4/5(金)打ち身を軽症にするなよ!

 金持ちの家には何回も行ったことがある。なんせ俺は元信金マンで、中小企業の社長にいかに気に入ってもらい借金をしてもらうか?に心血を注いでいたからね。こう見えても融資金額は行内でナンバー1だったんだ。お願いすると社長たちはもろ手を挙げて借金をしてくれた。当然、不渡りもいっぱい出しちゃったんだけどね。多分金づるだって思われてたんだろうなぁ。


 まぁそんな過去はどうでもいい。負債を作りすぎてクビになっただけだし、俺の懐は全く痛まない。再就職先が見つからないけどまったく気にしない。辞める時に上司が「お前を社会的に絶対に消してやる!」って言ってたけど、現実は直視しないようにしている。米沢さんに連れられ応接室でこんなことを考えているのも、間違いなく現実逃避をしているのだ。


 金持ちの家ってのは、骨董品だ高級外車だって、いかにも成功の証を見せつけるような作りが多い。それを見ておだててあげたら気分を良くしてくれる。言うなれば、自分が喜ぶツボを来客に教えてくれている人が多かった。


 しかし、この応接室はどうだ? 目の前のテーブルに現金が帯で山積みだ。積むのも面倒なのか、床にも転がっており、中には鼻をかんだ様に丸まっているものもある。こんな経験をすることがあったら是非、俺の話を思い出してほしい。想像を絶するほどの現金を目の前にすると、現実逃避をしたくなるってことを。


「驚かれましたか?」


 米沢さんの唐突な一言に、俺は「ひゃい!?」と情けない返事を返した。それで現実に引き戻された。


 米沢さんは「初めに見た方は皆同じようなリアクションをしますよ」と、ほほ笑みながら椅子を引いた。座れってことだ。俺は引かれた椅子に掛けたが、自分が情けなく感じた。俺は元信金の営業マンだ、現金だって見慣れているはずなのに……


 そんな俺を見て、米沢さんは「大友さん、合格です」と告げた。 何を言ってんのこの人? 今更クビって言われても困るんですけど。


「久世さんから注意事項を預かっていまして。この現金を前にして驚かなかったら帰らせろと。現金の扱いに長けた奴は間に合っている、今回欲しいのはバカで言うことを聞く素直なやつだ、とね」

「いや、バカだなんてそんな。驚いてないですよ。昔は銀行マンだったんですよ?」

「こう見えましてもね、私は人物眼にはいささか自身がありましてね。驚いていましたよ」

「いや、全然‼ 全然驚いてませんよ!」

「この部屋に通してから声を掛けるまで、どれくらいあったと思います? 2分ですよ」

 そう言ってスマホのストップウォッチを見せてきた。表示されているのは120秒ジャスト。なんて言ったらいいか分からなくなり、でも何か言わないと負けた気分になりそうだから「……へぇ~」と返した。ほほ笑む米沢を見て負けた気分になった。


「さて、大友さん。久世様にお目にかかる前に引継ぎをしましょう」

「はぁ。とは言っても米沢さんのようにはできないですよ? ボクが出来るのなんて運転くらいですから」

「重いものは持てますか?」

「まぁ多少は」

「走れますか?」

「まぁ多少は」

「じゃあ大丈夫です」

「ダメでしょ」


政治家の秘書で、重いの持って、走れたら採用って何? まったく意味わかんない。唐突のため口にも全く気を悪くした様子がない米沢さんが続ける。


「久世様の第一秘書っていってもね、身の回りの世話だけなんですよ。スケジュール管理とか政策とか考えるのは第2秘書の前田さんですし。大変なのは四六時中一緒にいることだけなんです。久世様は気難しい方ですのでね、慣れるまではストレスかもしれません。しかし、気に入られたらですね、ここにあるお金、使っていいんです」

「いくらでもですか?」

「えぇ、ただモラルの範囲内ですがね」

「じゃあストレス溜まっても米沢さんが続ければいいじゃないですか? 実社会じゃないですよ、こんなの」

「ダメなんですよ」


 米沢さんはそう言って、ワイシャツの左袖をまくり上げた。そこには、さわやかな青年には似つかわしくない大きなケロイドがあった。そして、さわやかな笑顔で「久世様の不評を買ってしまいましてね……硫酸を一瓶全部かけられましたよ」と言った。


「いやいや、なんでそんないい笑顔で笑えんの⁉」

「ちょうど良かったんです。潮時だと思っていましたし、この怪我を負ったことで一生涯暮らせるだけのお金ももらえましたしね」

「いや、まぁ米沢さんが良いなら良いんですけど……差し支えなければ不評を買った原因を教えてもらえます?」

「久世様に……怪我を負わせたからですよ」


そういうと、米沢さんはワイシャツを脱ぎ捨てた。目の前にあったのは肌着ではなく防弾チョッキ。腰に巻かれたベルトにはガンホルダーが取り付けられており、はた目からでも分かる質量を誇示している。あれって銃じゃね!? GANじゃね!? 声を失っている俺に、米沢さんが「大友さん。”危険手当”って聞いてます?」と尋ねた。


