4/2日(火)警察は民事不介入

「晃司! 何だこれ!」

 マーシーとの出会いから次の日に最初に聞いたのは、我が最愛の愚兄こと大友友彦の怒鳴り声だった。 次に起きたのは、右頬の鈍痛だ。 俺は眠気なまこを強引に開かれ、何が起きたかのかとビックリする。 そんな俺のナイーブな反応を気にすることなく、兄ちゃんは次々とまくし立てる。 この野郎……俺の右ほっぺちゃんを殴りやがったな!

「起きろ晃司! この借入明細を説明しろ!」

「ほわぁ~……こんだけの借金ありますよってことじゃないの?」

「それは知ってんだよ! なんで俺宛に確認メール来るんだ!? お前何かやっただろう!」

「知らない……おやすみ」

「ふざけんな!」

 再び毛布の中に潜った俺の左頬に愚兄の右ストレートが落ちる。 我が兄ながらビックリだ。 先程の右頬の鈍痛以上に重くて痛い。 これは世界を狙えるかもしれない……スヤァ

「なんなんだ! お前何やったんだ!」

「……必ず戦果を渡すってプロミスしたんだけど、約束を果たせなかったんだ。 それは俺の無事を祈る……そう、切なる願いなのかもね」

「返す当てのない借金だろうが!」

 愚兄が俺の左頬に右ストレートを打ち付ける。


……そりゃね、俺も悪いと思ってますよ? 兄ちゃんの名前を使って金を借りたって罪悪感がね。 同時にね、最後の勝負に負けた敗北感と挫折感もあるんですよ。 それを何故理解しない? 唯一の肉親の大友友彦が、何故理解しないんだ!

「果たせないプロミスだってあるんだよ!」

「そんなプロミスして金借りんじゃねぇよ!」

 左ほっぺちゃんに衝撃。 4発。 今まで愚兄が俺に振り落とした拳の数だ。 これはいけない。 俺の罪は3発で注がれているはずだ。 この一発は……兄の心か。 なら、俺も弟として答えねばなるまい!

「いってぇ! お前何殴り返してくれちゃってんの!?」

「3発までは罪だ。 しかし、4発目からは別だろうが!」

 そう、これは宣戦布告。 雄と雄として、お互いの主張を通すための闘争だ。 これ以上やるなら抗わなければならない。 4発目からは喧嘩だという主張を通すために。  兄ちゃんの名前を語って借金したことについて? そんなの些事だろ。 

「借入額110万ってなんだ! 借入可能額0円ってなんだ! 110番して警察に突き出してやろうか!? 弟が兄の名を語って借金しましたって!! お前も人生0にすれば気づくのか!? あぁぁぁぁん晃司さんよおおおおお!!!???」

「上等だ! やってみろよ!」

「警察は民事不介入なんだよチクショウ!!!!」

 5発。 よかろう……開戦だ。


 ※ ※ ※


 壮絶な兄弟喧嘩を経て、俺達は大の字に転がっている。 兄ちゃんは久しぶりに激しく動いたせいで荒い息を吐いている。 だが、まだまだ怒りは収まっていないようだ。

「どうやって返すつもりなの!? 利子だけで毎月2万円! 全財産教えてやろうか!? 2万だ! 家賃も払えない! なんでお前は毎回、俺の就職活動を邪魔すんの!? これなんのカルマなんだよ!? そんなに前世で悪いことしたのかよボケ!」

 うっせぇなぁ。 借りたら返せば良いじゃねぇか。 お前が金持ってんのは知ってんだよ。 そんな肩から息して泣きそうになる程のもんでもねぇんだぞ?

「カマイタチの金あんでしょ? 先々月にもらったさぁ」

「そんなのは滞納してたの払って全部消えたわ! 信金の最終面接だったんだぞ!」

「なっ……言葉を失うとはこのことだよ兄ちゃん。 どんだけ金の管理甘ぇんだよ! あんだけあった大金、なんで失くなっちゃうわけ? そんなんだったら、信金受かってもすぐにクビになるわ!」

