2/15日(金)稲川さんとあのときの気持ちを思い出せ!

~回想~


省略


~回想終わり~


金属が金属を打つ音が近づいてくる。「LOVE IS OVER」と共に。


俺と兄ちゃんは、あっけに取られていた。状況を受け止められずにいた。いや、理解したくないと拒絶していたのかもしれない。


西条健は天井に向かって放水するように吐血という新しい喀血スタイルを披露し、宮崎さゆりは「いやあああ!!!!」と叫びながら恋人の口を押さえつける。


彼女は顔と言わず全身が血だらけだ。全身真紅のナースなんて風俗だけで充分だよ。


それに驚いた西条健は吐き出す血が多くなる。あいつ、逆に丈夫なんじゃねぇか?


その声を聞いて、お隣さんが「いいね!好きだよ!待っててね!」と叫んでいる。


なんだろう。


顔も見たことない人から壁越しに告白されるのって、こんなにも気持ち悪いことなんだ。


絶対にないシチュエーションだけど、もし逆の立場になったら気をつけるんだ。兄さんがやろうとしていたら「稲川さんとあのときの気持ちを思い出せ!」ってビンタしてやる。


でも今は、目の前に映るものひとつひとつにツッコミを入れながら、しかし、この状況を説明する言葉は見当たらない。ただ、兄ちゃんと抱き合って震えてるだけだ。


なんでだろう。


何にもしてないのに負けた気持ちでいっぱいだ。


「晃司!帰ろう! ヤダここ!」

「兄ちゃん!!いいね!好きだよ!帰ろう!」

「宮崎さん!帰ります!お邪魔しました!」


俺たちが帰ろうと、立ち上がったときだ。歌声と金属を打つ音が止まった。


「「「「……止まった??通り過ぎた??」」」」




次の瞬間だ。



ドーーーーーーーーーン!!!!!!ガンガン!! ガンガン!! ガンガン!! ガンガン!! ガンガン!! ガンガン!!



「「「「「いやああああああああ!!!!!!」」」」」」


強く金属が金属を打つ音が何度も響いた。


今日一日で、何年分くらい兄ちゃんと抱き合ったのだろう。


音の主はお隣さんのとこに行ったのか。


何度も何度も打ち付けてる。こりゃ、金属バッドとかバールとかで殴ってやがんな。


「なによ……稲川のとこじゃない。大丈夫よ健ちゃん。ウチじゃないわ。そりゃそうよね。私たちが何したっていうのよ。悪いのは健ちゃんの気持ちを分からないオカマじゃない。ふふふ……そうよ。私たちは悪くない。悪いやつは罰せられるのよ。稲川の変態みたいに。そうだ!!ねぇ、あのオカマを殺そ??そうすればなんにも気を使うことないじゃない。あぁ、ダメよ健ちゃん!! 気持ちは嬉しいけど、まず体を治して。それからよ。私が全部してあげる。健ちゃんは任せておけばいいのよ。そうね、まずは殺り方を考えないと。いや、殺った後も重要ね。ねぇ、健ちゃんだったらあのオカマ、どうやって処理する?溶かす?溶かしてクソと一緒に流すのは良いアイディアだと思わない??溶かそっか!」

「あの……さゆりさん、兄さんを悪く言わないでよ」

「きぃこえなああああああああああああああああああああああい!!!!!!!!!!!」

「ゴハァ!!!」


はぁ……ため息しか出ない。なんか虚しい。ドアの外には気が狂った暴漢。ドアの中には頭がイカれた女と、血を吐くだけが取り柄の虚弱体質の男。 なんで早朝からこんなカオスを見なければならないんだ。


かと言って、外にはあぶねぇやつがいるし……あれ?止んでる。帰ったんじゃねぇか??


「晃司、今チャンスじゃね?」

「そうだね!」


間違えじゃなかった。さっさとここから抜け出そう。これ以上ここにいるのはゴメンだ。


なぁに。たかだか5万だろ?そんなもん手持ちの金で一発あてりゃいいんだ。今は……7時か。午前中に終わる地方競馬に一点がけ。それで20万くらい勝って終了。兄ちゃんに10万渡して、午後からはパチンコ行こっと。


「晃司じゃあね!サリーさんから金もらってこいよ!! 11:59分までに金入れないとダメなんだからね!!」

「チョ・マテヨ!!」


愚兄が俺を差し置いて入り口のドアを開け、勢いよく外に飛び出たときだ。驚愕の表情を浮かべて「うわあああああ!!!!!!!!」と叫び声を上げながら、腰を抜かしたように尻もちをついて後ずさりをする。


開き放しになったドアが兄ちゃんの背中に当たる。

すると、窓越しに誰かの影が映り、少しずつ兄ちゃんに近づく。兄ちゃんは恐れおののきながら「なんで!?なんで!?いやいや、違います!」と必死に訴え続けてる。


やがて、そいつの全貌がハッキリした。


カマイタチのところにいたギタリストだ。鉄パイプと金属バットを両手に持ち、愛用のギターを背中にしょっている。


彼は室内を一瞥すると、両手の凶器を手放し、ギターを手にとって爪弾き出した。


低音の短音が、一定のリズムで繰り返される。 最愛の兄が死んだときの情念を歌った 、ボビー・ヘブの「SUNNY」だ。



兄ちゃんを殺そうと言うのか?


マジメに働いていた信金を首になって、それでも簡単な道に逸れずに日雇いでつなぎながらも社会に出ようと地道に就職活動し、お荷物な弟に小言を言うも励まし続けてくれる最高の兄貴だぞ??


「ふざけんじゃねぇぞ!!兄ちゃんから離れろ!! 手を出したら殺すぞ! 死んでもテメェ殺すからな!!」

「ゴハァアアアアア!!晃司さん、すみません。大きい声を……」

「お前は慣れろよ!!いい加減さあ!!」


その様子を見て、ギターマンは高らかに笑った。そして、曲は「ラブ・イズ・オーバー」に変わる。


金属音が鳴る。ギターマンはギターを引き続けている。おそらく、ヤツ以外にもカマイタチ関連の誰かがいる。

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