第6話 ビジネスパートナー②

「コッドが伝説的な傭兵だった理由、貴方も知っているでしょう?」

 勿論、とフォロクはその問いに頷いた。

 失敗した任務はただの一度も無い、まさに理想的な傭兵。素性も本名も知るものは居らず、裏で彼に葬られた人間は数知れないという公然の噂は、いつの頃から彼をCall of Death、死を呼ぶものと称するようになり、誰もが畏怖し、そして尊敬するようになっていた。その頃のグローバルライトは彼を抱え込み、文字通り敵なしだったのはフォロクも覚えている。

 だが、そんな彼はある時突然グローバルライトを去った。全く音沙汰もなく、彼の死を予想した者もいた。半年も過ぎ、その予想が現実味を帯び始めていた頃、彼は再び姿を表す。目的を明らかにせず、ただひたすらに襲撃と蹂躙を繰り返す悪魔となって。グローバルライトが溜め込んできた信用を全て喰らい尽くすように彼は三大企業の息のかかった組織や、グローバルライトさえも対象とし破壊活動を繰り返している。それが今日、唯一彼について分かっている事実だ。

「公に認められている訳じゃないけど、コッドの手によるものと思われる事件はもう千はくだる。グローバルライトは彼を完全に制御不能な敵と見なしているわ。きっと近い内に三大企業にも声がかかる。その前に彼を見つけたい」

「アンタの熱意はまあ分かった。しかしな、そこでどうして俺の依頼が出てくるんだ?」

「あの研究所、オーパーツの研究をしていたらしいわね。コッドがこれまで襲撃した施設にもそんな噂があった。僅かな共通点だけど、もしかしたら彼は同じものについて調べているんじゃないかって。そして、それは貴方もそう」

 彼女の言葉に、俄然フォロクは興味を抱いた。目的は違えど、自身が研究所襲撃の依頼を出すに至った経緯と酷似していたからだ。

 かつて人類が地上にいた時代の遺物。即ち、人類を地下へと追いやった原因。それらはオーパーツと呼ばれていた。地下都市に移り住んだ時、様々な要因から手に負えない禁忌とされ地上で遺棄された。やがて、地下都市の時代となり数百年も経ち、それらはオーパーツとして人々の間で実態を掴むことも出来ないまま、その存在自体まことしやかに噂されるようになった。そして、再び人類は地上に進出した。中にはこのオーパーツについて調査するものも居た。それは、三大企業だ。彼らは地上都市を造る一方で、オーパーツも調べている。他企業を出し抜く為に、或いはまた、別の理由で。

 確かに目の前の美人の熱意は本物だ。目的は違えど、自分と同じくモノを追っている。それも、自分の危険など全く顧みず。

「ま、正解だな。確かにあの施設はオーパーツに関わる何かを調べていた。ただな、俺の持っている情報だって確たる根拠はない」

「十分よ。それじゃあ、取引の話をしましょう」

 フェリスはそう言いながら、脇に立てかけてあった鞄の中から一枚のディスクと小さなメモを取り出した。

「私が今まで調べてきた情報が入っているわ。中身を見て。こっちのメモには私への個人的な連絡先が書いてある」

「驚いた。アンタ、自分の手の内を全部明かすつもりか?」

「そうね。この中身は情報屋にでも持っていけば一財産は築けるけど、興味ないわね。それと、私と貴方との間にはまだ信用なんて無い。この中身は、その分を上乗せしていると思ってもらって良い。そして、それでもきっと貴方のような人なら喜んでくれるような内容よ」

 今一度、フォロクは彼女の表情を見やった。先ほどと全く変わらない表情がそこにあった。グローバルライトへの明らかな背任行為。重要機密のリーク。文字通り首が飛ぶ事案を並べる癖して一方的に相手を信用してくる。いや、或いは、自分の為なら自分と自分が探す相手以外など、まるで眼中にないと思っているのか。どちらにせよ、「惚れる女」の強さは底知れないと改めてフォロクは考えた。伝説的な傭兵、ここまではお互いの認識は合っているのだろう。しかし、彼女にとってはそれ以上である事は違いない。

 だが、この取引が浅はかな考え方だった事に彼が気付くのは、もう少し後になってからだった。






※     ※     ※





 トレーラーのラジオからは軽快なBGMが流れ、今日の天候を知らせる。一日晴れが続いて、昨日よりも暖かい一日になる、と。そのトレーラーの運転席にはシャツ一枚となった大柄の男がさっきから何度も憎たらしそうに額に浮かぶ汗を首に巻いたタオルで拭っていた。

