第2話 運ぶ者②
日付ももう間もなく変わろうとする時分。施設への侵入は容易いものとなるはずだった。外周に配備されている警備員を始末し身分を奪ってから施設に入るか、或いは排気ダクトから潜入するか。こういう仕事は何回もこなして来ただけに、施設を見下ろせる崖の上で様子を伺っていたナガツキは若干の予定変更を強いられる事を確信していた。
垂直に立つ灰色の壁。窓はほとんどなく明かりも点いていない為、伺いようも無い。入り口は二箇所、それぞれ対称の位置にあった。それが今回の依頼の目的地。周りには何が入っているかもわからないコンテナが積み上がっている。人気のない場所に建ったそれは、事前に知り得ていなければ全く研究施設だとも思えないだろう。そんな辺鄙な所にたった奇妙な建築物に対し、ナガツキが注目したのは、その警備体制だった。周辺には鈍い銀色に光る飛行型の警備ロボットがひっきりなしに往来している。網の目も見逃さないようなルーチンだ。双眼鏡を覗き込みつつ、レンズ越しに捉えた画像を端末に取り込む。データベースとの照会が直ちに始まる。この辺りでは殆ど見掛けない自立タイプの新型と合致した。既存の飛行型に搭載されている同機構を改良した事で飛行性能は向上し、アイカメラを主としたセンサ類も強化されているという。侵入者撃退用の武装もあるようだ。中身は殺傷力の低いとうたう電気ショックを与える性質をもった針を射出するというもの。と言っても気を失わさせるには十分過ぎる代物で、あとは通達を受けた人間の仕事になるのだろう。そういうモノが何機も警戒にあたっていた。
「もしかしなくても、やばい奴に手を出したって事だよね」
施設を周回し知り得た情報を今一度整理する。この様子だと内部も警備は厚いだろう。そもそもどうやって入るか。生身の警備員が見当たらない事から、やはり、警備ロボを奪取してそこからハッキングする方法が良いだろうか。彼らのアイカメラが捉える有効視認範囲までは若干の余裕がある。施設の敷地ギリギリまでは近寄ることも出来るだろう。側に停めていた小型トラックの荷台から円筒形手榴弾を取り出すとそれを腰からぶら下げ、さらに艶が完全に消された拳銃と弾薬を手に取り、更に銃口部に角ばった部品をいくつか取り付けていく。それから、羽の付いていないダーツ弾を何本か手に取り、ホルスターに通す。愛用の端末はベルトを取り付け背中に背負った。準備は完了。そのはず、という言葉を付け加えたい衝動をぐっと飲み込み、眼下の坂を滑り降りる。そして、施設脇のコンテナに身を隠すと周辺の様子を伺った。確認していたとおり、コンテナの合間を移動する警備ロボの姿があった。
有効視認範囲は確認済み。ダーツ弾を拳銃にセットする。コンテナの影から見える一体が背を向けた瞬間、ナガツキは引き金を引いた。ガスが抜けるような乾いた音が小さく鳴り、警備ロボは地に落ちる。もがく様に双翼部が上下していたが、気にもとめず銃口から伸びた細いワイヤーで手早く引き上げた。直ぐ様端末を広げハッキングを始める。欲しいのは外部を警戒する警備ロボ達の行動パターンの解析と変更だった。侵入経路をみつけるための穴さえ出来ればそれで良い。ダーツ弾に内蔵されたハッキング部品はナガツキお手製のもので自信はあるが、猶予があるとも思えない。祈るように端末の操作を続ける。
だが、ハッキングの進行を示すバーが半分を超えた辺りで止まってしまった。リスタートさせても、別口から解析を試みても微動だにしない。ナガツキは僅かな恨みとともに警備ロボに突き刺さっていたプラグに手をかける。時間の浪費が大きい。これ以上の足掻きは無謀だった。すぐにこの場を離れなければ、異常を察知した他の警備ロボ達に追われる事になるだろう。
ところが、突破口探しを諦めようとした、端末の表示に変化があった。複数のウィンドウが次々と立ち上がり、かと思えばそれらがグチャグチャにかき混ざるように画面内を動き回る。今まで見た事もない現象だ。逆にハッキングされているにしては、あまりにもがさつ過ぎる。しかし、誰かが自分にコンタクトを取ろうとしているのは明らかだった。それは、つまり内部の誰か。
『中に入りたいのか?』
程なくして、そんなメッセージのみのウィンドウが残った。
『仕事を手伝う。だから、私も連れて行け』
