Moment of the history

松田未完

プロローグ

 ある日、地球に宇宙戦艦がやってきた。

 砲門をたくさんつけたその船は、地球上のいたる場所へと移動しては調査のような活動をし始めた。

 各国の報道機関がその様子を中継すると、世界中は瞬く間にパニックへと陥った。

 事態を重く見た各国の首脳が国連で一堂に会し、何度か協議を重ねた結果、宇宙戦艦に対してコンタクトをとる決議を採択し、募集した有志によって実行されたものの、相手からは何の返事もなく――全てなしのつぶてに終わってしまった。

 沈黙を貫く宇宙戦艦。

 ある時はアメリカ、ある時はヨーロッパに。時には太平洋の真ん中や南極にすらも移動しては調査を繰り返す宇宙戦艦の行方を、人々はテレビにかじりつき固唾を飲んで見守っていた。

 それが一ヶ月を過ぎたころ。

 ある男が異星人に接触しようと自家用機で宇宙戦艦に向かったが、瞬間移動でかわされてしまう事件が起きた。

 それをきっかけにして、今度は自国の領海上に浮かぶ宇宙戦艦に我慢の限界を覚えたある国の首脳が、軍隊に命令して何百発ものミサイルを撃ち込んだが、全て迎撃されてしまったこともあった。

 焦った世界中が男とその国を非難して戦争に備えたものの、宇宙戦艦は反撃してくることもなく沈黙を貫き続けた。

 不気味だが、地球に害なす存在ではないらしい。

 それが次第に日常へと移りつつあったある日。

 さらにもう一隻の宇宙戦艦が地球へとやってきてしまった。

 混乱する世界をよそに、その宇宙戦艦もまた各地を転々として調査を繰り返すだけ。

 征服しにきたのか、それとも平和の使者なのか誰にも分からなかった。

 そして二隻は、日本の小笠原諸島沖で対峙したまま動きを止める。

 外見の全く異なる宇宙戦艦は別々の異星人を思わせたため、この地球を舞台にした戦闘が起こるのではないかと人々は再びパニックに陥った。

 だが、またしても何も起きない。

 そのまま時間だけが過ぎていき、これもまた日常へと変わっていった。

 戸惑いながらも、生きていくために普段の生活へ戻る人々。

 都内に住むこの高校生の少年もまた、そのうちの一人だった。

「お前、またうどんかよ。ミックスフライ定食うまいのに」

「だから僕は甲殻類アレルギーなんだよ。食べて死ぬのを見たいの? 触っただけでも腫れちゃうのに」

 学食で友人たちにからかわれたものの、少年はいつものことだと流した。

「どうせ近いうちに異星人の戦争に巻き込まれて地球は滅んじまうんだぜ? 今のうちにうまいもん食っといたほうがいいと思うけどな。俺んちなんか、昨日は寿司の食い放題行ったし」

「うちは全員アレルギー持ちなんだよ。しかも高いものばっかりダメなんだ。そういう気持ちが全然分かんないんだよね」

「まあ、お前んとこの親父は外交官だしな。他にうまいものいくらでも食えるからそうなんだろ? これが俺たち庶民の楽しみなんだって」

 昼食を済ませ午後の授業も終えて帰宅しようと学校を出た時。

 いつもは家ですらろくに顔も見なかった父親が、今日はなぜか校門まで迎えにきていた。

「お父さん? アメリカじゃなかったの? 大使と一緒に向こうに行ってたはずじゃ……?」

「事情が変わってさっき帰国したんだ。今すぐ首相と会ってくれ。国家の一大事だ」

「はあ? どうして僕が?」

「お前じゃなきゃ話をしないと言ってるんだ。向こう直々の指示なんだよ。頼む、世界を救ってくれ」

 真面目な父親のことだからと信じて車に乗り込み首相官邸に向かったが、待っていたのは一機のヘリコプターだった。

 訳も分からず、今度は自衛隊らしき迷彩服を着た男たちに押し込まれて向かったのは、八丈島。そこで待機していた別のヘリコプターに乗り継いで向かったのは――小笠原諸島沖だった。

