2/15日(金)なんだこりゃ!?

「あんた、何を言っているの?」とカマイタチは言った。


 今まで従順な弟だったのだろう。今まで愛情を持って守ってきた弟だったんだろう。それが、始めて牙を剥いたのだろう。それに動揺して、疑問を抱いて、長らく続いた静寂を破ったのだ。



 西条健は口を閉ざしているが、今から起こるのは2人の初めての兄弟喧嘩。だったら大友兄弟は去るのみだ。



「兄ちゃん。 行くよ」と愚兄を促す。ドア横のガードマンと化していた愚兄が、大きく頷いて部屋に入ってくる。いやいや。愚兄さん、もう勘弁してください。



「この愚兄! 説明しねぇと分かんねぇのか! 状況を冷静に分析しろ! 考えろ! 仕事は終わり! もう銀行やってる時間だし、家賃振り込まなきゃ叩き出されんだぞ!? 帰るんだよ! アンダースタンド!?」

「分かってる。 でも見過ごせない。 お前は帰っていいよ」



 そう言って、気絶している宮崎さゆりを抱き起こして壁にもたれ掛からせる。あ、今おっぱい触ってた。どさくさに紛れて何やってんだコイツ。いいなぁ!



「健くん。 言いたいことがあるなら言わないとダメだよ。 君を愛してくれている人に、心を開かないのは……不誠実だ」

「……探偵さん」

「言葉足らずでも良い。 僕が補足するから。 君は勇気を振り絞るだけでいい」


 やだ、この変態紳士かっこいいんですけどー! どんだけ~~~。 そんなこと言われたら俺も帰れなくなるじゃん。ここで帰るって言ったら、すげぇクズじゃん。やだ!どんだけ~~~。



「はぁ……兄ちゃん。お人好しだなぁ、本当に。 しょうがない。付き合うよ。 おい西条健。 ラッキーだったな。 俺らが何かあったら守ってやる。 変わるなら今だぞ」


 こんなことを西条健は言われたことがないのだろう。興奮しすぎて、今日一番の量の血を吐き出して気絶した。



「探偵さん、勝手に話を勧めないでくれる? 家族の話に口を挟むのは無粋よ」


 だって、カマイタチつええんだもん。 喧嘩でも頭でも勝てる気がしない。 西条健が殴られそうになったら、肉の壁くらいしかできないよな。 家賃以外に病院代かかるんじゃないかな。 慰謝料まで考えたら、あの報酬じゃ割に合わねぇよ。


「大丈夫よ、友彦さん。 アタクシは冷静。 だから帰ってくれる?」

「サリーさんが冷静でも、さゆりさんが冷静じゃなくなるかもしれない。また、襲ってくる可能性もあります」

「返り討ちにするわよ」

「それだと健くんが悲しみます」

「……構わないわ」

「サリーさん、お願いします。 きちんと話し合えるようにしますから」

「……勝手になさい」


 窓から差し込む光の淡さは濃くなっていて、着実に昼が近づいてきていると告げている。 そんな中で始まる話し合いなんて、殺人現場で当事者同士がディベートをするみたいなもんだ。俺たちには時間がないのにも関わらず……とんだ貧乏くじだ。


  


         ※ ※ ※



 イスラム教って人間は弱い生き物だって認める宗教らしいよ。だから信者の女性はヒジャブで肌を隠すんだってさ。弱い男の理性が性欲でかき乱さないようにってね。


 葬式や結婚式で着る礼服は、諸説あるが、何ものにも染まらないという永遠の礼を尽くすって意味合いらしい。


 どちらも黒い。黒の色言葉は「強さや圧力、権力など力を感じさせる」「高級感を与える」「自己主張を強くする」って意味なんだって。


 じゃあ、眼前に広がる黒くなった血の池は、秘め事をオープンにしてディベートするために礼を尽くすテーブルマットなのかもしれない。かなり強引でムリがあるけどね。


 そんなマットを円卓に見立てて、時計回りにカマイタチとギターマン、俺、西条健と宮崎さゆり、兄ちゃんという位置関係だ。手元に視線を落とすと、湯気を立てている湯呑が置いていある。フリスク効果が切れた宮崎さゆりが「どうぞ、粗茶ですが」と全員に配ったものだ。それに一口つけて、俺は一言だけ、そう、心からの言葉を、気持ちを込めて、一言だけ……「なんだこりゃ!?」と叫んだ。

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