4/4日(木)“久しぶり”はいらないもの

「健! そっちできた!?っておま! メレンゲに血が混じってる! そんなベリーなメレンゲ使えないだろ!そんなん 頭がおかしい宮崎さゆり以外に食えないだろ!!」

「今さゆりさんは関係ないじゃないじゃないですか!! 晃司さんだって、さっきからいくつケーキをダメにしてるんですか!」

「バカ野郎! ドル箱より重いもんをどんだけもってねぇと思ってんだ! 作家なめんなよ!」

「知りませんよ! ……あぁちょっと! ホイップがつぶれた! ケーキを箱に入れるだけなんですよ! なんでできないんですか!」

「しょうがないだろ! 久しぶりに繊細で大胆な動きしてんだ! こうもなるわ」

「しょうがなくないです! 久しぶりかもしれないですけど、いいオッサンなんだからちゃんとして!」

「おぉ言うじゃねえか! じゃあな、おっさんが教えてやる! いいか、“久しぶり”なんもんはな!人生でいらないもんだって切り捨ててきたもんなんだよ! そいつと偶々出会ったからって嬉しくもなんともねぇわ!」

「うるさいガキどもだね! 口ばっか動かして!! 役立たないなら帰りな!」


 俺と健はコックコートを着て、焼いたこともないケーキやらパイを仕込んでいる。昼前からずっとだ。厨房の小窓から見える空は少しだけ赤みを増した気がする。すでに腕はパンパンで、痛みもなく小刻みに震えている。健に至っては吐血のし過ぎで一時間に一回は倒れている。


「いえ! シェフ!僕頑張ります!」

「商品を作ってるんだ。ダメにされたらその分だけオマンマの食い上げなんだよ! 分かるかい!? あんたらは私の財布から金を抜き取ってるんだ! 帰りな!」

「申し訳ありません! シェフきちんとマスクを5枚重ねで頑張るので、やらせてください!」


  芦澤に昼前くらいに連れられてから、ずっとこんな感じだ。だからストレスも溜まって、お互いに罵り合いたくもなる。さらにだ、健の奴は久しぶりの実労働で社旗復帰を感じているらしく、無駄に責任感を抱いていやがる。そして俺はだ、厨房の端に積まれたケーキの残骸とm、たった今しがた自分でダメにした完成品を見て、いかにクライアントにプロの顔を向けてやろうかと考えている。そしてさっき出した結論はだ、健に責任を被せて監督責任が果たせなかったって謝罪することだ。そうすれば俺の罪から目が逸れると思うんだ。


「はぁ……そんなに体が弱くなければ見込みがありそうな子なのにねぇ。分かった。頑張んな。ただし、血を吐きそうになったらトイレで吐きな。言っちゃあ悪いけど、血は衛生的に良くないからね。無理されて商品をダメにされたら困るんだよ」

「かしこまりました。シェフ! 使い物にならない相方の分を挽回できるように、無理せずに粛々と結果を出します!」

「よし、頼んだよ! 全部終わったら特性のまかない食わせてやるからね!」

「サー!イエッサー‼!」


 ひとつ思ったのがだ。多分というか、絶対なんだけどさ……健も俺と同じことを考えてやがった。そして、たった今そいつを実行したんじゃないかな。こうなったら俺が悪者じゃん。大友家が悪者じゃん。そいつはダメじゃん?


「騙されるなババア! 悪いのはそいつだ!」

「うるさいよ! あんた良い歳したオッサンだろ!? そいつが何だい、年下に擦り付けてさ! あんたはさっさと帰れ! 帰ってマスでもかいてろ童貞!」

「すみません、シェフ! 僕が謝ります! あいつも使ってやってください! ただちょっと疲れてるんで、少し休憩をやってください!」

「聞いたかい? あんたはこの子から見習うこと一杯あるよ!」


 ドツボにはまってしまっただけでなく、健の株をあげてしまった。俺はなんでいつもこうなんだろうか。口も悪くて独りよがりで、プライドだけ高くて、人とうまく付き合うことができない。言うことだけが立派で行動が伴っていないってよく言われたもんだ。しかしだ、俺も三十路過ぎのおっさんだ。俺なりに海千山千乗り越えてきたつもりだ。だからこそ言えることがある。お菓子だけ作ってきたババアと虚弱体質のガキには及ばないほどの人生経験と思考があるんだ。良いか? ババア、健。これが大人の対応だ。これが社会の掟ってやつだ! 良く聞いとけよ!?


「休憩いただきます!!」

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