「お前の借金と払ってなかった税金関係払ったら全部飛んだわ! 昨日契約ならエイプリルフールで良いんだけどね! どうなんだい!?」

「現実ゴメーン!」

 弟の不始末を兄が拭う……なんて素晴らしい兄弟愛なんだろう。 やべぇ、少し泣きそうになってきたよ。 俺、兄ちゃんに苦労かけてんなぁ。

「兄ちゃん……必ず売れっ子小説家になって兄ちゃんを楽させてやるからな」

「そのセリフ10年位聞いてるけど……ちなみに今月何ページ書いたの?」

「……5文字、かな」

「落ち着け、落ち着け。 まだキレるときじゃない。 兄としての余裕を取り戻せ友彦……ふーん、そう。 そんな状況でなんでギャンブルしたり、酒のんだり、タバコ吸ったりできるわけ? ねぇ? 俺が苦しいこと知ってんでしょ? なんで? ねぇ?」

 何回言っても愚兄は創作者ってもんを分かってねぇな、マジで。 説明すんのもうんざりだけど……まぁ定期的に説明しないと兄ちゃんも安心できないんだろうな。 これも俗世間と離れた生き方をしてるアーティストのサガ、か。

「……兄ちゃん、創作者ってのはさ、頭の中ではストーリーは完結してるわけ。 大事なのはキャラクターなんだけど、コイツが言うことを聞いてくれない。 だから、コイツらに血肉を通わせるために、ギャンブルやったり酒のんだりして感情を揺さぶらせる……いうなれば、ギャンブルも飲酒もキャラに血肉を通わせる作業なんだよ。 タバコは血流を良くする蒸気機関車ってわけ」

 決まったな。 兄ちゃんは新たな価値観を発見して、感動で打ちひしがれているに違いない。 毎回毎回面倒な感動屋だ。 どれ、そのブサイクな泣き顔でも見てやるか……あら、憤怒。

「5文字しか書いてねぇのに偉そうなこと言ってんじゃねぇ! この部屋見てみろよ! どう思うか言ってみろ!」

 そう言われて部屋を眺め回す。 あるのは冷蔵庫と兄ちゃんのノートPCだけだ。 カマイタチの仕事をこなして守り抜いた俺達の城には、高級な調度品どころかファーもテーブルもなくなった。 なんということでしょう。 匠は、あの事件を解決する前に金目のものは全部売っていたようです。

「……とても生活感がない部屋だと思います」

「お前が働かないからね! 食いつぶしているだけだからね! 俺って優しいね! なんでお前の面倒見てるんだクソが!!……ハックション! ヘークション! ハックション! チックション!」

 立て板に水の如く捲し立てた後にクシャミ連発。 汚いなぁ。 寝っ転がりながらも、クシャミの反動で体が跳ね上がるって、どんだけなんだよ。

「兄ちゃん、どうしたの?」

「ハックション! 薬が、ファンクション! 切れた! フィックション! 」

 なんだフィクションか、心配掛けさせやがって。 いや、まてまて怖いよ。 会話の途中で感情が昂ぶってクシャミ連発ってガチでヤバイやつじゃん。 いや、こうも考えられるぞ。 以前から症状が出てたのに、抑える薬を服用しながら俺の尻拭いをしていたと。 兄ちゃんが心を壊してまで尽くしてくれてるのに……それすらも隠そうとしてるのに、俺は……

「兄ちゃん死なないで! 俺、働くから! カマイタチのとこ行ってくるね!」

「ハックション! 当たり前だ! とりあえず机に……キャリキュレーション!……あー、辛いサティスファクション!」

「サティスファクションしてくれて嬉しい! じゃあ行ってくるね!」

「違う! 取ってきて! 机のアレグラ、デーション!」

 なんだ花粉症かよ。 はぁ、冷めるわぁ……心配して損した。 カマイタチのとこ行くのダルくなっちゃった。


 その後、兄ちゃんはアレグラを服用し、顔の半分くらいを覆うマスクを掛けて、青山あたりにいそうなセレブ御用達のサングラスっぽいのを付けて、出発準備は万端だと言った。 何が万端だ。 図体がデカイ不審者じゃねーか。

「……一緒に歩くの嫌だなぁ。」

「お前も付けとけば? 顔のケガ隠せるよ」

「まぁ、それもそうか。 よし、俺も付けよっと」

 その後、大友兄弟はペアルックでカマイタチの店「BAR タマナシ」に向かった。 すれ違う中野区民の目が痛い。 変な格好してる人なんてハロウィンで慣れてるだろうが。 


 こうして、またしても俺の作った借金で大友屋を開業する羽目になった。 一言だけ言わせてくれ。 働きたくない。 あんなプロミスすんじゃなかった。 まぁ、1ヶ月の結果だから、いずれバレてたんだろうけどね。


プロミスすんじゃなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る