 東京から1000km離れた海の上に浮かんでいるのは、テレビで見ていた二隻の宇宙戦艦。

 しかし、少年が自衛隊員に体ごと抱えられて下りたのはどちらの宇宙戦艦でもなく――その間に浮かんでいる透明なカプセル型をした宇宙艇だった。

 その中では、時の首相を間に挟んで二人の美少女が対峙していた。

 彼女たちの表情は明らかにお互いを敵視しており、それぞれの背後に控えるパワードスーツ姿の護衛たちも興奮しているように見える。

 その中の一人が少年に寄ってくると、耳に何かを着けられた。

「や、やあ。君を待っていたんだよ。さあお二方。彼を存分に調べてください」

 少年の肩を掴んでいた首相が、腰まで届くロングの赤毛を弓なりに反らせている赤いドレス姿の少女へと突き出す。

「……では、そうさせてもらいますわ」

「え? えっ?」

 赤毛の少女が指示すると、透明のカプセルが動いて流線型をしたほうの宇宙戦艦へつながり、少年はそこから出てきたクルーたちに連れていかれた。

 アニメで見たようなデッキの中を歩かされ検査室のような場所に閉じ込められると、少年はいきなり裸にされ、脳から内臓、血液にいたるまでありとあらゆる箇所を調べられた。

「はあ、はあ……いったい何をするんですか」

 辱めを受けて戻ってきた少年が透明カプセルの宇宙艇でそう抗議の声を上げたが、

「わたくしたちは終わりましたの。次はそちらですわ」

「あたしたちの番だな。おい、連れて行け」

 今度は、左右から触手を生やしたような赤毛と真っ赤な鎧を着た少女が合図をして、彼はまたしても連れていかれた。

 砲門のたくさんついた宇宙戦艦の中でも、また同じように検査をされて戻ってくる。

「お二方、いかがでしたでしょうか? 我が国の事前調査通り、この少年は合格ですか?」

 何もしていないが疲れ果てていた少年を前に、首相はにこやかな笑みを浮かべて二人の少女に問いかけた。

「ええ、うちは問題ありませんでしたわ」

「ああ、うちも問題ない。他に適当なヤツもいないし、こいつを通じて話をさせてもらおう」

 その答えにほっとため息をつく首相。

「それでは、彼の住む我が国の首長たる私が彼の代理人となりまして、お二方との話し合いを――

「ダメだ!」

 赤い鎧を着た赤毛の少女が怒鳴る。

「お前はあたしたちの同族を食べていると調査結果が出ているんだ! しかもカニが大好物だと……? 我らにとっては敵そのもの! 話す口は持たない!」

「し、しかし……我々はそちらの事情を知らなかったのです。無理もないと――」

「だからと言って嫌悪感は消えませんの」

 今度は赤いドレス姿の赤毛少女が冷たく言い放つ。

「今後、この惑星とのコンタクトはこの方を通じて行いますわ。名前はショウネンと言いましたわね?」

「ですが、この少年には荷が重く――」

「目障りだ。消えないのなら消すぞ?」

 赤い鎧を着た少女が腰に下げていた銃剣を抜き、その銃口を首相に向けた。

 思わず黙ってしまった首相は上空で待機していたヘリを呼び、縄ばしごを下ろさせた。そして自衛隊員に掴まると、少年に「地球を救ってくれ」と言葉を残して去ってしまった。

 突如として七十億人の命を預かることになった少年は、ただただ戸惑った。

 未曾有の事態に直面した彼の頭は、混乱していた。

 それでも惑星一つを託されたのだ。

 彼女たちに何か言わねばならない。

「あ、あの……地球人代表としてお聞きします」

 すると、赤い鎧の少女が高らかに笑った。

「何一つ分かっていないこの状況で、そちらから質問とはな! いいぞ、地球人。何でも聞け。ニホンの言葉は全て翻訳できているし、こちらの言葉もその耳に着けたトーカーで分かるはずだ」

