逆転

最近の先生は人が変わってしまった。

かつてのように、怖い話を他人にして喜ぶような、そんな面影は、失われてしまったのだ。


恐れるべきはずの火を手馴れた様に扱い、口にくわえた“タバコ”に着火させる。

フゥと息を吐くと白い煙が、もやっと部屋の中を漂う。このニオイは強烈で私は好きではない。

『やめてくれ』と、訴えたが「私の勝手だから指図しないでくれ」と怪訝な顔で言われてしまった。入手の経緯はわからない。


1回私も勧められたが断った。先生はかなりの頻度でタバコを吸う。夜になると灰皿は吸い殻で山盛りになっている。

それが、日常の光景だ。


もうひとつ、変わったことがある。それは、コーヒーを飲むようになったことだ。

先生は砂糖もミルクも入れない。飲んだことはあるが、何故あんなものを好んで飲めるのかというくらい苦い。私は甘くしないと飲めなかった。


そういう変化があったものの、先生の絵に変わりはなく、むしろ上達したという印象を受けた。だが、本人でストーリーを語ることは少なくなり、代わりの者に語らせるようになった。


先生の口数も減り、漫画を書きながら、

タバコをふかしつつ、コーヒーを飲む。

そのサイクルが恒常化した。


しかし、ある事をきっかけに先生そのものが、失われてしまった事に気がつく。




三日月の夜、先生はフラっと部屋を出た。どんな原稿を書いているのだろうと、それを見た。

机に両手を付き、上から俯瞰するように見た。軽く見終わり、戻ろうとしたところ、意識していなかった右手がコーヒーの入ったカップに当たり、中身がこぼれた。


あっという間に黒の液体は純白の用紙へと乗り移り、焦げたような茶色に染め上げた。


「あっ」


自分の犯した過ちに気づいたのは、この時であった。


私は頭が真っ白になった。


先生が3日間を費して書いたものを一瞬にして、水の泡にしたのだ。


もし、これが知れたら。


鼓動が早くなる。


(どうすれば 、どうすれば...)


その気持ちが私の判断を遅らせた。

名案を出すことが出来ないまま、最悪を迎えてしまった。


先生が戻って来てしまった。


私は後ずさりした。


「どうした」


そう言って、こちらに近づく。

その足取りは早かった。


机から、私は距離を置いたが、無駄な足掻きだ。

先生は黙ったまま、茶色くなった原稿を見つめた。


私はふと、こう思った。


(先生なら、許してくれる...)


基本、謝れば「仕方ない」で済まされる。この島の慣例みたいなものだ。


(大丈夫、正直に話せば)


覚悟を決め、その口を開けた。


「ごめんなさい!」


私が謝ると、先生は研磨したてのナイフの様に目を光らせ、敵を見るように睨んだ。


すると、先生は思いっ切り机を叩いた。


バンッ!!


とても強く、とても怖かった。


「お前・・・」


低く、唸るような声を出し、こちらへ来る。

恐怖で足が竦む。


バシッ!


突然、平手打ちを喰らいベッドに倒れ込む。


激しい痛さだった。目に涙が浮かぶ。

必死に泣きたいのをこらえながら、


「ごめんなさい」


と、繰り返した。


「ごめんじゃねえんだよ」


声を荒らげて、頬を拳で2度殴られた。


「いたっ...」


「ふざけんな、この脳ナシが!」


左手首を右手で強めに掴まれる。

先生の左手には、シャープペンシル。


「いあっ!痛いっ!痛い、やめっ、痛いっ!!」


悲痛の声をあげた。


先生は何度も何度も、木材に釘を打ち込むが如く、私の手の甲にシャーペンを突き刺した。針で刺されたような感覚が全身に伝わり、私の感情という名のダムが決壊させる。


「イタイッ!痛い痛いっ!!

