2/15日(金)兄弟の絆は切れないもの

「まずだ。 俺は健康そのものだし兄貴もオカマじゃない。 この段階でお前とぜんぜん違う。 お前が言ってることを理解できても共感は全くできない。 それはここにいる全員が共感できると思うわ」



 周りを見渡す。西条健は、予想外の返答が返ってきたと受け止めたのか、呆気にとられた顔をしている。カマイタチは伏し目で畳を見ている。兄ちゃんと宮崎さゆりは目をそらした。



「何の反論もねぇのね。 んじゃ続けるぞ。 いいか、お前の話を整理してみろ。 そんな病気の治療費だ、生半可なことじゃ稼げないわ。お前を治すために、兄貴がオカマになったんだろ? 」

「そうだよ……だから、これ以上迷惑を掛けたくなくて」

「それが独りよがりのガキだって言ってんだよ。 カマイタチが唯一の肉親だって言ったな? 憧れの兄貴だって。 それをカマイタチの立場で考えてみろよ? 唯一の肉親の弟が、難病に掛かってしまって死ぬかもしれない。 失いたくないから治療費を稼がなきゃいけない。 そのためには、自分を変えなきゃいけないって……お前と同じようなことを考えてたと思うぞ」



 西条健は何か気づいたようで、吐血を一口大した後にカマイタチの方を向く。カマイタチは伏し目のままだが、いつの間にか正座から片膝を立てた姿勢になっていた。



「 お前と兄ちゃんで違うのは逃げなかったってことだ。 いや、逃げたくても逃げられなかったろうな。 変わったことで、いっぱい重荷を抱えちまったから……突き進むしかないんだよ、 お前が必要だから、やりたくないオカマを我慢できるんだよ……そんな漢気があって、お前のことを愛してくれているヤツから逃げんなよ。 それが面倒見られるやつのルールだ」




 西条健は黙している。俺の言葉を噛みしめればいい。




「宮崎さゆり、お前もお前だ。 多分一番お前が悪い」

「は、は、はいいいい! すみません!すみません!」

「惚れてる男のお願いを聞くだけが優しさじゃねぇだろ。 甘やかしが時に人を殺しかねないって分かったろ?」

「まずはだ、カマイタチに謝罪するんだな。 許してもらえたら関係を続けていいかお伺いを立てればいいと思うよ」

「は、は、はい! ありがとうございます探偵さん!」



 宮崎さゆりは自分のやっていたことが、どういうことか知っていた。患者とナースの隠れた関係というのに酔っていた部分もあったのだろう。 俺に指摘されると、宮崎さゆりは滑り込むようにカマイタチの眼前で「 あの、サリーさん!申し訳ありませんでした!」と土下座した。




 カマイタチは黙している。




「こんな感じでいかがでしょうか? クライアント殿」




 おどけた感じで告げると、カマイタチは立ち上がり、土下座している宮崎さゆりの脇を抜けて西条健へと歩み寄る。そして、振り返って俺を見つめる。




「上出来よ。ありがとう探偵さん」と告げて、西条健に向き直り、彼の頬を平手打ちした。一瞬の出来事だったが、その音は雷音のように部屋中に響いた。




「……兄さん、ゴメンナサイ」

「……探偵さんの言う通りよ。 ひとりで決めるのは、ガキのすること 」

「……はい」

「そして、決めつけるのはバカがすることよ。 私もアンタに謝ることがある……あんたは誤解してる」

「えっ!?」

「アンタのせいで私がオカマになったって言ってたわよね? 違うの。ずっとドラッグクイーンになりたかったのよ、ずっとね。 でもね、やっていたこととギャップが有りすぎたしね……でも、 アンタが病気になって、稼がないといけない、自分で仕事をしなくちゃいけないって……アンタを言い訳にして、昔からの願望を叶えたの。 私も言えなかった。 ゴメンナサイ」




 カマイタチの告白に、西条健は驚きを隠せないようだ。  血を吐くことすら忘れて固まっている。




「……いつか受け入れてくれると願ってるわ。 さて、次は宮崎さんね」




 そう言って、宮崎さゆりに歩み寄る。 土下座の体制を続ける宮崎さゆりを見下ろしているカマイタチ。 次の瞬間、すっと正座をし、宮崎さゆり同様に土下座をした。




「えっ! えっ! え~~~~~ー!!!!!! いや、サリーさんちょっと!!! ななんなんでですか!!????」

「弟の面倒を見てくださって、ありがとうございました」

「いや、えっ!? あの! えええええええぇぇぇぇぇ!!???」

「しかし、これからは会わないであげてください。 病院も変えます。 貴女は弟とお付き合いするにあたって……過分に怖すぎます」

「はい……分かり」

「兄さん、ちょっと待って!」




 西条健が宮崎さゆりの隣へと移る。両者同様に正座をして、カマイタチを見据える。




「兄さん、僕はさゆりさんが好きです。 そんなこと言わないでください」

「健、あなたは恋愛よりも先に身体を治しなさい」

「それは分かってます! でも、さゆりさんと一緒にいたいんです!」

「ダメよ」

「サリーさん、私もお願いします! 月に一回でも、いや、一年に一回でも良いので健ちゃんに会わせてください!」

「「お願いします!!!!」」




 2人はカマイタチに頭を下げる。カマイタチはポーカーフェイスで微動だにしない。あいつ今困ってんだろうなぁ。振り上げた拳の落とし所を見失ったってとこか。




「あの、サリーさんがいるところだったら、良いんじゃないですか? 例えば、サリーさんのお店とか。 あ、女性はダメなんでしたっけ?」

「……そんなことはないわよ」




 お、兄ちゃん良い助け舟だね。 ここにいる奴らって、みんな優しいなぁ。




「で、でででしたら! サリーさんのお店で!」

「……はぁ。 貴女、飲食店の経験はある?」

「えっ!?」

「……客で通うとお金かかるでしょ?  だったらウチでアルバイトをしなさい。 そうすれば、貴女をきちんと理解できるから。 大丈夫だと思ったら健に会わせる、れでいい?」

