4/4日(木)怪しい奴と切羽詰まった兄。俺は洋菓子に惹かれる。

「仕事??」

「どっちかにお願いしたいのよねぇ」


 次の日の開店前のタマナシ。 子猫探しで疲れ果ててソファーに寝そべっている俺たちの元に、ヴェルモットが来てそう言った。俺は不快だった。なんだその赤いフリルのドレスとクネクネした動きは? なんだ?その濃いブルーのアイシャドウは? 角刈りで筋骨隆々のおっさんが、そんな恰好して許されるとでも思ってるの? そんな奴の仕事なんて怪しいって宣言してるもんだ。だから言ってやったんだ。


「断る」

「良いの? 結構破格なのよ、これ」

「詳しいお話をお聞かせいただけますか?」

「やめろ駄兄」

「うるせぇ愚弟が! お前借金いくらあるか言ってみろ! 毎月の利子も含めてね!」

「総借入金額1,103,924万円。利子だけで毎月2万。4万ずつ返済しても6年はかかります」

「なんで平然と言えるわけ!? ねぇ!お前が作った借金だって分かってる!?」

「一時的な勝ち負けで一喜一憂なんてしてたらギャンブルなんてできないよ」

「ねぇグーで殴られたい? それとも吐くまでお腹蹴っていいかな?」

「んじゃあ、このお仕事良いかもね」


 頼んでもいないのに、ヴェルモットが語りだした。その仕事が入るまでにいかに人脈形成をしたかを自慢げに語ったが、要約すると中野区長の候補者の秘書だ。


「なるほど。期間とギャラを教えてくれますか?」

「期間は選挙が終わるまで。明日からなら3日間ね。拘束が長くて24時間。ギャラがね、食事手当とか通勤費、謝礼などなどの手当を含めて……なんと1日9万円!時給にして約2,000円!」

「3日で27万! やります!」

「いい返事ねぇ。ね、運転免許ある?」

「あります! ペーパー過ぎてゴールド免許です!」

「あらそう。ごめんなさいね、ゴールドじゃなくなるかも」

「大丈夫です! 生活掛かってますんで!」

「待て愚兄!おもっきし怪しい! おい、バケモノ。“手当などなど”ってなんだ? こちとら専門知識もない素人だ。1日にそんなに渡すなんてありえないだろ」

「へぇ、ただのバカじゃないのねぇ。見直したわ……危険手当が含まれているのよ。なんせ危ない橋を渡っている人だからね」


 ヴェルモットが言うにはこうだ。クライアントは警察庁のエリートから実業家に転身したそうだ。だが、ビジネスの進め方が悪かった。OBと元同僚などの後ろ盾を使って、闇稼業相手に脅迫じみた手法で荒稼ぎをしていたらしい。 その結果として、やーさんと警察から目を付けられ、逮捕か拉致かって瀬戸際に来ているそうだ。


「それで保身のために中野区の区長選に立候補したの。現役区長になれば、少なくとも国家権力も裏家業の人も簡単には手を出せないからね」

「なるほどねぇ。悪い奴だわ。なぁ、そいつを当ててやるよ。山梨のケンタッキーだろ?」

「惜しい! 正解はね」


 その時、カウベルが鳴った。入ってきたのはカマイタチとさゆり、片手に2Lのペットボトルを持った健だ。 歩いているときに血を吐くと周りを驚かせるのが申し訳ないらしく、移す用の空のペットボトルを持ち歩いてるそうだが……もう一杯になってる。


「あ、晃司さん!HPから仕事の依頼が来ましたよ! 東中野で洋菓子店のお手伝い何ですけど、どうですか?」

「おぉやるやる! それ詳しく教えろよ!」

「良いですよ! さっき来たばかりですし、まだ連絡できるはずです。ここじゃあうるさいんで、晃司さんのアパート行きましょう!」


 意気揚々と健を連れ立って店を出ていく。 扉が閉まる際に、兄ちゃんがクライアントの名前を尋ねていたが、ヴェルモットの答えは、カウベルの音が重なって聞こえなかった。

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