痛いよぉっ!!うっ...、痛いっ!!」


泣きわめく私に対し、先生は更にイライラを募らせた。


「うるせえ!黙れ、このクズ!」


寝た姿勢のままの私に対し、

下腹部に強く蹴りを入れた。


「うぐあっ...」


物凄く痛い。形容できない程に。

この部分には“一番大切な場所”があると、聞いたことがある。


悶絶する私に、先生は気を許すことなく3回ほど蹴り続けた。


「クソッ!クソがっ!」


自分の身体が壊れるかと思うぐらいの痛さだった。


「ああっ!!うっ...あぁ...」


手で押さえても、痛みが消える事は無い。先生の行為は、エスカレートしていった。


自身の服より、タバコを取り出すと火をつけた。


「ヤダっ!やめてっ!」


先生は問答無用で、先程シャーペンを突き刺した左手に火のついたタバコを押し当てたのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」


熱さと痛さが混ざりあって、更に痛みが激しくなった。


「いやあああっ!ごめんなさいッ!!」


「お前はどこまで馬鹿なんだよっ!

この野郎!」


左手の甲は見るに無残な情景となった。


一度、先生はタバコを左手から離し、

燃えて灰になったところを、私の顔に振りかけた。


「あついっ!あついよぉ...!うあぁ!」


「私の作品を台無しにしやがって!」


今度は、私の上着を乱暴に脱がし、

まだ火を灯し続けているタバコを無理矢理露出させた胸に押し当てたのだ。


「あ゛あ゛っ゛!あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」


自分でも、何が言いたいのかわからない。ノドが潰れるくらいの叫び声を出した。


「無能がっ!!」


その時だった。


バンッ...


部屋の中に銃声が響いた。

それと共に、タイリクはその場に倒れたのだ。


涙で視界が霞む中、彼女が現れた。


彼女は真っ先にタバコを取り、足で踏み潰した。


「アミメさん...、大丈夫ですか!?」


「あ...、アリツさん...」


彼女は特殊な形の物を持っていた。


「そ、それは...」


「大丈夫です。麻酔銃です。まさか、こんな時に使うとは...。

待っててください。今、手当てをしますから...」


アミメキリンは安堵からか、大泣きした。








「...ここは?...ん?」


目を覚ますと、薄暗い部屋で自分の手足が椅子にガッチリと固定されていた。


「...えっ?」


しかも、衣服を身に付けていない。

それに、なにかおかしなものが括りつけられている。


何が起こっているのかわからない。


そこへ、コツコツと足音を立てて誰かやってきた。


「...タイリクさん」


声の主はアリツカゲラだった。


「おい、なんなんだい?これは。

説明してくれよ」


「アミメキリンさんに酷いことをしましたね。あなたがそこまで人が変わってしまったとは、思ってませんでした」


ライターを灯し、近付ける。


「お、おい!」


「貴方にもアミメキリンさんが味わった痛みを、体感してもらおうと思います」


そして、先程身体に括りつけてあるおかしなものに火を灯したのだ。


「あちっ!」


「ロウソクの蝋が垂れますからね。

あまり暴れすぎると、火達磨になりますから気を付けてください」


足や腕にじわじわと、溶けた蝋がした垂れる。


「あッ...、熱いっ...!」


「話の続きをしましょうか。

あなたはフレンズの掟を破りました。

わかりますよね、この罪の重さ」


そう言うと、アリツカゲラはガムテープを切り取り、タイリクの口に近付けた。


「あッ、やめっ、ンンッ!」


完全に言葉が発せなくなった。

ポケットから取り出した蝋燭に、火をつけた。


「残念です。しかし、命を取るようなマネはしません。だって、あなたの作品を楽しみにしているフレンズも居ますから


アリツカゲラは手に持っていた蝋燭を、

タイリクの豊満な胸の谷間に、無理矢理押し込んだのだ。


「ンッ!...ンンッ!!」


必死に何かを訴えようとしている。

しかし、何を言いたいのかはわからない。

その目からは、焦りと恐怖心が滲み出ている事が伺えた。


「さっき、私は罪の重さと言いましたね。このパークに法はありません。

だから、私がこの手で、あなたが、

生き残る方法で罰をあたえます。

ですが、この方法はフレンズにとって最も屈辱的であり、苦痛を伴うものですが、アミメキリンさんの苦痛と比べれば、微々たるものでしょう」


大きめの鋏を取り出した。


「ンッ...!!」


アリツカゲラはタイリクの背後に立った。


「今後は、こんなこと絶対にしないでください。タバコは捨てさせて頂きます」


そう宣言し、アリツカゲラは大きめの鋏でタイリクオオカミの“尻尾”を...




ドサッ


「ン゛ッ゛ーーーーーーー!!!!!」


沈黙の叫びが、暗室に轟いた。

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