「そうですわ。わたくしどもの神も申しております。話し合いは問題解決の第一歩だと。どうぞ、何なりとお聞きくださいませ」

 赤いドレスの少女も微笑む。

 だが、後ろに控える護衛たちは明らかに敵意を持って少年を見つめていた。

 何か先手を打たなければならない。

 この場を和ます何かを。

「――お二人は彼氏いますか?」

 赤い鎧の少女が目を丸くする。

 赤いドレスの少女は眉間に皺を寄せた。

 そして二人は顔を見合わせると、破顔しながら笑った。

 後ろに控えている護衛たちも、くすくす笑う者や、下を向いて笑いを堪えている者もいる。

 ――成功だ。

 もしかしたら怒りを誘うかもしれない。その場で銃殺されることもあったその賭けに勝つことができた少年は、この和んだ空気を踏み台にして、二人の少女それぞれに、地球へやってきたその目的と事情の説明を求めた。

 短い赤毛に真っ赤な鎧を着た少女は、この銀河系にある知的生命体の惑星十億のうち、その半分を支配している「惑星防衛連合」の評議会副議長をしていると言った。

 それと同時に巨大な軍事組織の大将として君臨しており、その気になれば惑星の二、三個は瞬時に消すことができるほどの権限を持っているという。

 銃剣を腰に履き鎧を着た生粋の武人ではあるものの、見た目は愛くるしい少女。

 名前を聞いたものの発音できなかったため、短い赤髪の両端に栄えている触覚と鎧の雰囲気が似ていることから、少年は彼女をカニ姫と呼ぶことにした。

 そんなカニ姫の惑星防衛連合と対立しているのが、赤いロングヘアを腰まで垂らしている、赤いドレスを着た少女の「銀河救世教団」だった。

 五億の惑星にその何十倍もの信者を従える教団の中でも、彼女は法王という立場であり、教えもあってそのようなことはしないが、たった一言で一つの恒星系ぐらいを滅ぼせるほどの権力を握っているという。

 彼女の名前を聞いたものの、やはり発音することができなかった。

 そのため、長く赤い髪が後ろに反っているのとドレスの模様から少年は彼女をエビ姫と呼んだ。

「そのままだな。まあ、地球人の貧困な発声器官では致し方ないが」

「たまにはこういう呼ばれ方も悪くはありませんの」

 強大な力を持つ二人の姫、彼女たちを守るため背後にずらりと並ばせている護衛たち。

 その雰囲気に、少年は思わず息を飲んだ。

 対する自分は、日本の東京に住む一高校生。めぼしい特技は何もない。

 そこで疑問が出てきた。

「銀河の半分を統べる二人が、僕を指名した理由は何なんですか? 正直に言って……僕にはこの地球を代表する権限も力もないんです」

 カニ姫が首を横に振った。

「少年。あたしがお前を指名したのは――率直に言えば、同族だからだ」

 えっと彼が声を上げる。

「そうですわ。そしてわたくしたちの同族でもあるのです。――カニ姫さま。銀河系の歴史を少しお話しても?」

「いいだろう。少年、彼女の話をよく聞け。この銀河にある生命のほとんどは、我々の種族か彼女らの種族なのだ」

 そうして始まった話は壮大すぎて、少年には理解というより聞くことがやっとの内容だった。

 この天の川銀河において、二つの種族は知的生命体としてもっとも早い時期に誕生したという。文明を築き何百回もの技術革新を経て宇宙へ飛び立った彼らは、各恒星が持つ炭素系生命が居住可能な惑星を見つけては、自分たちの子孫を残していった。

 それは知的生命体が持つたった一つの本能、種族の繁栄を願ってのことだ。

「この地球には様々な場所にエビが棲んでおります。海水にはイセエビやクルマエビ、淡水にはテナガエビ、ザリガニ。巨大なニシキエビから小さなオキアミまで。彼らはわたくしたちの先祖が残してきた、大切な仲間なのですわ」

