4/1日(月)エイプリルフールにコバルトブルーな奴と出会った

 ATMから1万円札が出てくる。 その枚数は10枚。 アラートとして払い出された明細書には「利用可能額 0円」「総借入金額 1,103,924万円」と書いてある。 


 ――そろそろあの台は天井だから必ず当たる。 そっから開店から打って失くなった10万が熨しつけて返ってくるか、そんなもんは知らん。 俺に出来るのは、この金をブッこんで当たりを引くまでだ。 そこで始めて勝利の女神をナンパ出来る。 振り向いて俺に惚れるかは知らんけど、彼女の足を止めないことには何もならない。 時間は閉店40分前。 大丈夫、ダメなら明日朝イチで行って同じ台を打てばいい。 確定しているのは、これが消える時には俺は風になるってことだ。 笑え。 笑え笑え。 不安な気持ちじゃ何も出来ねぇよ。 さぁ、いざ参らん――



 利用明細を握りつぶしてゴミ箱に叩きつけて自動ドアを出る。 エレベーター前のスペースで若い男がタバコを吸っていた。 茶色に染めた単発をワックスで逆立ててライダースとドクターマーチンを着込んだ、今時珍しいトラディショナルなパンクロックファッションだ。 俺に気がつくと、小窓から吸い殻を捨てて歩み寄ってくる。 


「なんだよお前?」


 男は不敵な笑顔を貼り付けたまま何も答えない。だが、目には切羽詰まった狂気が宿っている。 これ知ってる。カツアゲ的なやつだね。 久しぶりに中野のピッドブルと呼ばれた晃司さんの狂犬魂が「いいよ。やってやんよ」と鎌首をもたげようと……くっ! 沈まれ晃司! 相手は子どもだ! 大人としての振る舞いをね、やらなきゃね、ダメなんだからあぁああああ!!


「なんだお前? やんのかコラ?! 俺はな、プロミスしちゃってんだよ! スロットに破れたらプロミス破っちゃうから、コバルトブルーしなきゃなんねぇんだよ! そこんとこ分かってんのか!あぁん!?」


 ムリでした。


「オッサン……聞きたいことがあんだよ」

「あん!?」

「金って……どうやって借りんのか教えてくんねえかな」

 はい? お前そんなこともできねぇの? 金の借り方も知らないで何で生きてられんの? そんなんで世の中渡っていけるとでも思ってんの?

「金の借り方? んなもん、プロミスすればいいじゃねぇか。 そうすりゃ金なんていくらでも出てくるわ」

「いや……ムリだったんだよ。 無職のやつには貸せねぇって」

「働けよ……って言いたいとこだけどな、俺だって働いてないからお前の気持ちは、まぁ分からんでもない。 しゃあねぇな、裏技教えてやろうか?」

「マジですか! お願いします先生!」


 ……先生。 良いっ!すごく良い! 将来的には呼ばれる尊称ではあるけど、やっぱいい! 


「おぉ! 君、なかなか見込みがあるじゃねぇか! よし、一杯やりながら話そうじゃないか。 酒はイケる口かね?」

「はい、大丈夫ですけど、金が……」

「大丈夫。 私には金がある、いや、プロミスがある。 気にすることはない。 前途有望な若者に教えを授ける機会なんて中々ないものだ。 さぁ、新道通りに行こう!」

「先生それだったら、僕お腹が減っていて……」

「なんでも好きなものを食って飲むが良いよ君ぃ!」

「ありがとうございます先生! 俺、ずっとついていきます!」

「ハッハッハ! ところで、君の名前は何て言うんだい?」

「……ヤマダマサシ、皆からはマーシーって呼ばれてます! ミュージシャンに憧れてて、今日地元から出てきたんです!」

「中々コバルトブルーな名前だ。 なんで金を借りようと思ったんだ?」

「……住むとこも決めないで来ちゃって。 来週からバイトするんで返せるんですけど!」

「ハッハッハ! 金は返せるときに返せば良いんだよ君ィ! そんな君とコバルトブルーの店で出会うなんて、素敵な偶然じゃないか!」

「先生……詩的です! 中原中也的な感じです!」

「ハッハッハ! 行くぞマーシー!」


 消費者金融のATM前で出会った"マーシー"こと山田将司。 ロックミュージシャンに憧れて上京してきたなんて、いやはや前時代的な男だ。 無軌道なまでの情熱と純粋さを持つ彼を気に入り、その後新道通りで2人で杯を傾けた。 マーシーに「先生!」と呼ばれると実に快感だ。 そこに旨い酒が入ればなおさらである。だけどこのときは、後々クソめんどくさいことに巻き込まれるとは露程も知らなかったのである。


「いいかマーシー! 合言葉はプロミスだ!」

「はい先生! プロミスです!」

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