2/15日(金) このアパートは変態しかいない

 前回までのあらすじ


 ~部屋に乗り込んだら、捜し人が盛大に血を吐いた~


 入ってきた俺達を見るや、西城健は後ろに倒れ込んで盛大に血を吐いた。血が床に染みるのを防ぐためだろうか。部屋中のいたるところにブルーシートが敷き詰められている。


 その程度の判断がつく冷静さは保っていたつもりだ。1割くらい。


「嫌アアアアアアアアア!!!!超嫌アアアアアア!!!」

「俺も嫌あああああ!!!!!!」


 兄ちゃん同様に叫ぶ。そりゃそうだろ。目の前で間欠泉のように血を吐く奴がいてみろ?超嫌だぞ。取り乱す俺たちに、少し落ち着いたのか、西城健が声を掛けてくる。


「……急に動かないで」

「「ハイ!」」

「ゴハァ!ゲホゲホ……ゴハァ!」

「「いやあああああああああ!!!!超いやああああああ!!!」

「……大きい声も出さないで…驚くから。驚くと……吐いちゃうから」

「「ハイ!分かりました!」」

「ゴハァ!!!!」

「「ダメェエエエええええ!!!逝っちゃやだああああああ!!!!」」

「ちょっと、宮崎さん。付き合いたてで燃えてるのは分かりますけど、もう少し欲望のレベルを下げてください!朝ですよ!!」


 お隣さんが大声で、壁越しにクレームを入れてきた。それに合わせて西城健がリズミカルに吐血している。なんかウケる。隣の兄ちゃんを見ると、やっぱり笑いをこらえていた。なんでだろう?なんか落ち着いた。


「兄ちゃん。とりあえず静かにしよう」

「うん、分かった。小声でね」

「おい、西城健だな?」

「……そうです」

「救急車呼んでやるから。しっかりしろよ」

「……大丈夫です。慣れてるんで」

「そっか。なんで血を吐いたんだ?」

「僕、体が弱くて……この間退院したばかりなんですけど、まだ本調子じゃないんです。でも気にしないでください。大丈夫です」

「そっか。じゃあ、本題だ。カマイタチのサリー。知ってるよな?」

「……兄です」

「じゃあ、俺らが来た理由も分かっただろ?」

「……連れ戻せって言われたんでしょ?」

「そうだ」


 それを聞いた健は、部屋の隅へと這っていく。壁に体を預けながら、肩で息をしている。相当苦しそうだ。


「……帰りませんよ」

「無理しないで。キツイんでしょ? 連れ戻すとかはおいといて、救急車呼んであげるから」

「……病院に押し込んだ後に、兄を呼ぶつもりなんでしょ?大丈夫ですから」

「大丈夫じゃない人は皆そう言うんだよ。話はベットの上で聞かせてもらうから。ね?」

「……ほっといてください」

「そうはいかねえんだよ!」


 とっさに大声を出してしまった。なんなんだよコイツ。ハッキリしねぇ野郎だな!


「お前をサリーに引き渡さないとな、俺らはホームレスになっちまう!お前は俺たちに家なき子になれというのか!?えぇ!?コラァ!」

「ゴハァ!!!!!!!!あ、また……ゴハア!!!!!!」

「あぁ、もうめんどくせぇ!吐け!吐け!全部吐いちまえ!死体を渡したほうが、めんどくせぇ説得をガタガタしなくて済むからな!」

「ゴハァ!ゴハッ!ゴハッ!ヒィィィィ!!!」

「ちょっと晃司、止めろよ。なんか理由があるんだろ?聞いてあげようよ」

「オオォイ!!宮崎!朝っぱらから『吐け吐け』って、ずいぶんとアブノーマルなプレイですねぇぇぇ!!お前らどんだけケダモノなんだよオラァ!」


 お隣からの壁を殴る音が鳴り止まない。西城健は、壁にもたれていたもんだから、壁越しに蹴りを食らっている形になり、振動が伝わる度にスポイトを押したみたいに血を吐いていた。何この子?水飲み鳥なの?時間計れるの?


 やがて、ゆっくりと崩れ落ち、気絶してしまった。


「あぁ。もう嫌だ。このバカのせいで、メチャクチャ返り血だらけじゃねぇか」


 西城健の胸に手を当てるも、心臓が動いていないようだった。


「兄ちゃん!ヤバイ!こいつ心臓止まってる!」

「ウソ!? とりあえず直接耳当ててみろ!!」

「分かった!」


 胸に耳を当てる。聞こえない。


「兄ちゃんダメ!」

「素肌から直接聞いてみろ!」


 西城健の上着を脱がせ、素肌の胸に直接耳を当てる。すると、弱いながらも確かな鼓動を感じた。


「あぁ、良かった。ちゃんと生きてる」

「良かった……良かったよぉ。考えてみたら、手首でも良かったね。こっちも動いてる」


 そのままの体勢で安堵の笑いを交わしていたら、玄関のドアが開いた音がした。


「ただいまー。健くん。起きてる?聞いてよ-。今日、婦長がね、ひどいこと言うんだよ。『あなたはOバックとか履かないと男がその気にならないわよ。Tじゃダメ。Oよ』って。それって、私が色気ないってことだよね?どう思う?私、Oバック履いたほうがいいのかな?」


 宮崎さゆりのご帰宅だ。ふすまを開けて部屋に入ってくると、西城健の胸に耳を当ててる俺と目が合う。きっと、血だらけの男が自分の彼氏で楽しもうとしているように見えただろう。


 彼女から見たら、兄ちゃんは後ろ向きだ。兄ちゃんが気絶している西城健の手を、自分の股間に触らせているように見えただろう。脈測ってただけなのに。


 ヤバイ。これはなんとかしないと!30年近くの経験からくる本能が、そう判断した。


「Oバック……ちょっと見たいかな」


 にっこりと安心させるような声色で、血まみれのまま笑いかけた。


「ひいいいいいいいい!!!!!変態!!!!!ハード目な変態たちいいいいいいいいい!!!!!」

「ゴメン宮崎!ちょっと見に行っていいかな!?正直言うと、ずっと気になってたんだよ!!!!あわよけば!混ぜてほしい!!!!」


 なんだろう。何もかもが噛み合わないこの空間。本当に帰りたい。でも、分かったこともある。真実はひとつだ。


「ねぇ兄ちゃん、このアパートには変態しかいない。そう思わない?」

「奇遇だね晃司。俺もそう思ってたよ。あぁ、もう朝だねぇ。朝日が眩しいなぁ」


 血の海に沈む西城健。宮崎さゆりの叫び声。変態性を告白したお隣さん。その中で、現実逃避をしている大友兄弟。


 これをなんて言うか知ってるか?カオスだよ。ほかの表現があったら教えてほしい。

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