「えっ!? あぁはい、聞いてます」

「この金、言うなれば全部危険手当ですよ……多分毎日怪我を負いますからね。モラルの範囲内で使えって、病院代と慰謝料って考えてもらえれば分かりやすいです」

「えぇ……!?」

「これから久世様についてお話します」


 米沢さんは訥々と語りだした。久世様こと久世遼は、元々は警察官僚だそうだ。しかも、年功序列の官僚社会で異例の出世スピードで、30歳で警視になったとか。だが、突如退職して警察OBのコネクションを利用して警備会社を立ち上げて実業家に転身したそうだ。


「ここまではドラマとかでよくある話ですよね? 久世様はそんな優しいもんじゃない」

「どういうことです?」

「久世様が立ち上げた会社で雇用したのは……現役の指定暴力団の組員や解体させられた極道といった闇の人間だったわけです」

「それってつまり?」

「日本社会では容認できない人間を、警察側が飼うための会社ってことです」

「全然分かりません。漫画で例えてください」

「……ワンピースで言うなら王下七武海ってとこですね」

「わぁ。久世様って天上人!僕じゃくまにはなれないから帰ります!」


 ふざけたくもなるわ。なんで朝もはよから日本社会の暗部を見せつけられないといかんのだ。もう帰ろう。かえって熱い風呂にでも使って、すっきりしよう。そして、晃司のとこに手伝いに行こう。


「申し訳ありませんけど、お帰りさせるわけにはいかないんです……知ってしまいましたからね」

「脅しですか?訴えても良いんですよ」

「お好きにされると良い……ただ、こちらは”絶対正義”が親元ですが? それよりも、しっかりと勤めあげて、期間満了退職をお勧めしますがね」

「……いやいや。ちょっと給料を上げてもらいたくて……HAHAHA‼」

「そう言っていただければいくらでも応じますよ。何せあなたに売ってもらうのは労働力じゃなくて、生命力ですからね……お話を続けても?」

「嫌だって言っても聞かないんでしょ? はいはい!どーぞ!」


 もう破れ被れだ。だったら、ちゃんと仕事してすげぇふんだくってやる。


「……久世さんは自分に与する者には恩恵を与えますが、敵対するものには容赦はしない。だからね、恨んでいる人も多いんです」

「あーなんだろ。どーぞって言って損したかな」

「……久世様の強みは光と闇を使いこなせること。つまりです、望めば金じゃなく情報で報酬を払うこともできるんですよ。例えば協力してくれた極道に警察の情報を流すとかね。逆もしかりで、味方になってもらいたい警察官僚の出世のために裏社会の情報を渡すとかね。そんなことをしているから、常に裏社会の連中から狙われまくってるんですよ」

「おとなしくしてればいいじゃない! 立候補なんてしないでさぁ! お金あるならポイントゼロに島作って引きこもってればいいんじゃない⁉」

「日本社会で一番安全な職業は政治家なんです。なんせ国費で厳重な警備が付きますし、おいそれと政治家を襲撃なんてできませんからね」


 何それ? 保身のために政治家になるっての? これは何とか逃げないとダメだよな。


「あの……僕、そんなヤバそうな人、守れません。格闘技とかしたことないし」

「あぁ、そんなの要りませんよ。ちょっと待っててください」


米沢さんはそう言うと、部屋の奥にある引き戸を開けた。そこには数十着のジャケットが吊るされていた……なんかギラギラしてる。米沢さんはそれを一着手に取り、それから何かを拾い上げて戻ってきた。


「これね、NASAが開発した特殊繊維を使った防弾ジャケットです。本来なら宇宙ステーションの作業員が着る奴で、とにかく軽くて、耐久性だって折り紙つきらしいです。スペースジブリが当たっても一切傷つかないらしいですよ」

「……なんで伝聞調なんですか?」

「……まだ実際には試してないですからね」

「僕、帰っていいですか?」

「これ、同じ素材を使ったヘルメット。ちょうどいいから実験してみましょうか」


そういうと米沢さんは、胸元から拳銃を取り出し、間髪入れずにジャケットとヘルメットに発砲した、一発、二発、三発……それ以上はて数えられなくなった。耳がやられただけじゃなく、徐々に目の前が真っ暗になって、意識が絶たれたからだ。 


最後に覚えている言葉は「この距離だったらちょっとめり込みますね。でもまぁ、実際に食らっても打ち身くらいで済むと思いますよ……後で久世様に報告しよう。ズボンタイプはないんで、下半身に食らわないように気を付けてくださいね」だ。


覚えておいてほしい。人間ってのは、体のリミット以上の大声を出したら失神してしまうということを。

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