4/4日(木)桜舞い散るううう!!!!!!(清春カバーズ激推し中)
「晃司さんお待たせしました。帰りましょう」
合計で10時間の労働を経て、やっと自由の身になった。すげぇ早さでケーキやらクッキーを仕込んで、出来上がったもんを箱詰めして、注文のあったとこに配達して……10年分の労働を一日でやった気持ちだ。途中でキレて休憩を2時間して以来、まったくもって休んでいない。体がだるい。これが労働の後の心地いい疲労感ってやつか? こんなんいらんわ。
「明日は朝の5時から始めるようです。頑張りましょう!」
「いや、いらんわ。その時間にいつも寝てんだ。俺に寝るなって?」
何かすげぇ嫌になったから、俺は早足で帰路を歩んでいく。その後を健が「ちょっ! 待てよ!」的なテンパリ具合でついてくる。 何なんだお前は? 大体お前が仕事の窓口だろ? しっかりしろよ。そんなことを考えた途端に馬鹿らしくなった。
長らく病院生活をしていた人間が退院したばかりなんだ。社会の理不尽や怖さなんて目に映らずに、楽しいことだけが頭を占めているだろうよ。ゲーテか健かってくらいに、脳内が花盛りになっているはずだ。
それも普段なら良い。仕事が絡まなければ全然いい。というか、俺らに迷惑が掛からなければ他の仕事でいくら失敗しようと関係ない。でも、今回は仕事だ。月曜までに金を用意しないと、俺も兄ちゃんも住む場所がなくなる。俺がしっかりしないといけないんだな。よし、説教タイムの開演だ。
桜の花びらが一枚、二枚と散った。そいつが暗闇で分かったのは、頼りない白色灯のおかげだ。余りにも弱弱しいから、光の筋に数枚迷い込んだだけで寂寥感と儚さが尋常じゃない。
花見のシーズンでも人がいない深夜の公園。植えられている木々がすべて桜であっても、多分暇な爺さんくらいしか来ない小さな公園のベンチで男が2人。缶コーヒーを片手に横並びで座っている。横に並んでいるのは健だ。
こいつがさ、高校生くらいなら青春だろう。けど、おっさんとフリーターじみた青年だったらどうだ? 悲壮感しかないだろう。健は、神妙な顔で押し黙っている。手持ち無沙汰になっては缶コーヒーに口をつけて、やがて来るだろう俺の怒りを受け止めるべく心を穏やかにしているってとこか。あ、違った。缶の中に吐血を貯めてやがった。それお前どうする気?……あぁ違う、違う。今から虚弱体質で世間知らずの愛すべき後輩にお灸を据えるんだった。
コイツが情け容赦ない冬の日本海並みに辛い社会の風にさらされて病院送りされる前に、怒られる心構えと自衛の作法って奴を教えてやらねばなるまい。よし、あともう一枚桜の花びらが舞ったら切り出そう……って早えよ。しかも4枚くらい来たね。 何? 帰れってこと? 閉園時間とかないですよね、ここ? しゃあないやるか。
「……なぁ健よ。こういうのはしっかりしとこう。仕事内容とギャラについてだ……そりゃあな、お前が取ってきた仕事だからさ。俺はやり通したい気持ちはある。でもな、拘束時間と労働内容を天秤にかけてみろ? これが2~3万じゃわりに合わねぇんだよ。 一体いつまでやって、いくら入ってくんだ?」
「あぁ! すみません。説明してませんでしたね。選挙が終わる次の日曜日いっぱいで、ギャラがですね……50万!」
なに言ってんのコイツ? 俺は「もう一回言ってみ」と、少しの冷たさを含めて聞き返した。
「50万ですよ」
「おいおい……健よ、これからは最初に相談してから仕事受けろよ。さっきのケーキ屋、えぇとヴィア ラ メゾンだっけか? あそこで売っていたケーキ、特大のサイズでいくらだったよ?」
「7,000円でしたね」
「そうだろ? そんなもんよりも500円くらいの焼き菓子アソートが売れ筋だったじゃねぇか。 そりゃあ数件な、カルチャースクールとお見合いパーティー会社からの注文で、1万くらいになったのもあったよ。でもそんなの数件だ。 もう分かるだろ? あと3日俺らが手伝って売り上げ増えてもだ、一日に10万もいってない店なんだ。そんなギャラ無理だろ? 騙されてんだよ」
「もうギャラは芦澤さんから全額振り込んでもらってますよ?」
「ウソでしょ!? なんで!?」
「きっと彼とシェフの間で何かあるんでしょ。 話は終わりですか? とりあえずお金は仕事が終わった日曜日に渡します。さぁ、明日も早いからもう帰りますよ……せっかくもらったケーキも兄さんに渡したいですし」
健はそう告げるや、立ち上がって缶を片手に公園の出口へと向かっていく。俺は健に金を早く渡すように言おうとしたが、健の背中越しに金髪が見えた。あれマーシーじゃね?
