2/15日(金)人間は赤を保留するのね

 サリーの店を出てから、部屋に戻って一眠りした。スッキリと冴え渡った思考を持って、俺は宮崎さよりのアパートに向かっていた。深夜、いや早朝5時。2月の一番寒い時間。アパート前に辿り着くと、兄ちゃんが電信柱の裏で、なんか意味不明のステップを踏んでいる。何やってんの?愚兄。


「よぉ兄ちゃん。 なんでカイジに出てきそうなステップ踏んでんのさ。 焼き土下座でもすんの?」

「とりあえず寒い」


 あぁ。そりゃそうか。2月の朝の5時にこんなとこいりゃ、そりゃ凍えるわな。


「そうだよね。温かいココアでも飲もう!」

「えっ?おごってくれるの」

「俺に金があると思うなよ。はい、財布出して」


 だが、小刻みに動いていれば、体も温たまるし、体もライザップだと断られた。財布までライザップしなくてもいいだろうに。


「それでどう?なんか動きあった」

「0時くらいに電気消えた。おまわりさんに職務質問されて、時間ずらしてまた来た。そっちは?」

「サリーに話つけてきたよ。後は、あそこに健くんがいることを願うだけだ」

「いくら?」

「100万。パチンカスのおっさんに70万あげて、俺らは30万だ」

「晃司さん……すごい」

「兄ちゃん、本当に信金の営業マンだったの?」


 なんで、交渉事が出来ないのよ?そっちが疑問だわ。でも、夜通しここにいたのか。一生懸命なやつだなぁ。本当に俺の兄ちゃんなのかな?


「ねぇ、仮に。十中八九いるんだろうけど、仮にあそこに晃司くんがいなかったらどうなんの?」

「今日の入金に間に合わなくなって、俺らはホームレスだ」

「はぁ……俺は真面目に生きてんだけど」

「兄ちゃん、人生は確率だよ。何があるかわからない。だから、可能性が高いとこにベットすべきだ」

「そのギャンブル脳どうにかしろよ……あ、電気点いた!」


 アパートの一室に電気が灯る。それと同時に、カーテンの向こう側で誰かが立ち上がった影が見えた。


「頼むぜ……」

「お願いします……」


 カーテンが開く。すると、ひとりの痩躯な青年が現れた。サリーから託された写真を、胸元から取り出して確認する。



「兄ちゃんビンゴ。西城健だ!」

「どうする。どうする。どうするの?」

「兄ちゃんは探偵物のドラマを観て勉強したほうが良い。おすすめは探偵物語だ。松田龍平の親父さんのやつね」

「ゴメン。言ってること良く分からない」

「こういうときはね、殴り込むんだよ!優作ならそうするね!」

「いや、お前優作じゃないし。無職だし」

「気分壊すな!行くよ!」


 後はガキに感動的な説教くれて「晃司さん!俺、カマイタチに謝ります!『カマヘンカマ変』って言われるまで、謝ります!」って、言わせるイージーなお仕事だ。あ、そうだ。


「兄ちゃん、今日何日だっけ?5日かな」

「そうだよ」


 スーパー前の店が激アツイベントデーだな。ガキをカマイタチの生贄に差し出して、金受け取ったら、腹いっぱい食って、ひとっ風呂浴びてパチンコに行こう。今日は当たるまで金ツッコんでやる。赤保留いっぱい出して、ドル箱積みまくってやる。


 しかし、これで30万か。ちょっともらい過ぎかな?いい大人だし、感動的なシーンに涙するサービスの準備くらいしとこう。さぁて、長かったお話もこれでめでたしめでたしだ。俺は勢いよくドアを開ける。


「おい!西城健、動くな!工藤、いや! 松田優作だ!」




 そう思っていた時期が、俺にもありました。




 この後、俺らはホームレス一歩手前にまで追いやられることになる。えっ?結果?そりゃ、ハッピーエンドになるに決まってんじゃん。暗い話は嫌いなんだよ。



 でもね、まさかこれがミステリーだったとは思わなかった。



 探し求めていた西城健は、俺らの登場に驚くと同時に、目の前で大量の吐血をしたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る