「は、はい! ありがとうございます! よろしくお願いしたします!」




 宮崎さゆりは喜色満面だ。もちろん西条健も一緒で、お互いの名を呼び合って抱き合っている。そんな2人をカマイタチは苦笑いしながら見つめている。




 これで、万事解決だろう。




「兄ちゃん、きょうだいっていいね」

「俺は働いてもらいたいし、自立してもらいたいけどね」

「世話になっているルール、ちゃんと守ってるよ?」

「そんなルール許可してない。 知ってる? 俺とお前以外にもうひとりいたら、俺は確実にお前の敵になるってこと」

「兄ちゃん、俺が健みたいになったらどうすんの?」

「研究所に売ろっかな。 あぁ、それがいいや。 人体実験の検体。 今までの迷惑を注ぐ気があるなら、その身体を売って金になってくれ。 というか、なってくれ」

「この愚兄が。言うにことかいて、目先の金欲しさに未来の大作家にモルモットになれと? 人類に多大な損害を与えるのと言ってるのと一緒だぞ? 俺の唯一の肉親として、俺の面倒見なきゃダメなんだぞ。 俺らの絆って永遠なんだぞ」

「その絆切れないかな。わりとマジで。 とりあえず、そろそろお暇しよう。銀行に行かなきゃ」




 すでに10時50分。駅までここから……15分かな? 結構ギリギリだな。「おーい、カマイタチ。俺たちは帰るよ」と言うと、全員が立ち上がり、口々にお礼を述べていく。



「探偵さん、本当にありがとうね」

「ありがとうございました! 探偵さんの言う通り、これからは兄さんに何でも言います」

「あの……あ、あ、ありがとうございます!」

「いえいえ、お役に立てて良かった」

「 あなた方のチラシ、うちに置いていいわよ」

「えっ!? 本当ですか!」

「でも、みすぼらしくしないでね。 貼ると大体汚くなるから。 定期的に変えて頂戴」

「分かりました! ありがとうございます!」

「困ったらいつでも来なさい。 中野ではちょっと有名だからね……本当にありがとうございました」




 全員が腰を折って、俺たちを送り出してくれる。あぁ、なんかいいな。これが感謝される喜びってヤツか。 最近された感謝なんて、パチンコ屋でボロ負けして出ていこうとしたときに、店員から言われる「ありがとうございました」とはぜんぜん違う。こういうのが続くのが幸せなのかな。そう思いながら、玄関を開けると人が立っていた。




 菊の紋章が付いた濃紺の帽子に、ガードマンのような制服。腰には手錠と警棒。手には拳銃を持っている。そんな人達が3人。これは……おまわりさん、だね? あれ、俺たちは西条健の吐血を浴びてて……




「……違います」

「そうです。 なんでも屋です!」

「何が違うんだ! 貴様ら!何をした!」

「「何もしてないです!!!!!」」

「 通報があって駆けつけてみたら……部屋に入れ! 抵抗するなよ!」




 送り出された瞬間に、最悪のパターンで出戻りという有様になった。 部屋に続々と警官が入ってくる。 玄関の奥に、ボコボコの顔面で手にテッシュ箱を持ったブリーフ姿の小太りロン毛の男が、部屋の中を指さして何かを叫んでるのが見えた。 彼が稲川さんかなぁ……




「なんだ! この血まみれの部屋は! そこで血を吐きながら気絶している男はなんだ! どれだけ殺すんだチクショウが! お前ら全員逮捕だ!」




 そんなめんどくさい状況に、俺は慣れすぎていたのかもしれない。 ひどく冷静で他人事のように感じていた。 騒ぎ立てる警官を眺めながら、乾いた血がこびりつく手で何気なくスマホを確認する。11時05分。 銀行まで15分で、これが長引くだろ? だとすると……これはヤバイ!!!!!




「お巡りさん! 銀行に! 銀行に行かせて! お願い!」

「貴様! 警察を前にして、そのなりで銀行に行きたいだと! 銀行強盗か!? 逃げる金欲しさに強盗か!  認めると思ったかバカが!」

「認めて! 家が無くなっちゃうからあああああ!」

「安心しろ! これからはブタ箱が家だ!」

「警部! こいつらすごい金額を持ってます!」

「これが今回の報酬か! 貴様ら何でも屋と言ってたな! こんな端金で殺しから片付けまでするのか! 何でもするな! この人間のクズどもが!」

「「違うんです―!!!!!!!!」」




 ※ ※ ※



 これが俺たち「大友屋」の初の大仕事だ。事件を解決したら、逮捕されて報酬を没収されて家がなくなった。今回のことから得た教訓は、他人の事情に首をツッコむには責任と引きどころが重要だってこと。ソイツを間違えると、俺たちみたいにタダ働きな上に、檻の中でも隣の房の兄と喧嘩をするハメになるぜ。



「だから帰ろうって言ったんだ!」

「晃司だってルールだとか言って、ひたってたじゃないか!」

「おい! 大友兄弟! 騒がしいぞ!  留置所で馴れ合うな!」

「「愛想がつきた! もうお前とはこれで終わりだ!」」

「騒がしいわねぇ」



 ※ ※ ※




 第一章 LOVE IS OVER 完

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