「マーシー!」と呼びかけると、やはりマーシーだった。だんだんと暑い日も増えてきたのに、コイツは今日も革ジャンでギターを担いでいる。マーシーは俺に気が付くと、人懐っこい笑顔で俺の方に歩みを変えた。
「先生! 何してんですか?」
「仕事帰りってやつ。お前はなんでこんなとこにいんの? サンドイッチマン辞めたの?」
「今日はお休み貰ったんです!で、今から帰るところなんですよ」
そこまで言ったところで、健が俺に帰らないのかと尋ねてきた。マーシーと少し話してから帰ると告げると、健は明日は4時に店だと告げて去っていった。盛り上がってたとこに思わぬ入った横やりに、俺とマーシーは言葉を持っていかれたようだった。しかし、俺は気が良い友人に会えたから、すぐに話題を振れた。
「……ところで漫喫で寝泊まりしてんだろ。こっちには何も店なくね?」
「よくぞ聞いてくれました! 実は今日、アパートを借りたのです!今日は新居で初めての夜を過ごすんですよ!」
「おぉ!おめでとう! 新居祝いと引っ越し祝いを兼ねてだけど、これやるよ!見た目は悪いけどうまいから!」
失敗作が入った紙袋を差し出すと、マーシーの満面の笑みに少しだけ険しさが差した。しかし、すぐに花が咲いたような笑顔になって、包みを持つ俺の手をそっと押した。
「先生すみません! 俺、ストロベリーパイはダメなんですよ。というか、小麦粉使った料理は全部嫌いなんです……お気持ちだけで! 本当に申し訳ない」
「あ、あぁそう? お祝いの品を突き返されたのは初めてだけど、それだったらしょうがないね」
「本当にすみません……あ、そうだ! 良かったら俺の部屋来ません? なんもないですけど、明日もこの辺で仕事ならウチで寝れば楽ですよ!」
「マジで!? 本当にそうさせてもらえるなら嬉しい!」
「全然いいですよ! ちょっとコンビニ寄ってから、ウチに行きましょ!」
「ありがとう! 飲み物くらいなら奢るわ! 紙パックのデカイ麦茶か緑茶一本だけね!」
思わぬ出会いとマーシーの優しさに、俺の声は自然とデカくなった。なんて僥倖だ。朝から散々な目に遭っていたけど、マーシーのおかげで全部報われた気分だ。 俺とマーシーは連れ立って山手通りの方へと向かっていく。
公園を出るときに何か引っかかった。けれども、道の端に溜まった桜の花びらの成れの果てを見たときに、なんかどうでも良くなった。 さらに、マーシーが冗談を言うもんだから、それ以上に面白いことを言おうという思いが沸いて、些細な違和感は霧散してしまった。どうせ小指に出来たささくれ並みのくだらないことだ。
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