「まさかここまで暑くなるとは思わんだろうが」

 男は苛ついていた。理由は二つあった。一つは荷受けした都市を出発した直後にトレイラーのエアコンが壊れた事。そして、予想よりも遥かに気温があがって太陽光が照りつける中、車内が蒸し風呂のように暑くなっている事だ。風は吹かず、窓を全開にしても一向に涼しくならない。しかし、誰に文句を言っても改善される事はない。唯一の救いは、荷降ろし先がアンブロイドだという事だ。

「いやああの都市は快適だよなぁ。トレーラー一日停めてたって怒られないし、何よりそう。安くても広い銭湯がある。そうだなぁ、明日は仕事休みにして、今日は一泊するか!」

 まるで現実逃避するように男は呟く。そう思い込めば、途端にこの殺風景な道でも少しは気が紛れた。

 舗装もされず、草木も無い荒れ地。それが今、運び屋ガレフがトレーラーを走らせている道だ。

 地上の都市が発展と拡張を続ける一方で、その外はまだ多くが未開の地でもあった。遥か昔、人類が地下へと逃げざるを得ない程の争いの結果なのだろう。未だ人類が立ち入る事も叶わないほど荒れ果てた土地もある。だが、資源の確保や或いは交易の為にも、都市間の運送手段というのはこんな時代でも必須だった。それはやがて、幾つかの輸送を担う企業や、或いは独立した運び屋を生み出す一因となっていた。

 ガレフは、そんな運び屋の一人だ。どんな荷物でも、どんな場所にでも運ぶ。時間に正確で間違いなく報酬分は働く。大儲け出来る程では無いが、決して評価は悪くない。一時期、彼は運送会社にスカウトされ属する事も考えた事はあったが、如何せん我の強い性格がそれを許さなかった。更に目的地についたら散財する悪い癖もあり、お陰様で折角の報酬がその日の内に消える事も少なくなかった。それでも、まるで彼は自分の日頃の行いを反省する日は無かった。とにかく、我の強い男なのだ。

 気分も新たに一時間程運転した後、ガレフはアンブロイドに繋がるトンネルの入り口で手続きをしていた。ここの守衛とはすっかり顔なじみだ。幾つかの簡単な質問に答えて、書類に書き込みをしてからトレーラーに乗り込む。薄暗いトンネルをくぐり抜けると、アンブロイドの工業地区に出た。ここには何度も訪れているが、相変わらずの高く伸びた煙突が並ぶ様は見ごたえがあった。そんな風景を一瞥し、無機質な壁が続く居住区域へと抜ける。少し走ると、道が狭くなった。住居が増えて、あまり大型の車両で来るような場所でもない。いつものようにガレフは路肩にトレーラーを停めて、手押しの台車に荷物を積み替える。この辺りでは珍しい種類の酒と香辛料だ。数は少ないが、単価は高い。運送の手間を考えたら、これの輸送は実に美味しい仕事だ。

 台車を押して路地裏に入り、「R's hidden」という看板のかかった一軒の店の前まで進む。少し古びた扉を開くと、軋んだ音がした。頭上で鈴が鳴る。開店前の人の居ないこのタイミングだからはっきりと聞こえるこの音を聞くことができるのは、来る度に何とも嬉しい気分にさせる。

 奥から足音が聞こえた。だが、この日姿を見せたのはいつものマスターでは無かった。栗毛色の長い髪の少女だった。さらに白衣を身に着けている。あまりにもこの場に似つかない人間の登場に、思わずガレフは外の看板を二度見してしまった。

「はいはーい、確かガレフさん? マスターから話は聞いてるよ」

 一方、少女はまるでずっとここにいるかのように今日の届け分を確認していく。見事な手際だった。ガレフは、ついマスターの姿と重ね合わせてしまう。

「お嬢ちゃん、バイト?」

「そんなトコ。あと、アタシはアンジェ。これからよろしくね。これお代」

「あ、ああ」

 ひとしきり個数を確認すると、アンジェと名乗った少女はカウンターの奥からよく膨らんだ封筒を取り出す。中を見る。キッチリと代金が入っている。釣り銭の必要もない。ここのマスターの、何時もの金の払い方だった。ずしりと手に重みを感じたまま、いつの間にか店の外へ出ていた。そういえば、何時もこんなやり取りをしていたな、とそんな事を思い出しながら軽くなった台車を押す。

 しかし、いつの間にあんな若い娘を雇うようになったのだろうか。R's hiddenと取引をするようになったのはここ一年ぐらいの事だ。客として顔を出した事もあった。しかし、店自体そこまで広くない事もあって彼一人でも十分そうだった。それに、色恋沙汰の一つも聞いた事がない。となると、親戚の子だろうか。

 再びトレーラーに乗り込むまで色々な事を考えた。そこまで考えて、ようやく野暮な事をしていると気付く。今日の仕事はもう終わり。じわりと背中に張り付く汗も何もかも洗い流そう。深呼吸を一つして、エンジンをかけた。

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