に立った。


「....」


鏡に映った自分が自分の姿なのか。と、

じっくり観察すると新鮮さのようなものを感じる。

その体に何処も異変は感じられない。


話し掛けなければ始まらない。

ゴクリと生唾を飲み込み、鏡に向かって話した。


「こんばんは」


しばらく、鏡を見つめていたが、やはり異変はない。

再度声をかけた。


「...こんばんは」


やはり異変は無かった。

やっぱり、タイリクオオカミの嘘だったのだろうか。


しかし、鏡とは奇妙な物だ。

動きが乱れることも無いし、

ありのままに動く。


予想通りの結果だったが、

こうして鏡と対峙するのも、少し面白い。


鏡の自分に向かい、話し始めた。


「今日もね、沢山のファンが来てくれたんだよ。私ももっと頑張って期待に応えられるようにしないと」


自分が自分に語る。

奇妙で、不思議で、面白かった。


「フルルったら今日もじゃぱりまん

沢山食べてコウテイに怒られちゃって...」


他愛のない日頃の日常を赤裸々に語った。鏡に向かって。


これがクセになった。

次の日の夜も鏡に今日の日のことを話した。


それが恒例化していった。

1週間ほど経った時だった。

私はいつものように鏡に語りかけようとした時、ある違和感を感じた。


鏡の前の自分、笑ってない?


微かではあるが、口元が緩んでいるような気がする。


気のせいかもしれない。

いや、わからない。

自分が無意識のうちにそういう表情をしているのかも。


私は、話しかけた。


「ねぇ、なんで笑ってるの?」




「あなたのお話が楽しいから」



えっ?


戦慄した。

鏡の中の自分が喋った?



「いまのなに...」


「それは、私の声」


鏡の中のジェーンは笑顔を浮かべた。

こっちのジェーンは状況が理解できない。


「ど、どういうことなの?」


「あなたのお話、もっと聞きたいな」


鏡の中の彼女は優しくそう言った。

相手が自分なだけあって、自分が悪いことをする様にも思えなかった。

現実のジェーンは深呼吸をして、話を始めた。


今日やったこと。面白かったこと。

楽しかったこと...


そういう事を話したら、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。


「すごい面白かった!また聞かせてね!」


「うん!」


何時の間にか、私は鏡の中の自分と仲良くなっていた。


真夜中になると、いつもヒソヒソ声で話した。違和に気づかぬまま、彼女を1人のフレンズとして計上していた。


1週間ぐらい経過した。


怖いという概念はすでに消失していた。

その笑顔は純粋な物だと、認識していたからだ。


「ふぁ〜...」


ジェーンは大きな欠伸をした。

最近は夜遅くまで起きているので、

あまり睡眠時間が取れていない。


「眠い?」


鏡の中の彼女はそう尋ねた。


「ちょっとね...」


「寝ていいよ。おやすみ」


鏡の中の彼女は、有名な絵画の如く微笑みを浮かべた。


ジェーンの意識は段々と手前に引き寄せられる綱のようにちょっとずつ後退させられて行った。


鏡の前で横になり、静かな寝息を立て始める。




「...羨ましい」






朝、目が覚めた。


「...ん?」


違和感はすぐにやって来た。

何故なら自分がまだ“寝ている”からだ。


(...夢?)


そして部屋の奥からメンバー達がやって来た。


「おい、何でこんな所で寝てんだよ〜」


「風邪ひいちゃうわよ!」


「じゃぱりまん食べるー?」


「もう朝だよ」


自分を起こす、仲間の姿。

だが、彼女らが起こしているのは自分じゃない。


「ちょっと!!」


ジェーンは立ち上がり、“向こうの世界”へと駆け出した。


ドンッ


「あぁ...」


その世界への扉は固く、閉ざされてしまった。

両手を握り、その扉を必死に叩くもその音が、彼女らに聞こえることはない。


「出して!!違うの!!それは私じゃない!!」


嘆く声も、彼女らには聞こえない。

篭ったような声が反響するだけだった。


向こうの彼女はゆっくりと起き上がった。


「ああ、私...、何でこんな所で寝てたんだろう」


あははという愉快な笑い声を出した。


「さ、行きましょ!」


プリンセスがその手を差し伸べた。


「うん!」


立ち上がる時に、後ろを彼女は振り向いた。その顔には勝ち誇らしげな笑みが浮かんでいた。


「ねぇっ...!出してよっ...!ひとりはヤダよ...、ねぇ...!」


孤独で、誰にも聞こえない。

その泣き顔は誰にも見られない。


無駄な浪費をするだけだった。









「ねぇー、鏡さーん。今日ねー、

コウテイから貰ったじゃぱりまんが

とっても美味しかったんだ〜」


楽しげにフルルは、そう鏡に向かって話した。


「へぇ〜、そうなんだ!!」


その話に、私は楽しげに応えた。




(...みんな、待っててね)

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