「カニ――つまり我々の末裔も、ありとあらゆる場所でその命を育んでいる。かつて海しかなかったこの惑星に、我々が命の種を撒いたのだ。だからこそ、この地球においてカニは原始的な生命体と言われている」

「海底火山の噴出口で生きるわたくしたちの仲間。恒星の光も届かず酸素もない場所で、彼らは細菌が生み出す炭水化物をエネルギー源にして生きているのです。エビこそ最古の生命体……!」

「何だと!? この惑星で最後の拮抗が破られるのだ。それは我々カニの勝利によってな!」

「そうはいきませんわ!」

 突如として睨み合った二人の姫。

 後ろに控えていた護衛たちも、銃を構えて相手に向ける。

「やってみろよ。お前たちのチャチな武器じゃ、うちの偏向シールドが破れないのは分かっているだろう?」

「それはお互い様ですわ。わたくしどもの精神障壁は何物をもはじき返すのですから」

 そんな人たちが撃ち合ったら、全部の弾が跳ね返って自分に当たってしまう。

 少年は二人の間に割って入った。

「ちょっと待ってください。二人がこの地球で争う理由は何なんですか?」

 彼の真顔に気迫も抜けたのだろう、カニ姫が舌打ち混じりに説明を始めた。

 この天の川銀河で最古の種族を誇る彼らは、征服した惑星に仲間を移住させたり、未踏の惑星に子孫を残したりしてその勢力図を広げていったという。

 技術力も軍事力もほぼ同じ二つの勢力。

 結果的に銀河を二分する形となったが、お互いのどちらが優れているかの争いは絶え間なく続いていた。理由はいくつもあったが、その一つとして大きかったのは、傘下にした惑星たちが裏切ったり反逆したりすることを防ぐことが一番の理由だったらしい。

 しかし現状は双方の実力が拮抗しており、どちらかが優れているかを競うには、もはや全面戦争でしか解決できない空気に銀河が侵されていった。

 しかし、お互いが持つ強大な軍事力を全て投入してしまえば、徹底的な殲滅戦になってしまう。

 それだけは避けたいと誰もが思っていたある時、一つの事件が起こった。

 両軍がもっとも接近しているある宙域で、惑星防衛連合の部隊の一部が暴走し、宣戦布告もないまま銀河救世教団の守備隊を攻撃してしまったのだ。

 人的損失が発生したため、銀河救世教団はその行為の賠償として資源惑星の一つを要求したものの、惑星防衛連合はこれを正当防衛だったと主張して拒否。

 この問題はこじれにこじれ、最終的には双方のトップによる首脳会談が行われたものの、物別れに終わってしまった。

 緊張は一気に高まった。それを機に両勢力のタカ派が全面戦争での解決を主張し、その声はくすぶっていた好戦派を刺激して、強く広く轟いたのだ。

 しかし全銀河を巻き込む戦争だけは避けなければならない。そこでトップたちが採ったのは「自分たちの側につく惑星の数を競う」ことだった。

 多いほうがより優れているということにして、その結果をもって戦争の代わりとしたのだ。

 カウントレース。代理戦争ともなるその重要な役目を担ったのが、カニ姫とエビ姫だった。

 彼女たちは、それぞれの勢力傘下にある惑星は忠誠を誓わせたり脅したりしてすぐにカウントを開始したが、元々数の上でも拮抗していたため同数となってしまい、勝敗がつかないことを知った。

 そしてトップから下された指令は「両勢力の子孫が繁栄しなかった未踏の惑星も傘下に収めて数にカウントせよ」というものだった。

 かつて冒険者や探検者たちが向かった銀河の果てにも、子孫の種を撒いてきた惑星が多々ある。

 それらを訪れて、原始的な生命体でもいいから、カニとエビのどちらが多いかを競うことにしたのだ。

 そうしてたどり着いたのが、過去にカニとエビの冒険者が訪れたままうち捨てられた惑星である――地球だった。

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