事態は明らかではないが、相手は協力してくれるらしい。どうせ、と迷う必要もない。ナガツキは警備ロボのアイカメラを自分の方に向け、一度頷く。すると、そのロボは再び宙を浮き施設の方へ飛び始めた。途中で他の警備ロボに何度も出くわすがまるで自分達が見えていないように素通りしていく。施設の出入り口も同じだった。セキュリティ端末の前で立ち止まったかと思えば、難なく開いてしまった。
誘われるまま中へ通される。廊下に点在する常夜灯が小さく光る。人影は全く見当たらない。予想に反して外に比べて随分と質素であった。そのまま警備ロボットに連れられ様々な機械が壁一面に積み上げられた大きな部屋へと辿り着く。
『ここがこの施設の中枢。お前が欲しいものはここに全てある』
ナガツキは側にあったディスプレイ付きの装置を起動させた。下から吐き出すようにキーボードが広げられると、それを使いアクセスを試みる。端末を通じて語られた言葉の通り、この施設で行われてきた実験のデータに始まり出入りしてきた人間、果てにはここが取引してきた相手やモノまで記録されている。研究内容は分かりやすいものだった。いくらでも兵器に転用できそうな技術たち。言い替えれば、ありふれたネタ。
「なんだか出来過ぎてる気がするけど。君はこれだけこの施設を好きに出来るのに、どうして自力で出ていかないのさ」
『私のいる所まで来れば分かる』
セキュリティのガラ空きになったデータを弄り回すのは然程難しくもない。ナガツキは自分の端末内に保存していたプログラムをコピーさせると躊躇すること無く実行に移す。データは膨大で弄くり終えるには時間がかかるが、きっと明日になれば大騒ぎだろう。ほんの少しの罪悪感も、再び動き出した警備ロボットの後を追う事によってかき消されていく。
そして、警備ロボの意図も、いざその場に付けば全く理解するに時間は要らなかった。目の前には鉄格子の扉で区切られた区間。電子的なセキュリティの介さない物理的な南京錠。なるほどここの警備ロボが持つ武器では焦げ付く事はあっても壊して開ける、というのは叶わない。まさかここまで原始的なセキュリティで対策するとは。ナガツキは拳銃から部品を取り外し、本来の姿に戻す。そして、称賛代わりに錠に弾丸を撃ち込み物理的に眼前の警備を破壊した。
鉄格子の扉を潜ると、途端に薄暗くなる。灯りは殆なく、壁面も古く、目を凝らせばひび割れも見える。
「君をこんな所に押し込めるのに、どれだけ苦労させたんだい?」
『始めは武装した警備ロボを使ってきた。だから、こっちで全部暴れさせたが。ここがこんなにボロボロなのはそういう事だ』
ナガツキはこの先に居る未知に対する興味で、もはやここに来た本来の目的を忘れてしまっていた。こんな辺境の施設に潜む怪物はどんな面をしているのだろうか。この事実を、依頼主は知っているのだろうか。そして、ここの出資者も。
廊下はやがて、階段に成った。階段、踊り場、階段、踊り場、と。5階分も降りただろうか。先程と同じ様に錠前と鉄格子があった。辺りは更に破壊が進んでいる。僅かな光りの影には、打ち捨てられたロボットの残骸がある。これが、暴れさせたというロボットなのだろうか。
「やっ。ここ。この扉を壊して。そうすれば、アタシは出られる」
鉄格子の向こうから声がした。ナガツキははじめ、それは単なる空耳だと疑う他になかった。明らかに少女の声だ。奥から延びた手が、無邪気に錠前を指し示す。ナガツキは、ポケットからライトを取り出すと、恐る恐るその先を照らした。
栗毛色の、長い髪の少女がそこに居た。薄汚れた白衣を身に着けていた。だが、少女は自分の現状を意に介した様子もなく笑顔を浮かべて錠前を指し示している。流石にナガツキのような傭兵からしてみても、異様であった。彼女が、化物だったというのか。この少女が、地上の警備ロボ達を服従させたというのか。改めて、この施設が抱えていた物の深さを思い知らされたような気がした。今すぐにでも踵を返したい気持ちも湧き上がった。だが、恐らくそれは背中に鋭いナイフを突きつけられるという事。身体の中を駆け巡るもの全てを銃に注ぎ込むように、錠前を撃ち壊す。
「さて、これで契約完了って事かな? アタシはアンジェ。宜しくね」
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