4/4日(金)まやかしの光が挿す部屋で


「……寝てたのか」


 何で起きたのかは分からない。窓の外から聞こえる不良外国人の嬌声なのか、紙パックの麦茶を片手に横たわって寝ている大友晃司のいびきのせいなのか。ともあれ目が覚めてしまった。着たままの革ジャンの内ポケットからスマホを取り出す。デフォルトの壁紙に表示されている時間は深夜3時。


 壁にもたれかかって寝る癖のせいか、背中がこわばっている。それだけでなく、足もしびれている。こうなったらしばらく動けないな。全身に血が行き渡るまでじっとしているしかない。こんなことはしばらくなかったのにな。先生と一緒にいたせいかもしれない。


 手持ち無沙汰になったから、買ってもらった緑茶のパックを手にする。飲み口を少し開いて長いストローを差し込んで中身を吸い出す。口腔に緑茶の味がする生暖かい液体が広がっていく。しかし、緑茶と言うには大げさだ。良いところ緑茶風味だろう。裏側のパッケージを確認すると「緑茶風」と書かれていた。「安いから当たり前だろう」と言わんばかりの潔さに少しだけ笑った。そんなまがい物にも俺の頭と体を覚醒させる効果はあった。


 少しだけ気怠い体を奮い立たせて、部屋の隅にあるギターケースへと向かう。部屋の電気は停まったままだ。元々手続きをしていないから点くことはないが、どうせ仮の宿だ。カーテンもない窓からは、東中野銀座商店街の灯りが射し込む。それで真夜中でも全体が把握できる小さな部屋。ケースから使い込んだアコースティックギターを取り出す。ボディの裏面を上にし、側面に出来た取っ掛かりに指を賭けて軽く擦ると、板面が浮き上がる。それを持ち上げると中の空洞には、折り畳まれたライフルが張り付けてある。


 大友晃司を見返すと「そうですね、売れるって確信してましたから。でもそれがいつになるか分かりませんからね、その間は兄に迷惑を掛けましたねぇ」などと寝言を言っている。授賞式の授賞式でのインタビューでも受けているのか、それとも寝たふりをしているのか……そう言った後、ヘラヘラ笑っていびきをかいている。間違いなく前者だろう。良い歳をしているのに子供じみた人だな、そう思ったら吹き出した。彼は現実に即して年相応に生きた方が良い。夢見る年齢ではないはずだ。


 俺はライフルを組み立て窓へと向かう。少しだけ開けてマズルを出し、桟にスタンドを立てる。そしてリアサイトを覗き込む。


「何してんだ!!」


 唐突の怒鳴り声が響く。間違いなく大友晃司のものだ。起きていたのか。俺の見立てが悪かったせいで、彼には残念な未来を贈らなければならなくなった。そう思ったら辛くなった。彼を撃ちたくはない。しかし、俺にはやらなければならないことがある。この場に及んで出来ることと言えば、彼の不安をぬぐって安らかに殺してやることだけだ。


 俺は「……先生、起きてたんですか」と問いながら振り返る。彼に馴染みがあるだろう笑みを張り付けてだ。


 結論から言えば、大友晃司は眠ったままだ。しかし、彼の周りは水浸しだ。手にしたままの麦茶を振り回したせいだろう。


「兄ちゃん! この賞金は俺のだ! さっき分け前やっただろ!どんだけ欲しがりなんだ変態!」


 苦心させている兄が出てきているんだろうが、どんな夢を見ているんだろう? 少なくとも兄に感謝はしていなさそうだ。ともあれ、彼を手に掛けないで済んでよかった。再びいびきを掻きだした大友晃司を見届けた後に、窓に向き直り、先ほどと同じ動きをしてリアサイトを覗き込む。街灯が当たりきらない薄暗い視界の中、直径数cmの照準に「ヴィア ラ メゾン」の看板が浮かんでいた。


 俺は「うん、問題ない」と独り言ちる。大友晃司は幸せそうな顔をして眠っている。そのまま何もしらないままでいてほしい。俺に良くしてくれたあなたの前だけでは変わらないでいたい。そんなことを思いながら、ライフルをバラした。窓から差し込む光が変わる。もうすぐ朝になるな。

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