第15話 脱走
そして、そのままゆっくりと歩き出し、水を飲もうとしている日下部に近づいて肩をくむ。
「なあ、お前、ここから簡単に逃げ出せるって言ってたな? よくわからねえし、信用できないが、俺も便乗させてもらえねえかな」
すごい言い草だが、五十嵐は日下部を値踏みするような目つきで見ながらも、断らせないように話をもっていく。
「奴らが警察やただのマスコミとは違う事がよくわかった。もっとタチが悪い。ここにこのままいてもどうせ進展はない。奴らの思う通りのシナリオで俺らの罪が暴露され、警察に渡されたら必ず組から俺を殺すヒットマンが飛んでくる。これだったらいっそバラされてもいいからここから逃げ出して、海外にでも行ったほうがマシだ。港までつけりゃ海外に出られるツテはあるんだ。だから、どうだい?取引しないか?」
五十嵐がそこで肩を組む力を強め、日下部に座れというように圧力をかけながら、さらに小声で話し出す。
「お前は俺をここから出す。俺はお前を海外まで連れていってやる。ここだけの話、ヤクザの金を横領したんだ。お前くらい簡単に連れ出せる。フィリピンでもタイでもいい。なんなら、女のひとりやふたりおまけにつけてやるぜ。気兼ねなく、自分の好きなように扱えるんだぜ?」
「あ、それなんですけど……。よく考えたら、あいつらがこの部屋の扉を開けるまでは、俺の力だけじゃ外に出られないの忘れてました。さっき外人の人を連れていったように、この部屋に入ってきてくれればなんとか脱出もできると思うんですけどねえ……」
口調こそ敬語ではあるものの、ヤクザ相手でも日下部の瞳はまるで脅えてはいなかった。むしろ、目の前の男がどう動くのかを楽しむような、余裕のある笑みで語っていた。
だが、五十嵐はそれに気づいていない。
「本当だな? どうやるのかわからんが、ここから出られれば組のやつらに見つかるまでは少なくとも殺されることはない。このままじゃ刑務所に連行され、そこで殺し屋に狙われてしまう……俺の命がかかってるといってもいい。本当に出られるな?」
「扉さえ開けば、僕一人なら余裕です。が、二人ともとなると責任はもてませんよ?」
「わかった。信じてやるよ。だから頼む。俺も協力するから出してくれ。いや、お前の邪魔はしないから一緒に連れてってくれ」
日下部の手を握りながら、懇願するように言う。
「まあ、いいですけど。そろそろ帰ろうかなとか思ってたし。でも、二人も逃げたら番組側も……」
「面子がつぶれるからやつらも本気でくるっていうんだろ? わかってるさ。奴らが金と面子にどれだけこだわるか。俺も同じ穴のムジナだからな。だが、やつらはまだ上品なほうさ。マスコミ様だからな。だが、俺みたいな下品な奴の考えてる事はまず思いつかない。そこがぬけ道さ。まあ、見てなって」
「期待してますよ。ところで、なんで横領なんかしたんですか?」
唐突に、聞きにくいことを躊躇なく聞かれて、五十嵐は不意をつかれ、不覚にも驚いた顔をしてしまった。
「ふ、わかった。教えてやるよ。政治家が俺の親分に渡す金を盗んだのさ。土地転がしで儲けた金の一部をな。だから俺がここにいることがバレたら、表の世界からも裏の世界からも追われちまうのさ」
五十嵐は脂汗を流しながら話す。
「ふーん、なるほどね」
「……それだけかよぉ? もっとなんかあるだろ。感想が」
「いや、特に。それなら、僕がなんとかできなくもないですけど、まあ、海外に逃げた方が楽かもしれないですね」
もう話は終わったというように、日下部は肩に置かれた手を離して、再び壁を背にして座りこんだ。
「とりあえず向こうからアクションがあれば貴方をここから出せると思うんで気楽にお待ちください~」
「あ、ああ……」
狐につままれたような顔をしながら、五十嵐がうなずく。
「なんだか調子狂うなぁ……」
「なにを話してたの?」
ひそひそ話しが気になったのか、田口と立花が神妙な顔つきで五十嵐を見る。
「どうやらアイツはここを脱走するらしい」
「えっ……」
自分も脱走に加わる事はふせておきながら、会話の内容をかいつまんで話す。
「そんなことができるのか……!?」
「しっ!」
五十嵐は口に指をたてて、声を抑える。
「アイツが言うには、どうにかしてあそこの扉さえ奴らに開けてもらえば脱走できるらしい……この会話を奴らに聞かれたら警戒されちまう」
神妙な表情で五十嵐はふたりを座らせて、小声で話し出す。
「どうやってここを出るかはわからん。だが、アイツに付いて行けばもしかしたら俺達も出る方法が見つかるかもしれない」
「ここから脱走なんて……ムリに決まってる」
「そうね。仮に抜け出せても、私達が犯罪者なのは確かな上に証拠は番組側がすべて握っているはずよ。警察から指名手配されるのを待つくらいなら……」
「そうだっ」
五十嵐が何かに気づいたように、少し大きな声を出した。
「俺達は、なぜ捕まった?」
「なぜ?」
この状況で、あまりといえばあまりに当たり前すぎる疑問を口に出す五十嵐に、田口が首をひねった。
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